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30歳、職業ノマド。ヨーロッパを拠点にしたら、またひとつ固定観念を失った。

バルセロナで、久しぶりに雨が降った。

年間300日以上晴れの国の雨は、とても幻想的なように思える。

傘を指している人もいれば、指していない人もいる。雨で少し滑りやすくなった石畳をゆっくり歩く老夫婦や、せっかくバルセロナにきたのだからと、雨でも関係ないと言わんばかりに観光名所で写真を撮る人もいる。

私は今、リュック1つでこの国に降り立った。

ずっと海外が好きだった。小学生の時に出会ったハリーポッターの本が私の人生の大きな転機になり、自分が日本だけで人生を終えることは、直感的にないだろうなと思っていた。

それから数十年、私は今、飛行機を乗り継いで約26時間、このバルセロナにいる。

実のところ、今日まででバルセロナには3回来ている。

1回目は、初めて世界一周の旅に出た時。
最初に選んだ地がバルセロナだった。
私はそこで10日間の時間を過ごした。そこで受けた日本との違いに、すっかり魅了されてしまったのだ。

バルセロナの6月は、サマータイムに入っているので、日本との時差は7時間。

今日の日の出はAM6:19、日の入りは21:19、薄明るさが夜になるのは、およそ22:00前後だ。

午後16:00のバルセロネタ(バルセロナの海沿い)に行くと、太陽はまだほぼ真上より少し西側、日本でいうところの14時くらいの高さにある。
海沿いではそこら中で音楽を奏で、それに合わせてどことなくダンスを踊っている人もいるし、どこの国から来たかもわからない人が、砂でスフィンクスを作り銭を稼いでいる。
海沿いのベンチには欧米人やらアジア人やら関係なく、たくさんの人々がくつろいでいる。
その人たちに向けて、パキスタンだか、バングラデシュだかわからない国の人たちが、『サングリア、モヒート!!』『サングリア、モヒート!!』と声をかけながら、ダンボールを半分にカットした箱をトレイ代わりにし、透明のプラスチックコップに入ったサングリアとモヒートを勧めてくる。

一体それらはいつどこで作っているのだろうかと疑問に思いつつ、ぼんやり眺めていたら、隣の男2、女1で構成された20代くらいの集団が、サングリアを購入していた。価格は1杯5ユーロと聞こえた。日本だったら、おそらくほとんどの人が買わないし、むしろ少し警戒するのではないだろうか。
人の感覚は本当に多種多様だなと思う。

引き続き、この海沿いのベンチに座っていたら、この『サングリア、モヒート!!』男に話しかけられた。『今はいらないよ』と答えると、『君たちはどこから来たんだ?マレーシア?コリアン?チャイナ?』と聞かれる。『いいえ、私たちはジャパニーズだよ』と答えると、『ふーん、なんかアジアは顔が似ていて区別がつかないんだよね』と言われた。
それはそうだ。
私も、イタリア人かフランス人かドイツ人か、正しく見分けられるかと言われると自信がない。
それどころか、今話しかけられている『サングリア、モヒート!!』男が、トルコかモロッコか、パキスタンかバングラデシュかもわからない。

お互い、どこの国の人と話しているかわからない状態に少しおかしくなった。

私はこの『サングリア、モヒート!!』男との会話を通じ、日本から遠く離れたこの場所では、自分の日本人というアイデンティティに縛られる必要がないことに気づかされた。
だって私は、マレーシアかコリアンかチャイナかベトナムかシンガポールかインドネシアか日本か、相手から見たら区別がつかないのだから。

このようにバルセロネタ沿いでは日々、色々な商売が行われている。

少し先に目をやると、大きな1枚の布に、FCバルセロナやレアル・マドリード、ネイマールが所属していたブラジルのチーム(名前なんだっけ?)など、サッカー大国スペインだからか、サッカープロチームのユニフォームを平置きにして販売している男性もいる。一体いくらで販売していて、1日どのくらい売れるのだろう。そんなことを考えながら彼らを眺めていると、どこからともなく来た23歳くらいの若いカップル(聞き耳を立てると、イングランド出身と言っていた)の彼氏の方が、ユニフォームをしきりに見つめている。
その彼氏は、ネイマールが所属していたブラジルのチームのユニフォームを私服としてきていた。
彼氏が男性に、ユニフォームはいくら?だとか、背番号○番はないのか?とか、あーだこーだ話していた。ちなみにその時の彼女はというと、非常に呆れた顔をしながら彼氏を横目に携帯をいじり始めた。それもそのはずだ。
彼氏は私服でサッカーチームのユニフォームを着ているくらいだから、家にはもっとたくさんのユニフォームがあるのだろう。
しかしあまりにも彼氏と男性が話し込んでいるので、彼女も少し聞き耳を立てているようにも見える。

