見出し画像

未来会議。~あなたは未来をどう生きる~

『音と振動、電波によりすべての情報を得られるようになった未来では現代のようにスマートフォンを保つ必要もなく様々なモノとつながることが可能になった』

・・・どんな未来が訪れるのか?未来はワクワクするモノになっているのか?
ユートピアか?デストピアか?君はどっちの未来をイメージし、どっちの未来を望んでいるのだろうか?

私たちが歩んでいく未来は現代に比べればユートピアのような世の中が訪れる可能性が高い。
他人や環境、過去や自分にすら縛られない「未来」ではみんながみんな「自分らしい」人生を歩む人が増える。
そして労働という名の仕事から解放され、人生のほとんどの時間を自分がやりたいコトに費やすことができる環境が整うんだ。

それを可能にしたのが《AI共産主義》であり、AI共産主義をベースとした社会が私たちの生活を一転させたといえる。
AI共産主義の主な役割は私たちの生活を維持するための保証であり、その保証の上に成り立つ世の中こそが私たちが求めた未来のカタチともいえる。
そのためにテクノロジーを発展させ、普及させてきた。そのことも忘れて変化を恐れる人が未来人になるためのきっかけを減らし続けていくんだ。

・・・未来とは何か。
・・・未来人とは何か。

未来人には大きく分けて4つのフェーズに分かれていくと考えている。あなたはどのフェーズの未来人になっていくのかを今のうちから考えていてもいい。これが私たちが未来人になるための架け橋であり、これから先の時代ではは現代人ではいられなくなり、未来人のフェーズによって他のフェーズの人たちとは交わらないことになる可能性が高い。

このフェーズは生まれてから評価されたスコアリングによって階層化されていく。
世の中のほとんどはAIとロボットによって動いており私たちに労働という仕事を残してくれていない。しかしそれは私たちが望んだことであり、そのためにテクノロジーを発展・普及させていたんだ。

この環境は「AI共産主義」によるベーシックインカム制度で実現する。スマートフォンよりも手軽になったデバイスによって私たちは今以上にこのデバイスを肌に放さなくなり、心音や行動、食事の内容から始まり感情の変化やストレス値、代謝などあらゆる情報がAIの中に蓄積され始めた。自分の情報をAIが知るようになり、自分でも気が付くこともできない情報が蓄積され、自分でも気が付かない間に適切なモノが提供されるようになる。もちろん好きなモノや感情が高ぶるものなども潜在的にも顕在的にも判断されるようになる。

私たちがイメージするベーシックインカムとは別のベーシックインカムが普及する。私たちがイメージするベーシックインカムとは毎月、現金支給であり、現金を衣食住に必要なモノへと交換しながら生活するスタイルを基準としている。
しかし未来では必要なモノを必要な時に必要な分提供するスタイルとなっており、それはAIによって管理された自分という存在に必要なタイミングをAIが見極めて提供しているんだ。

ほとんどをAIで管理された未来において私たちは4つの階層化をされて生きていくことになる。

未来人フェーズZERO「corners:コナーズ」とは、与えられたことをやる人たちのことであり、SNSや動画コンテンツや文章やライブ配信、ゲームなど、世の中に溢れている無料快楽コンテンツをひたすらに消費するだけの人生。無料快楽コンテンツは現代版アヘンとも呼ばれており一度ハマってしまったら強い意志がないと抜け出せないし、抜け出すきっかけがなければ辞めることも難しい。そして知能指数を下げるという代償とともにエンドレスで時間を費やせるんだ。
そんな中でも課金によって推しへの応援やゲーム内で有利になるためのアイテムを購入したり、贅沢したり欲しいものを我慢するわけではない。

いくらテクノロジーが進んだとはいえ今だにロボットやAIでは対応しきれない部分の対応をフェーズZEROの人たちに対して常に募集している。
必要以上にモノが必要になった場合にも購入するための資金はAIやロボットができないことをこなして+α部分は補っていく。だから不自由を感じることもないし自分の行動次第では選択肢が拡げることも可能になる。

未来人フェーズFAST「bounded:バウンデッド」とは、現代や過去に縛られている人たちだ。その人たちは決まって環境に縛られていることが多い。今、自分がいる環境は過去の自分が思考し選択してきたものであり、その選択の積み重ねが可視化したモノが環境である。環境とは突然あたえられるモノではない。
この人たちの傾向として住む世界が拡がっていかないことが多い。メンターとか先生とか憧れの先輩やインフルエンサーの言葉を受けすぎてしまってその人たちがつくりだす世界観や価値観に縛られ続けながら生きている人たちであり、それが当たり前で、その世界に対して居心地の良さを感じているんだ。だからその世界以上に世界を拡げる必要もないし、拡げてしまうことによって生きることがつらくなってしまうことが多い。

ベーシックインカム制度が導入されて最低限の生活が保障されたとしてもその制度がいつまで続くか不安に感じ労働をすることを辞めない人たちもこのフェーズの中にいる人と考えていい。
自分が持っている価値観や先入観をアップデートせずに生き続けている人が多い印象なんだ。しかし未来では自分が持ち続けている価値観や先入観がプラスに働くことはほとんどない。

