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弾丸☆ズ あらすじ&第一話 交通安全員長と黒い弾丸

<あらすじ>
陸上部の主将を務める大銅中学 二年生 梅野春香 14歳。交通事故で父を失った彼女は、交通違反を許せない。そんな彼女が生徒会長から交通安全委員長に任命された。彼女の初仕事、秋の交通安全週間が今始まる。
そんな春香の幼馴染みで同級生の師走ジロウ、彼の数々の危険走行を取り締まるため、大銅中学は交通安全委員を設立したのだ。
1話~3話は、春香がジロウを改心させるお話。
4話以降は、ジロウの危険走行を模倣した生徒が次々と現われる。春香は陸上部から精鋭を集めて自転車部隊<高速機動隊>を設立して彼らを取り締まる。そしてジロウは自分の罪を悔い、知恵を絞り春香達に協力することで彼が更正していくお話。

<第一話 表紙>

<第一話>
その年の10月1日、月曜日の朝。
歩道のガードレールの柱の下に花瓶代わりにしたペットボトルがある。中には透き通った水と色鮮やかな赤いアンスリウムの花が一輪生けてある。
大銅中学 二年生 梅野春香 14歳 が、かがんで両手を合わせている。
春香はセーラー服の冬服。笛を首から掛け、左手には緑地に白文字の腕章を付けている。
白文字で”交通安全”と書いてある。
春香(お父さん、おはよう。今日は交通安全週間の初日。私の交通安全委員長としての初仕事なの。見守っていてね)
春香は立ち上がる。その後ろには開店前の花屋(フラワーショップ 春香 -銅の手店-)がある。春香の実家は花屋を営んでおり、大きな街道沿いやお寺の近くに店舗を展開している。
この店はその店舗の一つだ。

両親が花屋を始めた時、店の名前に春香の名前を付けてくれた。
春香は最初、恥ずかしかったり、自分の人生を最初から決められたように思えて嫌いだったが、今では両親からの贈り物として実家の家業を誇らしく思っている。
父親は春香が10歳の時に、交通事故で亡くなった。
この店の前で花の積み卸しをしていたところに、スピード超過でハンドルを切り損ねた車が突っ込んできたのだ。
だから春香は、父を理不尽に奪った交通事故が許せない。交通ルールを守らない人はもっと許せないのだ。
そんな春香の交通違反を憎む強い思いを知っていた生徒会長”中尾 駆”は、彼女を交通安全委員長に任命した。

この店から100mほど離れた交差点に、春香と同じように腕章をつけた学生服の少年少女達が歩道に沿って整列している。
春香はその交差点へ歩いて行く。
後ろには赤いアンスリウムの花が風で揺れている。
赤いアンスリウムの花言葉は”情熱”。春香は今日の初仕事への思いを亡き父に伝えたのだ。

公園の入り口に自転車が駐めてある。自転車のハンドルには学ランがかけてある。学ランからはみ出たハンドルには旧式のサイクル・コンピュータ(スピードメータ)が覗いている。
公園の中にカッターシャツ姿で太極拳の演舞を行っている少年、師走ジロウ 14歳。
彼は太極拳の演舞によって心身をリラックスさせ集中力を高めているのだ。
これはジロウが”刹那の間合い”の発動条件だと信じているため、毎朝のルーティンに組み込んだのだ。

