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1人TOUR DE EURO97 その53 セナに会いにイモラへ

1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。

旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」

フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。

会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。

たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」

今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。

世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。

旅のルートを知りたい方はこちらです。

53)1997年9月5日-イモラ(イタリア)

金曜日。今日は昨日これなかった場所のイモラサーキット。正式名;エンツォ・エ・ディノ・フェラーリサーキットで97年までサンマリノGPとしてF1 が開催していた。名前からわかるようにここはフェラーリの名前がつくサーキット。

昨日近くに来たので行き方は分かる。昨日と同じ列車に乗りボローニャまで急行で行き、ボローニャから各停に乗り舞える。そしてイモラを目指す。イモラ駅に到着したのは昼の12時30分頃。駅で地図をもらいサーキットを探す。

駅より南側に大きな公園があり、その一角がサーキットになっている。このサーキットを有名にしたのはアイルトンセナの事故死だろう。

全世界報道されF1ファン以外にも知られたセナが激突したコーナー。今日は金曜日でイタリアのモンツァではフリー走行が始まり、いよいよGPが始っている。だからここに来る人は少ない。このサーキットの名前でもあるエンツォ・エ・ディノ・フェラーリはフェラーリの創始者の名前。F1ファンからも古くから愛されているクラッシックサーキットでもある。という事はフェラーリの本拠地マラネロにもっとも近いという事だ。

だから僕も、この後マラネロを探してみようと思った。

駅の前の道をまっすぐ進む。イモラの駅は小さい。駅から約30分ほど歩いただろうか、旧市街を抜けたあたりにサーキットがった。本当に街中に近い場所にある。もともと田舎だけど交通の便は悪くないと思う。サーキットの周りは川で囲まれていて橋を越えるとホームストレートだ。

近づくと有名なコントロールタワーが見えてきた。TVで何度も見た事のあるフェラーリのコントロールタワー。ついにここに来たという感動があった。F1ファンなら聖地とも呼べるサーキットの1つだ。ホームストレートの下の地下道をくぐりサーキットの内側に行はいり観光できた。今日は何も無いから、ほとんど誰もいない状態。もう緊張で心臓がバクバクしている。

セナは最後どんな風景を見てこの世を去ったのだろうか?サーキットの内側は公園になっている。セナが激突したのは1コーナーの先にあるタンブレロコーナーだ。1コーナー方面に向かい歩いて進む。すると有名なアジップの看板が見えてきた。89年にゲルハルト・ベルガーがフェラーリでこのコーナーに突っ込みマシンが炎に包まれ奇跡的に助かった有名な場所だ。

ここか!と思った。当時の映像がよみがえる。もうすぐタンブレロコーナーだ。

タンブレロコーナーに近づき、もう興奮を抑えきれないでいる。テレビで見ているより狭い道幅で本当に壁までの距離が短いと感じた。今の近代的なサーキットではありえない構造だとも思った。本当に壁に近い。そこに全速力で激突したのだから衝撃はスゴイものだったのだろう。

僕はタンブレロコーナーを目の前にして当時のセナがクラッシュしたラインを何度も頭の中で思い描く。何十回と見てきた映像だ。そして激突した当時の壁には今でも、その時の衝撃が伝わるかのような黒いタイヤの後が残っていたのに驚いた。

94年と同じ壁の色だ。その周りには今でも多くの花やメッセージやファンからのものが金網や周りに沢山貼り付けられている。新しいものから当時のものまで世界中からのメッセージ。接触した壁は外側だけどサーキットの内側の方ではセナの銅像が飾られていた。これは最近設置された銅像だ。座るような姿勢で下を向くセナ、なにやら寂しげな青年という印象がセナを表していた。

僕も金網にある紙にGOODBY SEENAと文字を書いた。いつかはフェラーリで走りたいと願ったセナは皮肉にもフェラーリの地元で天に召された。ここが伝説のタンブレロコーナーだ。300k/mオーバーで左に弧を描きながら曲がる超高速コーナーにセナは正面から激突したのだ。

改めてF1というスポーツが命をかけたスポーツかということを実感。おそらくこれ以上の伝説を残すドライバーは二度と現れないだろうと思うし彼の走りを見れたことは幸せな事だったと思う。もうすぐセナを知らない世代が出てくると思うと悲しい。僕はそのまま進みトサコーナーの方から抜けイモラサーキットを出た。半分も回っていないけど1周歩くと大変だからあきらめる。自転車とかバイクがあれば1周回ってみたいと思った。

駅に戻りモデナまで向かった。そこがフェラーリの本拠地マラネロに一番近い駅。F1では地名がサーキットに使われるので僕も知らないうちに覚えていたようだマラネロ、モデナ、イモラなど聞き慣れたF1用語。それを頼りにモデナ駅に向かう。