限られた世界で生きているということは、結果的に分母の取り合いをし続ける構図となることは分かり切っていることだろう。
限られた世界の中で生きていくためには自分が持っている能力やスキルに対して価値を見出す人たちとの物々交換であり、このフェーズの人たちは「自分」よりも「相手」が何を求めているかを考えているし、それが価値があるモノだと思い込んでいるんだ。
自分を限られた世界の中の閉じ込めこの中が安全で安心できる場所として定義し生き続けている。

私たち人間は弱い生き物であり、この生き方は生存本能などによる人間が持って生まれたDNAからきているモノなので、この生き方が自分らしいと考えるのであればこの生き方が一番安心できる生き方といえる。

このフェーズに人は何かにすがりながら生きていくことがマストであり、そのすがるモノがなくなってしまってしまうことを極端に恐れている。それが言葉なのか自分の過去なのかは人それぞれだが何かに縛られ生きることを選んでいるといえる。
思考や選択のすべては過去に縛られているものであり、自分が生きてきた過去が形成しているモノなんだ。解釈やその瞬間の感情も一緒であり、自分のことを一番大切だと考える人はこのフェーズに多いような印象があり、強いて悪い言い方をするのであればコンフォートゾーンから抜け出せていないといえる。しかしコンフォートゾーンを抜けることが大切だという時代はとっくに過ぎてしまった。
だからこそ、自分がどう生きたいのかが重要になるんだ。

未来人フェーズSECOND「blahther:ブラーザー」
やりたいことやる。そのやりたいことは他人評価がなくても続けられること
ベクトルが逆。結局、これが評価されるための唯一の手段。
概念や先入観、様々なコトから解放されて自分のやりたいことをやっている人。

corners、bounded、そしてはblahtherは、基本的な生活環境をメタバース空間の中でおこなうようになる。というよりはメタバース空間でしか無料快楽コンテンツを消費できない方向に進んでいるし、お金を稼げるし、自分の過去を鮮明に体験し続けることができる。そして自分の表現自体もメタバース空間で行った方が時代に合っているんだ。人口のほとんどがメタバース空間で生活するようになりリアルよりも自分らしい人生を歩むためのリスクが減少し、やりたいことに没頭できるようになり自由に表現できる世界がつくられている。
そして各フェーズの中にいる人たちも各々のやりたいことによって分けられながら生きている。自分らしく生きることが優先されるべきことであり、その環境をつくるのがAIなんだ。

そして最後のフェーズである未来人フェーズTHIRD「selected:セレクテッド」
自分たちが好きで続けていることに対してAIが世の中を進めるモノだと判断された人たちである。現代風の言葉で伝えるのであれば、才能があって好きなコトと理解していただけると分かりやすい。
この人たちはAIによるスコア信用数値が一定数を超えるとなれて自分でなりたくてなれるフェーズじゃないんだ。
現代人はこの信用数値が可視化していないからかなり分かりずらいかもしれないけど未来では様々なコトをAIがスコアリングし可視化できるようになっている。スコアリングの基準はAIでしか判断できない為、私たち人間が理解しようとしても無理な話だ。AIによって導かれた未来に対してアルゴリズムが評価することが当たり前になった世界なんだ。

時代を進める人に必要なことはステータスであり、ステータスがないやつに時代は進められないと判断されるのかもしれない。というよりも時代を進めることができる人のステータスは上がっていくという評価なんだ。そして未来人のフェーズが上がるほど都心から地方へ移り住む・・・。

時代を進めるとは何か?
このことに対して大きく2つに分けられる。それは「世の中の循環」そして「未知への可能性」がこれからの時代の価値になりAIに評価される。
既得権益や先行者利益、相続や天下りなどによってつくられた世界の中で価値をつくり出すことはかなり難しい。
時代を進めるための足かせになっているし、下手したら時代を後退させるための要因になっている。

ある一定数の人間だけに勝ちを確定させるための仕組みである。その環境を壊し自分に合ったフェーズで生きることこそが未来への希望につながる。
そのために必要なことはダイレクトに他人の評価を受けないマインドセットと人と比べなくて済む環境なんだ。

これを実現するために必要なことは自動受信するための「WEB5.0」と可処分時間を最大化する「デバイス」だ。

未来のデバイスとは耳から情報を得ることができ、私たちがやっていることを中断する必要がなくなる。現代のデバイスであるスマートフォンだと使用するときは必ず画面に集中するしかないのでマルチタスクが難しいといえるが、やりたいことをやりたいだけやり続ける未来人には、他のことに費やしている時間なんてないんだ。
だからこそ片手間で操作できるデバイスが主流になる。

そして未来人のほとんどはメタバース空間に没頭し現実世界で生きる時間の比率は減り続ける。やりたいことをエンドレスでやり続けるために必要なことは外部要因にジャをされにくい環境が必要になる。
子どもの頃、夜や休みの日に目の前のゲームに熱中していても親の声で現実世界に戻らせる経験ってしてきたと思う。
それをさせないような環境を強制的につくるんだ。

自分のタイミングではじめられて
自分のタイミングで休憩できて
自分のタイミングでやめることができる
お腹が減った時に何かを食べればいいし
眠くなったら好きな時に寝ればいい。