解説「解説しよう!"刹那の間合い”とは、ジロウが毎日自転車を全力疾走する中で身につけた境地…」
解説「それは中1の冬、ジロウはいつものように自宅から坂を下っていた」
解説「朝日が当たったところから霜柱が溶け始めているのか?歩道や車道のところどころに水の流れ道ができ初めていた」
解説「その坂の下の日陰のエリアにキラキラと光を反射するエリアがあった」
解説「路面が一部凍結していたのである」
ジロウは「あっ」と気づくが、その先には車道に止まっている乗用車が見えた。
急接近する乗用車の後部座席に座っていた子供と目があった。
解説「それは正に刹那の瞬間であった」
ジロウ(この先の信号が”赤”ってこと。ブレーキするしかない)
ジロウ(ブレーキがスリップするようなら自転車を倒して自動車の前で止める)
ジロウは自転車の後輪、前輪の時間差ブレーキにかかる。
と同時に前輪がスリップ。
前輪に続いて自転車の車体が横転を始める時、ジロウは腰を浮かし―
車体の上側にくるであろう左足でペダルと車体の取り付け軸を踏む。
この結果、体は自転車の上に起き上がる格好となり、引き上げてフリーになった右足で今度は前輪の回転軸を踏む。
右足首のスナップで前輪の可動を確保し、自転車は横転し凍結した路面を滑り出す。
左足がペダルの回転を抑え路面を引っ掻いた。
右足は体が前につんのめりそうになるのを前輪の傾斜角度の調整で耐える。
そして傾斜した前輪も路面を激しく引っ掻いた。
ガガガガガガ
激しく路面を削る音が鳴り響いて、止まった。
解説「自転車は自動車の後方3m程手前で止まったのである」
解説「そしてジロウは無傷」
この時自動車の後部座席に座っている子供が、スマホのカメラを向けている気がした。
信号も青になったのか、すぐに自動車は何事もなかったように走り出した。
解説「本人はコレを自転車をブレーキパッドのように路面にこすりつけて止まったことから最終奥義「チャリ・ブレーキ」と名付けた」
解説「だが、ジロウが普段から脳内で行っていたKYT(危険予知トレーニング)での危険回避行動が現実に発現したこの境地を人に説明すると長くなるので、”刹那の間合い”と呼んでいた」
ジロウ(春香に”刹那の間合い”を自慢したら、"それ、アスリートが目指すZOON状態のフローとクラッチね。フローはリラックスしながらも集中した状態、クラッチは訓練で積み上げてきたものが瞬時に組み合わさって発現する状態のことよ。…まったく公道でZOON状態に入るんじゃないわよ!周りがビックリして事故になるでしょう!!このバカ!!!"とか、意味不明な怒られ方をしたな…)

ジロウ(春香の奴、"バスと競争するような危険走行はするな!”か…)
黒炎号(ジロウ様、春香様の注文にも困ったものですね)
黒い袴姿の二頭身の女武士が長刀を持ってジロウの耳元で囁く。その女武士はジロウの自転車から魂が出てきたような紐でつながっていた。
解説[解説しよう!ジロウが毎日命を預けている自転車。それはジロウにとって信頼できる相棒である。ジロウは脳内でこの自転車を擬人化してイマジナリーフレンド(黒炎号)として語り合っているのだ!ゆえに彼にしか黒炎号は見えない!!」
ジロウ(おお、黒炎号。分かってくれるのはお前だけだ)
黒炎号(人力自転車のギネス最高速度は144km/hrですから、ジロウ様が坂道の下りで法定速度の40km/hrで走行しても全然安全運転ですのに…)
ジロウ(ほぼ限界集落で人や自動車の往来も少ない。気にするのは小動物の飛び出しか道路の陥没くらい…)
黒炎号(今のジロウ様のお力をもってすれば、十分回避可能な速度でございますね)
ジロウは、太極拳の演舞を続ける。
黒炎号(…まったく春香様は分かっておられませんね。40km/hrで坂を駆け下りても平気な人間に、”自転車の取説に書いてある標準常用速度は24km/hr以下よ!”とか言われても…)
ジロウは、太極拳の演舞を続ける。
黒炎号(仮にジロウ様が妥協して30km/hrで坂を駆け下りても、”24km/hr以下にしなさい!”とか、最後には”坂道は自転車を降りて上り下りしなさい!”とか言ってくるのが目に見えるようでございます―)
ジロウは太極拳の演舞を続けながら、黙って考え込んでいる。
黒炎号(―ジロウ様、何を考え込まれておられますか?)
ジロウ(うむ。ドロハン(ドロップハンドルのこと)と一文字(ストレートハンドルのこと。この地域での別名)の違いが自転車の速度にどう影響するか考えているのだ)
黒炎号(ドロハンが高速走行に優れるの一択では?)
ジロウ(例えば、高速走行をする時はドロハンの下側のグリップを握ることで体を前傾姿勢に保ち空気抵抗を少なくできるのだ)
黒炎号(一文字はハンドルの下には握るところがありませんからね…)
ジロウ(だが、高速走行を一文字で最適化するとどうなるか?ポイントとなるのは前傾姿勢をとること。むしろ両脇が締まって空気抵抗を少なくできそうだ)
黒炎号(しかし、その分姿勢がキツク長時間の走行には適さないのでは?)
ジロウ(そのとおりだが、通学時間を高速走行で短縮できるなら、姿勢がキツクても実現可能。高速走行を下り坂だけに限定すればさらに時間を短縮できる)
黒炎号(まさか!? この通学路においては、一文字が高速走行に最適とおっしゃられるのですか?)
ジロウ(一文字の高速走行姿勢をドロハンで再現しようとすれば、ブレーキの無い位置を握ることになるしな)
黒炎号(たしかに! 高速走行でブレーキを握れないのは自殺行為…)
黒炎号(でしたら、もうドロハン解禁は目指さなくてもよろしいのでは?)
ジロウ(この通学路に限って言えばそのとおり。だが、この集落はバスの終点。この背後の山々には限界集落が点在し、小学校からの同級生が何人も住んでいる。彼らの通学距離は俺の倍以上、そんな彼らはほとんどリモート学習でしか授業に参加できない…)
黒炎号(なるほど、彼らは臨時バスか親御さんの送迎がある時しか通学できませんからね―)
ジロウ(彼らは自分たちのためだけにバスの赤字路線を無理矢理継続してもらうのことに遠慮してバス通学を選択しない…)
ジロウ(大人達は過保護過ぎる。もっと生徒達を信じろ!ドロハン解禁による自転車の高速走行が認められれば、同じ時間でより遠くまで走ることができる。そうすれば、俺の同級生達もリモート学習だけでなく、自転車通学という選択肢もを選べるようになる。彼らとは小学校からの付き合いだしな、また学校で直接会えるなら会いたい!)
黒炎号(ドロハン解禁は、バスよりコスパも対環境性もいいですしね…)
ジロウは演舞を止めて一呼吸する。その両手の指先にはピリピリと心地よい痺れにも似た感覚が広がっていく。
ジロウ(太極拳の本に書いてあった”気”。東洋医学では血液以外の何かと表現されていて、俺は西洋医学でのリンパ液(細胞液)の流れではないかとが推察する。この痺れ、正座を崩したときに感じる痺れにも似たこの感覚、この俺の体の細胞が活性化していくようで心地よい)
黒炎号(今朝もコンディションは万全ですわね♡)
ジロウ(―来たようだ)
坂の下からバスが昇ってきた。
バスはこのあとジロウの集落を一周してから再び坂を下り学校方面に向かうのだ。
黒炎号(オホホホホ!我らが宿敵ビッグ・バス! 今週は春香様との約束があるのでお前との勝負は一時休戦よ―!)

