【夢のある喫茶店】AIには描けない温度―熊木杏里とラジオ(No.11)
今回の放送ハイライトまとめ
熊木杏里: 「今の子供も1年が早い」と語り、YouTubeやスマホで時間が溶けていく現代を指摘
叔母の脳梗塞: 元気だった叔母が突然倒れ、「続くと思っていたものが失われる危機感」を実感
「不甲斐ない母」論: 完璧じゃない親の方が子供との距離が近くなる、という温かいメッセージ
脳内クイズ: 「偏った幸せ=偏差値」というダジャレにリスナー「スカポンタさん」がMVP獲得
札幌の郊外、窓の外には音もなく雪が降り積もっている。今は月曜日の午前11時過ぎ。ストーブの設定温度を少し上げた。
還暦を過ぎてから、どうにも夜が長い。妻がいた頃は「早く寝なさい」と叱られたものだが、今は誰も文句を言わない。それが自由なのか寂しいのか、未だによくわからない。
でも、やっぱりさみしいのだろう。
最近契約した生成AIというやつに、試しに「師走の感慨を書いて」と頼んでみた。仕事で必要になって勉強を始めたAIだが、正直まだよくわかっていない。画面には3秒もしないうちに、流暢で隙のない文章がズラズラと並ぶ。「年の瀬の慌ただしさの中にも、一年を振り返る静謐な時間が…」云々。
悪くはない。でも、何か足りない。
ああ、温度がないんだ。人の心を動かす温度がまるで感じられない。AIよ、たまには「馬鹿野郎!」って返してみな。そしたら少しは見直してやるよ。
私は少しイライラして画面を閉じ、古いラジオのスイッチを入れた。真空管のアンプが温まるまでの数秒間、部屋がシーンとしている。そのうち、ジリジリという小さなノイズが聞こえてきて、空気が少しだけ緩んだ気がした。しかし、今の時間は熊木杏里さんの『夢のある喫茶店』は放送していない。仕方ない、ラジコのタイムフリーで聴くか。
子供だって、時間が早い

番組の冒頭、熊木さんが「今の子供たちも1年が早く感じるらしい」という話をしていた。スマホやYouTubeで時間が溶けていく、と。昔はそんなのなかった。だからか?
私は思わず「おお…」と声が出た。
つい5分前まで、私もAI相手に時間を溶かしていたではないか。子供だけじゃない、61歳のおっさんだって同じだ。見透かされたようで、苦笑いしながら焼酎のお湯割りを一口すすった。
それにしても、熊木さんの話し方は不思議だ。
ゆっくり、でも途切れない。原稿を読んでいる感じじゃなくて、本当に誰かと喋っているみたいに聞こえる。AIが生成した文章は「正しい」けれど、こういう「間」は作れないんだよな。この「間」がうちはAIには人間は超えられない。
叔母さんが倒れた話で、胸が詰まった

そのあと、熊木さんが叔母さんの話をした。脳梗塞で倒れたという。つい2日前には元気にアサイーヨーグルトを届けてくれていたのに、と。
挿絵に使っている人物は男性。女性に直そうとしても直らない。この、頑固なAIめ!
ここで私は、ハッとした。
幸い早期発見で軽度だったそうだが、熊木さんが言った「ずっと続いていくと思っていたものが、なくなるかもしれないという危機感」という言葉が、ドスンと胸に落ちてきた。
妻を亡くしたのは3年前だ。
やっぱり最後まで「まさか本当にいなくなるなんて」と思っていた。いや、頭ではわかっていたはずなのに、心のどこかで「まだ大丈夫」と思い込んでいた。
AIにこの話を聞かせたら、きっと「高齢化社会における介護の課題」とか「終活の重要性について」とか、そういう"正論"を返してくるんだろう。
でも、ラジオから聞こえる熊木さんの声には、ほんの少しだけ震えがあった気がした。そのかすかな震えに、私は「ああ、この人も怖いんだな」と思った。老いること、失うこと。それは誰にとっても怖い。
そういう「人間だけが共有できる怖さ」を、AIはまだ知らない。
不甲斐ない母でいい、という話に救われた

リスナーからの便りで、心に残ったものがあった。
「フワちゃん」という方の娘さんが結婚したという話。かつて幼い娘を連れてコンサートに来ていたのが、もう結婚適齢期になったと。
そこで熊木さんが言ったのが、
「不甲斐ない母」でいい。完璧じゃなくて、「しょうがないなあ」と思わせる隙がある方が、子供との距離は近くなる―という話。
これ、すごくいいなと思った。
私も息子がいるが、正直あまり良い父親ではなかった。仕事ばかりで、キャッチボールもろくにしてやらなかった。でも息子は今でもたまに電話をくれる。「親父、雪かき大丈夫か?」と。
「うるせぃ!!俺はまだまだ現役だ!」
完璧である必要はない。
そう思うと、少し楽になる。
窓の外で、いつもの野良猫がこちらを見ていた。エサをやったりやらなかったり、私も不甲斐ない人間だが、それでも猫は来る。そういうもんなのかもしれない。
番組で流れた『be happy!!』という曲は、熊木さんが結婚前に「妄想と憧れ」を込めて作ったものだという。幸せになろうよ、というシンプルなフレーズが、雪の降る夜に灯りのように響いた。
偏差値=偏った幸、という言葉遊びに笑った

番組恒例の「脳内クイズ」。
今夜のお題は「偏った幸せは何でしょう」。
答えを聞いて、私は「ああ〜!」と声を出して笑った。
偏差値。偏った幸(サチ)で、偏差値。
いや、一本取られたわ…
いや、上手い。
こういう言葉遊びの妙って、AIには絶対に作れないと思う。0と1の世界には、こういう「遊び」がない。「スカポンタさん」なるリスナーがMVPだそうだが、熊木さんのそういうセンスも好きだ。
最近、仕事でAIを使うようになって思うのは、AIは「効率」と引き換えに「遊び」を失っているということだ。でも人生って、遊びがないとつまらない。偏差値みたいな、どうでもいいダジャレに笑える余裕がないと、生きていけない。
来週も、また聴く
番組の最後の方で、ライブ情報が流れた。
12月14日、東京の三宿で「熊木鳴り」というライブをやるらしい。来年1月には岐阜の下呂市にも行くと。
札幌からは遠い。
正直、もう東京まで行く体力も気力もない。でも、熊木さんがどこかで歌い続けているという事実が、不思議と私に力をくれる。
放送の最後、父を亡くしたばかりというリスナーへの短い言葉があった。
「そうだよね」
それだけ。
でも、それでいいんだと思う。
AIに「慰めの言葉」を求めれば、数千のテンプレートが出てくる。でも、ラジオから聞こえるたった一言の「そうだよね」には、どんな名文も勝てない。それでいい…それが正解の言葉だ。人として…
外は氷点下まで冷え込んでいる。
でも、私の心は少しだけ温かい。来週もまた、この古い家で熊木さんの声を待つことにしよう。
ラジオを消して、残った焼酎を飲み干す。
明日は雪かきかな?、と思いながら。
参考情報

この記事を書いた人:健一
昭和、平成、令和と激務時代を生き抜いた元企業戦士(自負してる)。現役時代は「24時間戦えますか」の世界で働き(後輩にはよく言われた)、サービス残業や休憩なしは当たり前だった。引退した今だからこそ分かる「自分の身を守る大切さ」を、法律知識と実体験を交えて発信中。「昔はよかった」とは言わないが、「今は今で大変だ」と若手を案じている。