未来では最先端テクノロジーによって私たちの労働という名の仕事はなくなりつつある。そしてそれを機に自分らしい生活を求める人が増え階層化社会は加速していく。それが未来人のフェーズなんだ。
そもそも現代において行われている仕事の7~8割は私たちが生きていく上ですでに必要がなく「あれば便利」くらいの位置づけになっている。世の中にある商品やサービスが新しくならなくても現在の生活にほとんど変化がないレベルのクオリティがあり、一昔前とは異なり新商品の価値はほとんどなくなりつつある。

価値といえばイノベーター理論の中でのイノベーターが感じる新しいことが価値として考える層でしかない。それ以外に関しては価値を感じなくなってきている。新商品を購入したところで2倍や3倍の性能になることはほとんどなくなった。これはテクノロジーの進化スピードが衰えたこと、もしくはテクノロジーの限界が浮き彫りになってしまったことによるモノなのかもしれない。
そしてその結果、間違いなく需要と供給のバランスが崩壊し、その事実に気が付かせないための手段としてセールスとマーケティングが発展したように感じる。
しかしそのチカラには限界があり、現在ではすでに限界を超えひずみとして可視化され始めている。

今の思考や選択、行動のほとんどは環境から成り立っているって話を聞いたことがあるだろうか。私たちが思っている自由意思なんてものは存在しないという説があり、私たちが脳で認識する前には体が動いているというのが科学的な話もあるくらいだ。
例えば、家庭内や学校や宗教がイメージしやすいかもしれない。閉ざされた情報源や偏ってところから情報を得ていると、その得ている情報が世の中のすべてだと勘違いしてしまい、その勘違いした世界の中でモノゴトを考え、モノゴトを選択するようになる。
同じような考えをしている人に囲まれていると安心する反面、外側の世界からの分断が加速する可能性が高い。

学校は特に注意が必要で決められた時間に決められた人と同じ空間で同じようなことを学ぶ。そしてこの小さな世界の中でしか生きたことがない人たちによって教育されているという可能性に満ちた場所なんだ。
その場所に対しての良し悪しを判断するつもりはないが、未来のカタチは確実に自分に合う小さな世界で生きていくことになる方向へ進んでいる。
自分らしい人生を歩むために必要な要素の一つは「階層化社会」であり、分断である。

そして自分を制限させているモノからの解放されることが重要であり、未来に生き方は、必ず解放することからスタートするように感じるんだ。
解放とは物質的な解放よりも精神的な解放を優先させる必要があり、精神的な制限が物理的な制限を引き起こしているケースがほとんどなんだ。
そしてお伝えしなくてもわかるように現代人は必要以上に物質に縛られながら生きている。

そんな状況を見直し、バランスを整えなければならない時代に突入してしまった。私たちは生まれながらに自分らしく生きることを求めているし、自分らしく生きるために稼いでいるし、働くことを効率化させ自分らしく過ごすため時間を確保している。しかしそのサイクルがすでに時代に合わなくなってきているんだ。
仕事という概念を壊し、自分のやりたいことをやりたいだけやることが可能になる時代に少しずつ向かっていて、それを可能にするのがテクノロジーであり、AIやロボットである。もうすでに人間に残されている仕事は少なくなってきているし、この流れは加速し続けている。

しかしこの流れを鈍化させているのが私たちが生まれ育ちながらに教育され続けた「お金を稼がなければならない」というマインドセットなのかもしれない。そして今ある環境が全てに対して制限をかけている。
世の中のほとんどはビジネスで構築されていてビジネスをやるということをベースに環境が出来上がっている。
私たちは一週間のうち5日以上も働き、残りの時間で自分らしく生きていくことをやっているが世の中にあるビジネスの中で本質的に必要なモノがどれくらい残っているかを考えたことがあるだろうか。

それであれば、ほとんどの人が《仕事をしなくていいことを前提とした環境》に作り変えてしまう方が私たち凡人の為になるような気がする。
一昔以上に能力が高くない人にとって世の中は生きていくのに厳しい世の中なりつつある。
その環境を改善するための世界各国で実証実験が繰り返されている政策に一つにベーシックインカムがある。簡単に説明すると生まれてから死ぬまで毎月一定額を支給される制度だ。

それをベースに考えたのが《AI共産主義の上に成り立つAI資本主義》であり、私たちが自分らしい人生を歩むために必要になる構造になるはずだ。
ざっくり説明するとAI共産主義の上に未来人フェーズZERO〜SECOND、AI資本主義の上に未来人フェーズTHAADがいるイメージ。
このフェーズの人たちの中にも様々な生き方をする人がいる。

そもそも私たちに残されている仕事は限られていている中で分母の取り合いをし続けているからひずみが生じるし、現代においてお金を稼ぐことが得意な人が勝つ仕組み自体も、これから進む時代に反している。
「効率よく」「早く」「的確に」「正確に」「人を集められる」「認知がある」「キレイ」「知識がある」など、こういったモノすべては「お金を稼ぐ」という土台の上に成り立つ価値観であり、その土俵で勝負している限りは必ずAIやロボットに勝てなくなるタイミングが必ず来る。そしてその時期は思っているよりも近くにある。