ジロウとその自転車”黒炎号”の出会いは、ジロウが小学校を卒業した年の3月。
来月から大銅中学校へ通うジロウは、自転車通学に備えて地元の自転車屋で自転車を選んでいた。
店主「通学用の自転車ならこのブリ○ストンサイクルのク○スファイヤーがお手頃ですよ。」

それからジロウは毎日帰宅時の最後の上り坂に挑んでいた。
ジロウはダウンヒルだけでなくヒルクライム(上り坂)でも全力疾走。
むしろ上り坂のほうが筋トレバカのジロウにとって大好物なのだ!
彼はこのヒルクライムを自転車で登り続けて1年後、とうとう足をつかずにペダルをこぎ続けて登り切った。
更に3ヶ月が経つ頃には、ギアを一番重い高速ギアにしたままで登り切った。
だが、その鍛え抜かれた脚力でペダルを踏み込み、サドルから腰をあげて立ちこぎしてハンドルを軋ませ、歩道の幅ギリギリまでスラムローム(蛇行運転)していた時、自転車が限界に達した。
ハンドルが金属疲労でもげてしまった。この時、ジロウはハンドルがもげたのが、ヒルクライムだった幸運に感謝した。これがダウンヒルで起きていたら、タダではすまなかったと。
ジロウは自転車が自分を守ってくれているような気がして自転車を修理した。
そして漫画家志望のジロウは自転車・黒炎号を擬人化することを閃き、語りあうようになり、”黒炎号”はジロウを常に励ます頼もしい相棒になった。