『このチームのこの番号のやつが欲しい、新しいものは用意できる?』と彼氏が尋ねる。『新しいものを持ってくることはできるよ、いくらで買うんだい?』と男性が聞くと、『んー、15ユーロくらいかな〜』と彼氏、『15ユーロ?せめて20ユーロだよ』と男性、『いや。15ユーロ、それ以上だったらいらないよ』と彼氏、『19ユーロでどう?』『いや、15ユーロ』、『それは難しいな』、『じゃあこの話は無かったことにしよう』そんなことを言い残し、彼氏は去っていく。

やっと終わったかというような表情を浮かべた彼女が後をついていき、その背後から男性が『いくらだったら買うんだい?』と質問をしている。
その時点で、男性とカップルの距離は3mほど離れているので、少し大きな声で彼氏が『15ユーロ!』と叫んだ。そんなやりとりが数回続き、遂に男性は彼氏に売ることを諦めたようだ。

適当に売っているように見える路上販売でも、仕入れ値があり、売値があり、価格交渉がある。
今のは一体なんだったんだ?と思いながら、男性は今、貴重な販売機会を逃したのか、それとも彼なりの商売への熱意なのかを、隣に座る夫と議論していると、今度は同じように大きな1枚の布にサングラスを販売している違う男性が現れ、背中側からは、『マッサージ、マッサージ』と言いながら歩き回っている(時には勝手に肩を触ってくる)背の低い中年女性が現れた。

そして少し目線をずらすと、ドレッドヘアの女性が数名印刷された大きなパネルがあり、その写真と同じドレッドヘアをした若い女性が2人いて、その人たちに囲まれている中心には、今まさにドレッドヘアを編まれている女性が、(どこかから拾ってきたであろう)椅子に座らされている。

このような光景は、このバルセロナでは日常茶飯事だ。

そして最も奇妙なのは、この人たちが寄りかかっているその電柱には『路上販売は、売るのも買うのも禁止です。法律で罰せられます』とスペイン語で書かれてるのだ。

それなのに、パトカーに乗った警官が時々海沿いを巡回しても、特に何も起こらないし、注意をしている様子もない。

ここまで来ると、本当にもう訳がわからない。

日本では、例えば『大きな音禁止』『花火禁止』『ゴミは持ち帰ること』などの注意書きをよく見るが、注意書きの隣で注意されている人を見かけることはほとんどない。

しかし、ここバルセロナでは、注意書きに注意されているその隣で、その注意されていることを堂々とやっている人がたくさんいるし、それを見て楽しんでいる観光客や購入している人もたくさんいる。
注意書きに注意されていることをやっているのに、何も問題が起こらないどころか、一種の観光場所のようになっているようにも見える。

「ルールを守ること」と「ルールを理解していること」は別のようにも感じるし、「ルールだけを守っている」ことが、果たして「ルールを無視して人々を楽しませている」ことよりも偉いことなのか?

私の中でまたひとつ、今までの固定概念が消えていくような感覚になった。

そんな景色を眺めながらふとApple Watchを見ると、時刻は19時。
こんなにたくさんのことが一気に起こったのに、バルセロナの夜は、まだはじまってもいなかった。

今日は20時から、カタルーニャ音楽堂で公演がある。
バルセロネタからカタルーニャ音楽堂は、歩いて30分ほどなので、『サングリア、モヒート‼︎』の声を背に、海沿いで買ったレモン味とチョコレート味のジェラートを食べながら、カタルーニャ音楽堂に向かう。

今回の公演は1か月ほど前に取っておいたチケットで、演目は「映画音楽10選」。

ハリウッドの名作映画のサウンドトラックを演奏するプログラムで、「初めての音楽堂」としては入りやすい一枚を選んだ。
なにせ、自分の生活の中で、音楽を聴きにいくという習慣が今までなかったので、まずは知っている曲ばかりの方が、自分には合っていると思った。