私たちがまずやらなければならないことは、「お金を稼がなくてもいい」ということを認識しなければならない。
そして「お金を稼ぐ」という土台の上に成り立つ価値観を壊す必要があり、この価値観を壊すことができれば人と違うことのすべてに価値が生まれ、その価値観に合う人とのみ生きていけばいい世の中が加速する。
例えば「効率が悪い」「遅い」「間違いだらけ」など一般的に言えば価値がないと思われる可能性が高いモノに対して「アート」や「エンタメ」というフィルターを通してみたら価値が出てくるように、未来はこの考え方がベースとして世の中を形成する。
「効率よく」「早く」「的確に」「正確に」「人を集められる」「認知がある」「キレイ」「知識がある」という元来の価値はAIやロボット、そして一部の超頭がいい人たちに全て任せて私たち凡人はひたすらにエンターテインメントを創造し続ければいい。

だからこそ生きていくために必要な制度を整備し、普及すること。それと同時に私たちが持っている概念をすべてぶち壊す必要がある。その為の仕組みをこれからより具体的に可視化することを目的とする。

そのためにまずやらなければならないことは、私たちが生きていく上での最低限を保証する必要がある。これが保証されていなければお金を稼ぐという価値から脱却することはできない。
だからこそベーシックインカム制度の導入は必須となる。というよりも厳密にお伝えすれば、私たちの労働という名の仕事はAIやロボットに奪われ生きていくことが困難な状況になっていく人が増え続け、ベーシックインカム制度を導入せざる終えなかったということが事実なんだけど。

「資本=お金」という定義は薄れ・・・その考え方は拡がっていく。
未来ではお金のカタチは変化していき、お金という紙幣や硬貨のようなカタチがあるモノから徐々にデータやステータス、スコアのようなモノに変化していくんだ。そしてその数値を決めるのは私たち人間ではなく、AIによって判断される。AIによって判断される数値は人間が判断する時のように感情や環境の要素を最小化し、スコアをつける。
現代において同じ商品を購入するときは大体同じ金額での売買になるが、同じモノやサービスでも購入した人の感情は変わる。

AIはその感情によって数値(金額)を変えることで価値を変化させるんだ。そもそも同じモノやサービスが同じ価格ということ自体がおかしな話であったことに気が付いていく。
例えば1w食事をしていない人と食事後でおなかいっぱいの人とでは目の前にある食料の価値は変わる。
その数値は自分たちが持っている価値観によって変化するモノであり、その変化をAIという私たち人間の知能を超えた存在が判断することで世の中はうまく回っていく。

現代においての失敗の一つに顔が見えるという点がある。
政治家など中央に誰か特定できる人がいるから自分の人生が少しでも良くない方向に向かったときは犯人探しをして元々自分の中にはなかった負の感情をぶつけることで自分のせいではないと思いこみたいのだろう。
「時代のせい」「環境のせい」「会社のせい」「あいつのせい」
全ての考え方の根本にあるのは自分が弱いということを認めたくないという考えであり、それは中央に誰か特定できる人がいるから起こることなんだ。

この環境が自分らしい自分を遠ざけ、自分らしい人生を歩めなくしている。
だからこそ、まずやるべきことは人間が政治を行うのではなく、AIによって政治を行うことがいい。
その人に必要な「資産」を必要な分だけ的確に提供する仕組みだ。例えばずっとゲームをし続けたい人に必要な資源は3畳程度の部屋にゲーム機、そして電波があればいい。
絵を描きたい人にはアトリエのような空間とイメージを膨らますために必要な経験が必要だし、スポーツがやりたい人にはスポーツ施設や一緒にスポーツができる人が必要になる。
現代はこの必要な「資産」をお金というツールと交換することで得ていたが未来では一度お金に変換する工数が省略されていき、未来においてお金でなくてはならないモノはほとんどなくなりつつある。

現代はセールスやマーケティングによって半ば強制的に購買欲求を高められて購入せざる終えない可能性があるが、未来では自分が本当に欲しいモノしか手に入れなくてよくなるんだ。
それを可能にしたのがアルゴリズムとWEB5.0である。自分の情報が蓄積されているからこそ自分に対しての最適解を常に導いてくれるアルゴリズム。そしてその答えに対して検索エンジンやアプリなど何かのソフトを使って自分で検索することでしか得ることができなかった情報や商品・サービスに対しても自分だけのポストのようなモノに常に入っており、そのポストから自分の気分によって探すことができる世の中になる。

そして当然ことだけど、自分の生活水準に合わせた必要なモノが提供され続けるような人生を送れるようになる。他人の評価や目を気にしていかなくてもいい世の中なんだ。
ここでベーシックインカムを行うだけの財源について軽く触れておいた方がいいと思うので触れておくけれども大前提として未来には中間に入る業者が限りなくゼロになる。例えば、農家がつくった食物は一度、大きなところに集められ、そこから運送業者によって各地へ運搬される。
この間にも運送会社を紹介する会社やまとめる会社など目には見えない中間にあるような会社が無数に存在する。
その会社が存続するために消費者は無駄にお金を払っているというのが現代の構図になる。

しかしこれだけテクノロジーが発展した未来において中間にあるような会社は必要なくなる。生産者側と消費者がダイレクトにつながることによって等価交換が可能になる。
それを可能にしたのが直接つながることができる仕組みと運送技術なんだ。運送のほとんどはドローンとなり、受け渡しは基本的にベランダや窓になる。現代では玄関での受け渡しが一般的だと思うが未来ではベランダや窓に専用の宅配ボックスが設置されており、そこにダイレクトでドローンが運搬してくれるんだ。