ジロウは自転車のハンドルを修理する際、好きなハンドルにしたいと考えた。
ジロウ「せっかくだから、ハンドルをドロハンに変えたいんですけど…」
店主「坊や、大銅中学校はドロハン禁止なんだよ。スピードを出し過ぎて危険だって事で。だからこの一文字しかないんだ―」
ジロウは店主の話を聞いて、50年前のドロハン禁止となった経緯を知る。
今から50年前、1975年頃まさに時代は第二次ベビーブーム真っ盛り。
急激な人口増加で大人達の目が行き届かず、当時の中学生や高校生達はやりたい放題の無法地帯に向かっていた。
ブリジストンサイクルのロードマンという名の自転車は当時の少年達の憧れだった。
このロードマンは、ドロハンを装備し、多様なオプションをチョイスすることができた。
1974年から1990年代後半まで販売され、通学用自転車として大人気だった。
しかし、このロードマンをはじめとしたドロハン装備の自転車による事故が多発した。
この結果を重く見た○○県の教育委員会は、ドロハンを禁止することで事態を収拾したのだった。
事故の増加が、ドロハンによるものか? あるいは 人口の増加によるものか? その結論がでないままでの対応だった。
ジロウは思った、この人口が減っていく時代でも本当にドロハンは禁止されるべきものなのかと…
ドロハンが禁止されていない地域もあるというし…。
ジロウにとってドロハンは幼くして東京で母と一緒に生き別れた10歳上の兄イチローとの僅かな思い出。イチローの自転車に乗って楽しかった思い出だ。その自転車がドロハンだった。ジロウは父に連れられ日本中を借金取りから逃れて回っていた。ようやく安住の地を父の実家のある○○県に見つけて暮らしていたが、ジロウがドロハンを買おうとすると大人達に止めらる。この時、ジロウはドロハンが売っているのに買えない・使えない状況を変えたいと強く思った。そしてドロハン解禁を正当化するために限界集落の同級生達の自転車通学を選びやすくするという目的をこじつけたのである。

解説[このお話しは自転車で高速走行を繰り返す学校の問題児 師走ジロウを交通安全委員長の梅野春香が改心&更正させるお話。始まり、始まり―]

交通安全委員長。それは生徒達の通学時の交通安全指導を行う交通安全委員会の長である。
交通安全委員会はちょうど今から1年前に誕生した、ある一人の生徒の自転車での危険走行が原因であった。
その生徒は、大銅中学 一年生 師走ジロウ 13歳(当時)。その年のGW明けの登校日、通学バスの運行会社から大銅中に通報があった。”時速40kmで走行するバスの後ろに貼り付いて走る自転車通学生がいる!”
ジロウは、山の頂上付近の集落に住む中学生で、山の斜面を時速40kmで駆け下りていたのだった。後日、当人に事情を確認したところジロウ(あれがスリップストリーム!バスの後ろって前から風が全然来なくて、しかも前に引っ張られるようでした!!バスのブレーキランプに併せてブレーキイングすれば平地でもペダルをこがずについていけそうでした―)
先生達はその場でジロウにバスの後ろにピッタリついて走るのは危険だから直ちに止めるよう注意した。
ジロウもコレには素直に納得したが、40km/hrの高速走行については納得しなかった。
事態を重く見た学校側はジロウに対して安全指導を行ったが、口が達者なジロウは屁理屈を並べて一向に改善する様子がない。
ジロウ「知っていますか?自転車は自動車と同じ法定速度で車道を走れるんですよ」
ジロウ「俺は自転車にスピードメータを付けていますから法定速度はちゃんと守っています」
教師達が机を囲んで会議をしている。シルエットで表情は見えない。
教師1「何故、彼はこんな簡単な話が通じないのだ。馬鹿って訳ではないんでしょう? ちゃんと会話すれば済む話では?」
教師2「成績は中の上。学年675名中の上位230番くらいです」
教師1「ということはですよ。師走君をちゃんと納得させないとその下の450名が師走君のマネを始める可能性がある…そんなことになったら学級崩壊どころじゃあない!学校崩壊の超無法地帯だよ!!」
教師2「周囲の保護者による通学路の見守りや声がけとか?」
教師3「それは小学生の低学年みたいだねぇ」
教師1「それだ! 師走君の保護者と一緒に面談をして注意を促すというのは?」
教師2「すでに何回か行いましたが、まだ改善した様子はありません」
教師1「では、そろそろPTAか、警察とも相談しますか?」
教師3「なんとも情けない話だねぇ。最近した保護者との面談はいつだね?」
教師2「1ヶ月前です」
教師1「追加の対策を考えるべきですね。事故を起こしてからでは遅いでしょうし、校則を設けて罰則で取り締まるというのは? 例えば下り坂は自転車を押して歩く。違反者は自転車通学を1ヶ月停止とか?」
教師2「なるほど、それいいですね」
教師3「それも情けない話だねぇ。校則にすると長いこと残っちゃうよ。道路交通法以上のことを規制する校則っていうのも今時は評判が下がりそうだ」
教師2「問題の坂道ですが、”自転車専用通学路の設定”をできないですか?」
教師3「あの集落に続く道は他に”極楽寺”周りの道があるけれども、そこは現在小学生の通学路が設定されていて小学生が徒歩で通学している。そこに”自転車専用通学路の設定”はできない…」
教師1「それだ!”極楽寺”周りでその坂道を”自転車専用通学路”にして、小学生の通学路を公道側に変更する!!」
教師3「残念ながら、却下。”極楽寺”周りの坂道は、今の公道の坂道よりも傾斜が急でもっとスピードが出てしまうらしい。しかもその坂の下が別の集落の中心をとおり、それなりに人通りがあるので、過去に設定を見送った経緯がある。」
教師2「そもそもジロウ一人しか利用していないその坂に”自転車専用通学路の設定”をするのはやり過ぎに思えますね。ジロウの集落をバス通学必須にするというのは?」
教師3「あの距離でバス通学必須にすると他の通学路の生徒達やその父母が不平等を感じるんだよ。バスが通っていない集落もあるしね」
教師2「あの集落、ジロウ以外の生徒はみんなバス通学を選択しているから、ジロウもバス通学にできないですかね―」
このように小出しの対策に明け暮れていた。
ジロウのマネをする生徒が出ないよう生徒達からも交通安全の意識を高めるような活動が必要では? ということになり、当時の生徒会が交通安全委員会を立ち上げ、現在に至るのである。