モデナ駅に着きフェラーリへ行きたい。マラネロへ行きたいと駅の人に伝えるとNo2のバスに乗れそして途中で乗り換えろ。と言われる。よくわからない。とりあえずNo2のバスに乗り運転手にフェラーリを見たい。マラネロに行きたいと下手な英語で必死にアピール。

何とか理解してくれたのか乗り換え駅についたら教えてくれるらしい。運転手は英語は通じずイタリア語で何やら言っている。フェラーリフェラーリと連呼するから分かったかも。僕は一番前に座りバスの運転手の合図をまつ。しばらく行くとバスターミナルについて、No7に乗れといわれた。言われるままNo7を待ち乗る事に、その後はどこで降りたらいいか分からない。

多分何とかなるだろう。昔マラネロ自体がフェラーリの街という事を聞いたから行けば分かると思った。

40分くらい進んでいくと右手にサーキットが見えた。これがフェラーリの所有するフィオラノサーキットだ。ここはフェラーリが新車を冬の間にテストする事で有名な場所。という事はもう近いという事だ。僕は慌ててバスを降りた。そしてフィオラノサーキットが見える場所にいった。本来サーキットは、中々見えないものだけど、ここは部分的に一般道からみえる。なぜ知っているかというと冬のフェラーリの新車のシェイクダウンを毎年ここで開催していて報道陣が集まりるから知っていた。

道沿いから見えるサーキットはかなり遠い。でも確実にサーキットの1部が見える。ここから望遠をつかい報道陣は新車を撮影したいたのかもしれない。そのまま道沿いに歩いていくとフェラーリの本社の入り口が左手にあった。

ちょうどその右手に有名な喫茶店がある。エンツォ・エ・ディノ・フェラーリが毎日通い記者会見はここでしたという逸話があるくらいの有名な喫茶店だ。

そのまま本社入り口を越えて左方向に進むとフェラーリミュージアムがある。近代的で近年できた様な感じで周りとは明らかに違う近代的な建築。中に入り見物。こそはフェラーリの歴史博物館みたいな場所だ。

もちらんF1に関するミュージアム。ミハエルシューマッハが乗る最新のマシンから古い名車まで、中でも感動したのは90年のアランプロストが乗ったF641/2だ。有名なマシン。他にもジルヴィルヌーブが最後に乗ったカーナンバー27の名車があった。

さすがにこれらのマシンは日本では見る事ができない名車だ。やはり、そのフォルムの美しさにフェラーリの伝統も感じる。ミュージアムの中のショップはどれも高額なものばかりで買えそうなものはポストカードくらいだ。

近くにはF1ショップも多くあり街がフェラーリだった。マラネロというのはそういう街なのだ。でもここで、フェラーリを生産している技術力とデザインがあると思うと鳥肌が立つ。普通の田舎街なんだけどスゴイ町だ。

旅人がフェラーリ本社に来るなんて、普通は行かないと思うので貴重な体験に満足。でも問題は帰り方だ。バスを降りた場所に行ってもバス停がない。バスも全く来ない。とりあえず、ここにいても仕方ないので駅に向かう方向に歩き出した。随分バスに乗ったから歩いて駅までは流石に無理そうだけど、バスが来たら手を挙げて止めようと思いながら駅の方に歩いて行く。

もう日が暮れてきて暗くなりだしている。ヤバいな~。そんな時ようやくバスが来て手を振ると停車してくれて乗せてくれた。モデナの駅まで戻ることができた。

モデナからボローニャまで行きボローニャで急行に乗り換える。駅で待っていても1時間過ぎても列車が来ない。列車の遅れはイタリアでの珍しくないらしいけど乗り込むと遅れを取り戻すように猛スピードで走るから怖い!新幹線並みに飛ばしている。

車内はの揺れはスゴイ、スピード出しすぎに怖かった。ようやくミラノに戻ったのは11時を過ぎていた。昨日より遅くなった。また今日もマクドナルドに行こう。昨日と同じくマクドナルドに立ち寄り食事をしてYHに戻る。12時前だけどロビーには新たに日本人2人がいた。

彼らはF1を見にきていた。少しだけ話をして12時半には消灯で電気が消え暗くなり僕らも部屋にもどり、また夜遅く水のシャワーを浴びた。明日はいよいよF1を見に行くぞ。

まだ明日は予選だけど。いよいよ念願のF1観戦。もう今日も朝からF1の聖地に行ったし気持ちは最高に盛り上がっている。

楽しみで眠れない。でもチケットはまだない。それだけが心配だ。

教訓
1.セナが激突したタンブレロコーナーはコースからすぐ壁だった
2.マラネロのフェラーリ本社に適当に行って辿り着いた
3.チケットないけどF1観戦できると信じて寝た


次回は、その54イタリアGP開幕の話です。


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けんいち【kindle作家】 娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。