この物々交換において「お金」が存在しないとなるとどうやって物々交換をするのかという問題に直面する。しかし未来において何も心配することはない。先ほどもお伝えしたように与えたものに対してAIがスコアをつけそのスコアが提供者側の資産として蓄積し続ける。そしてそのスコアを使って商品やサービスと購入するという仕組みになる。
この仕組みによって人は相手に提供することが当たり前になり、自分たちが持っている資産を奪い合う現代のような構図から与え合う未来のカタチに変化していくんだ。

価値がない人間はどうなるんだという問題が出てくる。それも現代人が考えるから問題になっているだけであり、未来から考えれば、そんな問題が起こるはずもない。今の考え自体が「お金を稼ぐ」という土台の上に成り立っている価値観であり、現代において価値がないのは時代が追い付いていないから価値がないと錯覚しているだけに過ぎない。
人と違うことは全てが価値となり平均値だけが価値が薄くなっていく。

だから自分の好きなことを好きなだけやっている人と、そのことに対して興味を持ってくれる人がつながり需要と供給のバランスが取れ始める。
相性すらもアルゴリズムによって判断されるため現代よりも更に無駄が省略された未来になる。
世の中においてホントの意味で生産性がある人間なんて全体の2~3割しかないと感じていてそれ以外の人ができる仕事なんてエンタメくらいになっていくはずなんだ。そしてこの比率はどんどん減っていく。

私たちが生活する上で必要なことは「衣食住」「エネルギー」そして「電波」であることは間違いない。
この「衣食住」「エネルギー」そして「電波」を必要な時に自動的に提供し続ける仕組みこそがAIベーシックインカムなんだ。
この環境が整ったことによって私たちは自分がやりたいことに没頭することができ、自分らしい人生を歩めはじめる。

資本のカタチ、AIやアルゴリズムによって判断されるステータス、そしてそれによって自動的におこなわれるマッチング。
私たち人間の思考は環境によって思考が決まると言われており、環境が同じ人は近い思考を持ち、環境が近ければ思考が交わることは少ない。自分はどのフェーズの未来人として生きていきたいのか真剣に考えるタイミングが来た。
人間らしさを捨てて自分らしさ追求することが鍵になる。

『自分らしく生きる場所は未来にある』

現代人がずっと課題として持っていたモノであり、解決するために生きてきた。その本質についてまとめてみた。
時代が進めば「自分らしく」生きる人が増えると信じていた。
しかしそうではないらしい。時代が進んだとしても今のような生き方をする人に溢れ、今のような窮屈な人生を送る人に溢れるのかもしれないと感じるようになった。

これには2つの原因があり、それは未来に進もうとしない人たちの多さとそれに伴った声の大きさ、そして合理的なことが時代を進める妨げになるように感じる。

『未来を可視化すること』
『時代を進めるのは本気の大人遊び』

この二つが時代を進め、未来に向かうためのポイントになる。
違和感からの解放。窮屈な日常を抜けるための方法。
私たちは何から解放されたいのか?「ナニカ」から解放された未来はどういうモノなのか?その「ナニカ」に気がつくこと、そしてその「ナニカ」から解放されるための思考と行動をし続ける必要がある。
今のあなたを制限している「ナニカ」に気がついているかい?

もしその「ナニカ」に気がついて解放されたらどういう未来が待っているのか?自分が想い描く未来に不必要なものは何かを考え明確にする必要がある。
それは「お金」「時間」「ルール」「人」「名声」「場所」「自分」なのか?
私が考える未来は自分を縛っている「ナニカ」から解放され、全世界の人間が「自分らしく」生きている世の中だ。
そういう未来に近づくために必要なことは『未来を可視化すること』『時代を進めるのは本気の大人遊び』であり、絶対的な好奇心にほかならない。

あなたは今を変えるほどの好奇心を持っているか?
その好奇心に気がついているだろうか?

未来を可視化して解像度をすることでこういう生き方がこの場所でできる。これが未来の話であり、自分の想い描く未来の解像度をあげることにより、どんな未来を実現させるのか。もし想い描く未来がない人は私が描く未来妄想を参考にしていただき、イメージを膨らましてもいい。
様々なモノから解放された人たちがどういう生き方をするのか?そして自分だったら何から解放されたいのか・・・。過去や今に縛られていたら想い描く未来には近づかない。

まつがつくる未来人の「ものがたり〜Story.〜」とは・・・

様々なモノから解放されていくことを否定してはいけない。解放されることは恐れることではなく、自分の人生を自分らしく生きていくための手段である。現代人は様々なことに縛られながら生きている。その縛られているモノからの解放こそが「未来人」に必要なコトだ。
境界なんて必要ない。境界は安心と窮屈をつくる。そんな未来でいいのであれば今のままの人生を歩んだ方がいい。
私はそんなつまらない人生よりもワクワクする未来で生きることを選択したいし選択する。それを考えるための場所【未来会議室】をつくることにした。

そしてこれから進む格差社会は能力じゃなくてマインドセットで行われるべきだと考えている。どういう生き方をしたいのか?ここに現時点の能力なんて関係ない。大切なことはどういう方向性で生きていくかを決めることであってその方向性が同じような人たちとだけ交わるような世の中だ。
私たちに必要なコトは必ず来る未来に対してどうやって生きていくかだけだ。未来で生きるためのスタートラインはいつだって自分の足元にある、そのスタートラインをいつ始めるかは自分次第なんだ。