席はプラテア(一階席)の最前列で、価格は58.00€(手数料3.00€込み)。
この音楽堂は、公演によって30€台から150€を超えるものまであるので、最前列でこの値段なら良いほうだと思う。

今回のコンサートでは、チケットがカテゴリー1〜4に分かれていて、今回はカテゴリー2を選んだ。
私は身長が小さいので、カテゴリー1の席(日本でいうアリーナ席)になると、目の前に身長の高い人がきた場合、前が見えなくなる可能性があるからだ。

結果、この選択は正しかったように感じるが、次回以降はカテゴリー3か4でもよいかなと思ったりもする。ホール内は想像よりも小さく、どの席でもその席なりの楽しみ方がありそうだと感じたからだ。

初めていく人は、カテゴリー1または2を選ぶことをお勧めするが、カテゴリー3または4でも、それはそれで面白いと思うので、興味があればとりあえず行ってみるのが良いと思う。

カタルーニャ音楽堂は、1905年から1908年にかけて、市民の寄付を集めて建てられた建物で、120年近く経った今も、現役のコンサートホールとして毎晩誰かの音楽を響かせている。

日本に音楽堂という場所はあるのだろうか?
ふとそんなことを思った。
カタルーニャ音楽堂は、この街に120年近く深く根付いている。

19時40分ごろに音楽堂に到着して中に入ると、スーベニアショップだけでなくタパスレストランもあり、ほぼ満席状態。

「ここは本当に音楽堂なのか?」今日はまた、色々な疑問が湧き上がるなぁとぼんやり思いながら、人の波をすり抜けて先へ進んだ。

そして、ロビーから階段を上がってホールに入った瞬間、天井のステンドグラス、ステージ後方を彩るミューズたちの彫像、自然光と人工照明の混ざり合う光が目に入る。そこにある全てが、本当に美しかった。

コンサート演目は、パイレーツ・オブ・カリビアン・タイタニック・フォレストガンプなど、誰もが一度は聞いたことのある構成になっていて、とても面白かった。

そして何よりも驚いたことが、1曲が終わるたびに拍手に紛れて人々が談笑しはじめることだ。
その1曲について語っているのか、それとも全く違うことを話しているのかはわからないが、とにかくほとんどの人が拍手に紛れて軽い談笑を始めるのだ。ほとんどの人が談笑をするので、当然ながら話し声と拍手の音量はほぼ同じくらいだった。

公演終了後、片手に音楽の余韻を残したまま、軽く飲み直しに行こうか、と話し、15分ほど歩いたところで見つけたバーに入る。
カラマリフリットに、持参している屋我地島の塩とオリーブオイルをかけて頬張りながら、ビールを一口飲んだ時、思わず「あぁ、これめっちゃエスパニョールやな」と、自分たちで選択したその雰囲気に、夫と私は思わず笑ってしまった。
その後、今日の公演はどうだったとか、バルセロネタの男性はパキスタン人なのかバングラディシュ人なのかとか、途中で食べたジェラートがどれくらい美味しかったかとか、そんなたわいもない話を夜風の当たるテラス席で、1時間ほど繰り返していた。通りを挟んだ向かいのお店が店じまいしているのを眺め、じゃあ私たちもそろそろ帰ろうか、となったので、お会計を持ってきてくれた店員さんに「Rico!(美味しい)」「Muy bien(めっちゃ良い!)」と拙いスペイン語で伝え、36.00€をクレジットカードで支払い、私たちは旧市街の路地を歩いて部屋に帰ることにした。

夜風に当たりながら、バルセロナの街を歩いていると、朝まではただの石畳だった道が、ドメネクの装飾と、合唱団の歴史と、今夜のオーケストラの余韻を経由したあとでは、少しだけ違って見える。

この街には音楽が根付いている、というより、街そのものが音楽でできているのかもしれない。
“観光”と“住むこと”が、ここでは融合している。
「とにかく観光地に住みたいね」と数年前に旅をしながら話していた私たちは、最初にして最高を叶えてしまった気がする。

そんなことを語り合いながら、今日の余韻を残し、私たちは帰路についた。

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