朝早くから気合い十分の春香は他の生徒会のメンバー達とともに学校近くの交差点で、通学してくる生徒達に挨拶をして交通安全を呼びかけている。
春香「大銅中の皆さん、おはようございます。今週は交通安全週間です。交通ルールを守って安全に通学しましょう」

春香から少し離れたところで生徒会長の中尾 駆に北条 政子先生(数学担当兼陸上部監督)が近づく。
”声がけ”している中尾 駆の背後から北条が声をかける。
政子「生徒会長ご苦労様、中尾君」
振り向く駆、北条に軽く会釈する。
駆「おはようございます、北条先生」
二人は”声がけ”を続けている春香を見ながら話を続ける。
政子「梅野さん、張り切っているわね」
駆「交通安全について意識が高いですからね。頼もしいです」
政子「それに師走君とも幼馴染みで話が通じやすいと…」
駆「そうです。僕からも”黒い弾丸”…もとい、師走と対話を重ねて参りましたが、僕では彼の危険走行を戒めることは難しかったです。ジロウの自転車の話は、自分には理解できませんでした。梅野さんなら師走と話が通じるかもしれないと期待しています」
政子「親友のあなたでも理解できないなんて、師走君は何ていっていたの?」
駆「師走は、ドロハンと高速走行は直接関係ないことを証明すると言っていました。だから一文字で高速走行できることを実証しているそうです」
政子「よくわからないわ?」
駆「こうも言ってました。"ドロハン解禁!!”と世間に訴えたいらしいです」
政子「ええっ?50年前にドロハンを禁止して、当時の自転車事故を激減させたって話なのに―」
政子「ダメ!ダメ!師走君がドロハンを使い出したら、もっとスピード出すでしょう!断固阻止!!」
駆「…一文字でも高速走行できるのにドロハンで更に高速化、どうしてそんなに高速化を…」
政子「高速化を追求する真の狙いが別にあるとか?」
駆「…1つ思い当たることが」
政子「何かしら?」
駆「ジロウの住んでいる”マチュピチュ・ランド”ですが、バスの終点になっていますよね」
政子「そうね。”マチュピチュ・ランド”は40年前に山の上に造成した住宅街で時々、雲海に包まれるところからペルーの"マチュピチュ遺跡”を真似て名付けられたとか―」
駆「”マチュピチュ・ランド”のさらにその奥の山間部には限界集落が点在していて、そこに住む生徒達は通学が難しくリモート学習で授業に参加しています」
政子「そう。彼らは臨時バスや親の送迎が利用できるときしか、学校に来れないから…別に自転車通学は禁止していないのよ。ただ、山間部だから高低差の起伏もあり、距離も”マチュピチュ・ランド”と比べて倍以上あるから、リモート学習を選ぶのよ」
駆「師走はドロハンなら高速巡航が可能なので、そんな彼らも自転車通学を選ぶことができる!と言ってました」
政子「彼らがジロウにドロハン解禁をお願いしているわけではないんでしょう?」
駆「そこまでは聞いてないですね。当人に確認しますか?」
政子「…まだ、いいわ。どちらでもドロハン解禁は無理でしょうね。やるとしたら”電動アシスト自転車の解禁”かしら、でも途中でバッテリーが切れると重いだけの自転車っていうし、そんな高価な自転車は買える家庭も限られるから不平等感が―」