その事実に気が付いていながらスタートを切らない人が多い。それには様々な理由があり、その理由のほとんどを外部要因にしてしまっているが実際のところは自分に責任があり、ただその責任を外部にあると思い込んでいるように感じる。そしてそんな人は決まっていつまでたってもスタートを切ることがない。
「やるやる詐欺」みたいなものでみんなの身の回りにもいると思うけど、何年たっても『俺、独立したいんだよね』って言い続けてるやつ。ホントにやるやつはすぐに行動しているし、必ずリミットを決めている。独立したいって言っていて何年も独立しない人は、『俺、独立したいんだよね』って言ってる自分に酔っているか、誰かが手を差し伸べてくれると勘違いしている。

俺も昔はそうだったんだけど、一所懸命マジメに過ごしていれば必ずチャンスは訪れると思っていたし信じていた。しかし現実はそんな甘くない。
水槽の中の魚じゃないんだからお口を開けて待っているだけで餌がもらえるような現実なんて存在しない。自分からつかみに行くしかない。

ただ、実はそういう人の方が救いようがある。一番たちが悪いのは、スタートを切ったつもりになっている人だ。そういう人はいつだって目的地と自分の行動がズレていることが原因でそのズレていることに気が付いていない。
大切なことは行動することなんだけど、行動の仕方を考えなければいけないんだ。でも行動してるっていう自負があるから、なかなか人の言葉に耳を傾けられない。
俺はそんな人をいっぱい見てきたし話もしてきた。その時に意識することは決まって「フラット」であることだけなんだ。

自分の評価をあげようとか、自分の意見を受け入れてもらおうとか、意地悪をしてやろうとか、相手を見下すようなことなんてほとんど思っていなくて、傍から見たときにどう映っているかを伝えている。
それでもほとんどの人は自分が否定されているとか、粗探しをされているとか、マウントをとられると思ったりするし、現実逃避する人も多い。

自分を中心に生きていくことって重要だし、自分が中心で居続けていることは間違いない事実なんだけど、自分がやりたいことは「趣味」なのか「娯楽」なのかの違いになる。趣味であれば周りの評価なんて気にする必要がないのにほとんどの人は周りの評価を気にしながらやっているし、評価がなくなったら続かないという人は多い。
でも実はベクトルが逆で自分のやりたいことをやっていった先に相手に評価されてやりたいを加速させる。相手の評価が先に来てしまうことは実は進め方が逆なんだ。

そんな窮屈そうに生きてて楽しいか?
何から解放されたいか?
好奇心を満たすためのツール
趣味は内側のベクトル、娯楽は外側へのベクトル
娯楽にするには付加価値をつける必要がある。
ただ結果として付加価値が付き娯楽へと変わる

自分が持っている武器がなまくら刀なことに気づかずに使い続けている人が多い。元からなまくらもののケースもあれば、なまくらものに変わっていることに気が付かずに使い続けているケースもある。自分が持っている武器に価値があることを信じたい気持ちはわかる。そして自分が手に入れた武器を手放す覚悟ができない理由もわかる。
それでも現実を見ないと・・・。世の中を見ないといけない。
それが趣味で終わりにしてもいいのであれば、そんなことをわざわざ伝えない。でも趣味を快楽へ変更させようと思ってる人は意外に多いように感じる。

現代において最低限の生活するためインフラは整っているし、生存を脅かすほどの脅威もない。そして日本がどれだけ貧乏になろうとも餓死で死ぬ人だってほとんど現れないんじゃないだろうか?
それくらい今の日本は平和であり、安定している。誰かが言っていたけど、日本の横倍率は世界屈指の安定を見せているって話。
だからこれからの私たちに残されている生き方はどう遊びながら生きていくかがポイントになってくる。
そして大人の遊びは時代を進めることにつながる。

例えば、イーロンマスクが火星移住を本気で目指しているし、ZOZOタウン元社長の前沢さんだって好奇心で宇宙に行ったし、メタバースだって、メタバース上のデジタルツインだって4足歩行ロボットやドローンやAIも社会に必要かどうかわからない状況の中、発展させた結果として世の中に必要なモノになった。
何が必要かよりも何が好奇心をあげさせ続けられることなのかが一番重要である。人に何かを言われたり、縛りがあったり、報酬がなきゃ続かないことはやめた方がいいし、やったところでなんの成果にもつながらないと感じている。それでも続けている人はヒューマンノイズに洗脳されている恐れがある。ストレートに伝えるけど、あなたが求めている成果にはつながらないから『さっさと辞めろ』ってことだ。

この言葉に対して否定的なことを考える人にもう一言だけ伝えさせてもらうけど、あなたが「やるべき」だと思ってやっていることでも「やりたい」と思ってやっている人がいる。
「やるべき」と「やりたい」だったら、どっちの方が考えている時間が多くて、どっちの方が手を動かしている時間が多いだろう。
そして気が付いたら手が動いているような人よりも成果を出そうとしたらあなたは同じかそれ以上の時間をそのことに費やすしかないことは容易に想像がつくと思う。そして「やるべき」でやっている人はきっと思うような評価を得られないだろうし、次第にその評価がなくなったらやめていく。
「やるべき」は次第にプレッシャーになり、苦痛になる。そんな分かり切った未来がくるのであれば、初めからやらない方がいいと思うけど。

世の中にあるほとんどのビジネスは「情弱ビジネス」である。そんなことに気が付いてしまった時から世の中の違和感が増したように感じる。料理がうまい人が料理を提供することや、モノをつくれる人がつくれない人にもつくってあげる。自分には表現できないことを変わって表現したりする。
「ある人」が「ない人」に提供し続けるような仕組みは変えようがないのか・・・?
きっとこれからもこの構造は変わらないだろう。しかし提供する前の入り口を整える必要があるように感じる。マーケティングやセールスにおいて無理やりに潜在意識を呼び起こし購入させるような方法は好きじゃない。危機訴求して不安をあおり準備させることもやりたくない。
大切なことはいつだって自分が好きなことに対して没頭し、熱狂しているうちにその熱が伝播することであり、その流れこそが本来のビジネスのカタチであるように感じる。いつの間にか順番が逆になってしまっていることが悪循環をつくっているし、その状況にほとんどの人が気が付いていないことも問題だ。

この状況をつくってしまった人はきっと、お金を稼ぐことをベースにしたスキルが高いかもしれないが世の中を良くしたり、時代を進めるという観点が少なかったように感じる。
しかしこれからの時代や未来に必要なコトは人を笑顔にすることであり、その先に自分らしい人生を歩む人が増えることであると考えている。
その延長線上には時代を進めることにつながると信じている。

私が考える未来はいつだってやりたいことをできる環境が整っていて、それをやるために今やることを明確にすることが重要だと考えている。
その為に必要なコトは【境界を取り除くための考え方】が必要であり、自分が持っている概念を外す作業が必要になる。
それが未来人になるきっかけであり、自分らしく生きるために必要なコトだと考えている。
それがきっとみんなが自分の好奇心に正直に自由に表現できる未来であり、そんな未来はきっと幸せなんだ。その表現方法ですら先入観の中でイメージしているのであれば未来人からは少し遠いかもしれない。

水って過去の情報を記録しているって話を聞いたことあるだろうか?少しスピリチュアル的な話になってしまうかもしれないが、その水がどんな環境に触れてきたかによって、その水が与える影響が変わるという話だ。科学的な根拠はないが現実的に変化が起きているという報告もある。良い環境に触れてきた水は植物を元気にしたりする一方で、悪い環境に触れてきた水は植物を枯らしてしまうこともあるらしい。
そして人間の80%は水分でできていると考えると自分が触れてきた環境の記憶を身体が覚えていて自分の考えや判断に作用していると考えてみると面白いかもしれない。

だからこそ自由を再定義しよう。
私たちは自由を求めて行動をしているし、自由になりたいと心から願っているように感じる。しかし大きな解釈で考えるとその自由は現代社会からの自由であり、解放を望んでいるような気がする。とはいえ全てが自分で決められる環境を望んでいるわけではないのだから人間はめんどくさい生き物だと思う。
なんとなく求めている自由ではなくて明確に何から解放され、何を選択できるようになれば自由だと感じることができるのだろうか。
この解放こそがこれから私が書いていく【未来人のカタチ】である。ちなみに私は【未来ニート】を目指しており、未来ニートとは時間とお金からの解放だと考えている。

人生はゲームみたいなモノだから自由に好きなゲームを好きなだけやればいい。そのゲームの主人公はいつだって自分だということを忘れちゃいけないし、そのゲームに飽きたらソフトを変えるように違うゲームをすればいいだけなんだ。
RPGなのか、アクションなのか、育成なのか、シミュレーションなのか、教育なのか、パズルなのかは自分で決めればいい。
同じジャンルのゲームだって好みが変わるし、進め方も目指すクリアも違う。それが自分だけの自分らしい人生の在り方だと思う。
あなたの人生はRPG日本型のRPGなのか、それとも海外型のRPGなのかを考える必要がある。日本型のRPGは一本道のRPGであり、次のステージが決まっていて必ず同じルートで進むようにできている。しかし海外型のRPGは自由に自分の好きなように進むことができる。

学生時代に成績を上げて良い高校、良い大学、そして良い会社に入社すれば、自然と出世して老後までエスカレーター式に安定した生活を送れるような時代ではなくなってしまった。少し前の時代は日本型のRPGのような人生を送ることができたけど、すでに海外型のRPGの時代に差し掛かっている。
私たちの人生は自分でルートを決めて進んでいかなければならず与えられたクエストをこなしているだけでは決してクリアできない時代まで来てしまった。

そんな世の中に違和感を持ってる人は多いし、矛盾を感じている人は多い。
しかし私が見ている世の中には矛盾なんてものは存在しない。もし矛盾と感じるのであれば、それは自分の解釈が矛盾にさせているだけなんだ。
その矛盾は固定観念や境界によって解釈されていることが多い。しかし時代の流れが加速し続けている現代やさらに加速が進む未来においては今ある固定観念や境界を壊していくことをしていかなければならない。
そのための【未来会議】であり【未来人】になるための方法なんだ。