春香の左手に付けたスマートウォッチがブルっと振動する。携帯にメールが着信したようだ。
春香はスマートウォッチの液晶画面をチラ見して、一気に怒りが沸点に達した。
件名:黒い弾丸、向かう。
ショートメールの相手は同級生の桜木 萌。彼女は通学路のどこかでジロウが危険走行をしているのを目撃したようだ。彼女もジロウの危険走行に一緒に怒ってくれる春香の親友である。

先週の土曜日、ジロウと春香は市の陸上大会に参加していた。ジロウは帰宅部だったが学期毎に行う体力測定の結果、1500m走が2期連続で学年1位を取ったため学校代表として選抜されたのだ。
1500m走での入賞はまだ大銅中では誰も果たしていなかったため、もし入賞すれば大銅中始まって以来の快挙である。春香はジロウと幼なじみなので、ジロウの陸上部への勧誘担当に陸上部の北条監督から指名されていた。
大会中、ジロウのリードをしつつ陸上部の勧誘を進めていた春香だったが、ジロウが陸上に対してモチベーションが低いのにイラついていた。
結局この大会でジロウは入賞できず負けた後もやる気を出さないジロウに、頭にきた春香は自分の種目に専念するため、ジロウの勧誘はしないと北条監督に直談判した。
その大会の最後に、春香はジロウに注意をしていた。
春香「来週は安全週間だから、バスと競争するような危険走行はダメよ!」
ジロウ「わかった。春香の交通委員長の初仕事だ、バスと競争するのは辞めるよ」
春香(本当にわかったのかしら?)
春香はジロウの目を見るとジロウが何を考えているかなんとなく分かった。
春香(ジロウは、また屁理屈をいって危険走行を認めない作戦っぽい…)
そう思うとイラっとした春香だが、まだしていないことを怒るのも違うと考えグッと堪えた。

しかし、いくら待てどジロウは春香の前に現れなかった。
先ほどショートメールをくれた萌がバスから降りて春香に尋ねた。
萌「どう?ガッツリ指導してやった?」
春香「それが、まだ現れないのよ…」
鮎「ええ? それは何かあったのかしら?」
萌と一緒に通学していた鮎が心配そうに声を上げた。
鮎と萌は親友。春香は鮎と同じクラスになったことはないけど、”フラワーショップ春香”に花の苗を下ろしてくれる農家の娘さんなので小さい頃から親友だった。そして現在は風紀委員長であり、交通安全週間では放課後の”声がけ”を担当している。このため、今朝は普通に通学していたのだ。
春香「萌と鮎はバスで、その前をジロウが走ってたのよね?」
萌「そうなんだけど、今日は途中でコースを変更したみたいでバスの前から消えたのよ」
鮎「バスの路線と自転車の通学路が分かれるところね」
春香「ジロウは、バスの路線と自転車の通学路を使い分けているから、今日はちゃんと自転車の通学路に入ったと…」
萌「そうは言っても、スピード違反はいつもどおりよ」
春香「そんなスピードで自転車の通学路に入ったら大惨事じゃ…」
春香は気が気ではなかった(ジロウ、自損なら自業自得だけど。誰かを巻き込んで加害事故でも起こしてたら一生許さないわよ…)
萌「私達がここで待ってても何にもできないから、このまま教室に入るわ。顛末は後で教えてね」
萌「鮎、いくわよ」
鮎「えぇー、私も心配…」
渋る鮎の手を萌が引っ張っていった。
春香(そろそろ、交通安全委員のメンバーも教室に戻る時間)
ジロウがくる方向をじっと見つめる春香。
春香(―ジロウ。あなた本当にどうしちゃったのよ…)
春香は心配でお腹が痛くなってきた。


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