しかし頭でわかっていてもなかなか行動に移せないという人は多い。私の周りの90%以上は固定観念や境界に縛られていて、その縛られていることに気が付いていない。その固定観念や境界を壊すための簡単な方法があって、それは環境を変えることだ。理想とするのであればすべての付き合う人を変えることができればいいが、きっとそういうわけにはいかないだろ。
でも間違いなく固定観念や境界を壊す方法は「環境」を変えることから始める。そして固定観念や境界を壊すことができれば、次にやることは固定観念や境界を壊すの再構築だ。
そのときに注意が必要であり、何かに偏ったつくり方をしてしまうとせっかく壊した固定観念や境界と同じようなモノになりかねないので注意したほうがいい。

それは多様性を考える時にも必要になるかもしれない。現代では多様性の時代といわれながらも多様性になっていないことが多い。それは多様性が認められていなかった時代につくられた環境だからであり、その環境で生活していてはいくら多様性を意識しても多様性になることはかなり難しい。
多様性を本気で実現するのであれば環境から変える必要があり、多様性を重視した環境から構築する必要がある。そうしなければ現実化することは難しい。

多様性の環境を構築するにあたり大切なコトを考えなければならない。私たちが実現しようとする多様性とは何か?そもそも多様性の定義を考えるには言葉の意味から考えることが簡単だ。
多様性とは「異なる属性を持つ人々が共存している状態」となり、それは私たち人間が自然に対してイメージすることに近い。
なぜ人間は自然に惹かれるのか?そしてなぜ自然を求めるのだろうか?

そこにはきっと私たちが求めるライフスタイルのカタチが存在するのかもしれない。自然環境には現代感じている違和感や窮屈さを取り払った私たちが感じることができる多様性の本質があるのかもしれない。
それはなにか・・・?それはきっと「境界のない世界」である。自然の中では基準というモノが存在せず、同じというモノがない。同じ種類の植物だとしても形や大きさ、生えている場所などすべてが異なる。そんな環境の中で共存しながら生きている。
自然環境との境界がないことであり、私たちの新しいライフスタイルのきっかけになるように考えている。そして私は新しい未来のライフスタイル提案をしていくつもりだ。ナチュラルではなくてネイチャーという考え方。

それがきっと現代人と未来人の違いであり、その違いを明確に定義していきたいと考えている。衣食住から考える環境から始まり、生存本能や繁栄についても定義する。それがこのシリーズである「未来会議」の内容だ。

私が提案する未来のライフスタイルの中でしっくりくるものがあれば選んでいただいてもいいし、組み合わせてもらってもいい。
【自分の人生の主導権は自分なんだから自分で決めろ!】これが私がずっと思っている考えだ。自分の人生なのにもかかわらず他人に主導権を握らせている人が多い。
自分に合ったライフスタイルを始めるわけではなくて、与えられたライフスタイルをこなしているだけの人生。自分の人生を考えられないし、考えようとしてない。それは自分の人生から逃げてる!に過ぎない。でも私はそういうライフスタイルを否定もしない。それすらも自分で決めていればいいと思う。

私が提案するライフスタイルの中には人間を否定しているような内容もあるかもしれない。差別や偏見に感じることもある。
でもそれはきっと現在までにつくられた「固定観念」や「境界」に縛られた考えになっている。人間なんて私たちが思うほど立派な生き物なんかじゃない。立派を装えるように教育されているだけで実際のところ人間なんて全員が自分のことを優先して考える【クズ】なんだ。
そこを前提に考えることができれば、今に縛られない考えや概念を持つことができる。
大切なことは未来にあった【概念】であり、それは時代の中で生きていきたいと考えるのであれば、時代の流れの中で変化し続けなければならない。
それができる人、求めている人と求めていない人がいることも理解しておかないといけない。

現代において時代と会っていないモノを一つだけあげるとすると「中央集権型」であると考えている。
固有名詞のトップを作ってしまうから目に入ってくるし、気に入らないし、足を引っ張りたくなるだけで、トップがいるけど誰か分からなければ文句なんてないし、狙われることなんてない。そして反応があると分かっているから言いたくなるんだ。
これからの時代の一つの要素として共産主義の上に成り立つ資本主義がいいのではないかと考えている。もう少し具体的な話をするとAI共産主義で人間の最低限の生活(衣食住+エネルギー+電波)を担保し、その上で資本主義を成り立たせるという考え方だ。
そして大切なことは共産主義も資本主義もトップは人ではなくてネイチャーであるべきだと考えている。わかりやすく伝えると「AI」が管理・判断することが理想である。
どうせどんな政治や政策を行ったって自分のことを最優先に考えるクズな人間たちは文句を言うし、行動を起こす。詳しい話はこのシリーズの中でまとめていくかもしれないし、まとめないかもしれない。

そんな建設性もないことをイタチごっこのように続けているのであれば、いっそのことAIに任せてしまったうえで私たちは私たちらしいライフスタイルを考えていった方がどれだけ建設的かってことに気が付いてほしい。
そして私たちのライフスタイルには限界が訪れようとしていると感じている。モノが溢れ需要と供給のバランスが崩壊しつつある現代においてセールスとマーケティングで無理やりに持ちこたえさせていたことに、そろそろひずみが生まれ可視化し始めている。

各フェーズの細分化された生活については次の機会にでもまとめることにするよ。
・・・俺は先に未来人になって待ってる。

いいなと思ったら応援しよう!