1LDKをやめて6畳に住んだら、世界中を旅できた。もし今、家賃が0円になったら何をしますか?
京都で借りていた6畳のアパートを解約するために、少しの間、日本へ行くことにした。
2022年に、新卒から働いた会社を退職し、東京で借りていた部屋を引き払い、部屋を埋め尽くしていた洋服やらコスメやらを全てを処分し、荷物をリュック1つにまとめた。
そして、当時彼氏だった今の夫と世界一周に行き、帰国後に京都で1LDKの部屋を借りた。そこで2年間生活をした後に借りたのが、この6畳のアパートだった。正直言って、このアパートは生活をする場所というより、2年間の定住生活で蓄えた荷物の置き場所だった。
その影響もあり、部屋に対しての思い入れは、ほとんどなかった。
1LDKで生活をしていた当時の自分たちは、その部屋の契約を更新するかどうか、ギリギリまで悩んでいた。
当時住んでいたアパートは家賃10万円程度。しかし、月の半分程度は家にいなかったので、そもそも自分たちに家は必要なのか、という問いに答えを出せなかったのだ。
部屋の契約更新の回答を出すタイムリミットがあと2週間と迫った時に、『一旦、自分たちが家賃を考えなくても良いくらいの部屋を借りて、そこからもう一度考えよう』そんな結論から、この6畳アパートに"一旦"避難することにした。
この部屋に引っ越してきた初日の夜のことは、今でも鮮明に覚えている。
6畳の部屋の真ん中に、マットレスと呼べるかどうか怪しいくらいの薄いものを敷いて仰向けになった時、今まで考えたことのなかった、漠然とした不安が襲ってきたのだ。
『自分たちは一体、何をしているのだろう』
その時は言葉を交わさなかったけれど、多分りょーまも同じように感じていたと思う。
あの不安は、自分たちの選択が世間一般的な考えからあまりにも逸脱していたことから来ていた。
一般的には、結婚したら良い部屋を借りて、良い車を買って、年を重ねるごとに生活は豊かになっていくものだ。
『今は10万円の部屋を借りているが、収入も上がったし、次は15万円のところに引っ越そうか』
『いや、それならもう家を買った方が良いんじゃない?』
普通の夫婦だったら、そんな会話になる場面だったように思う。
金銭的には、当時京都に1LDKの部屋を借りた自分たちと比較しても雲泥の差だった。事実、収入はその2年で倍以上になっていた。
(何せ当時は世界一周帰りで、仕事も家もなかったのだから)
それなのに、なぜ自分たちは今、荷物に囲まれた6畳一間の部屋で、マットレスと呼べるかどうか怪しいくらいの薄いものを敷いて寝ているのだろう。自分たちは一体、何がしたいのだろう。
そんな言葉にならない不安が押し寄せてきたのだ。
しかし、この部屋を解約しようとしている今は、当時の自分たちにとても感謝している。
それは、この部屋を借りてから、本気で人生を賭けて旅をしようと思えたし、実際、1LDKの部屋を借りていた時よりも、1年で数十カ国も多くの国を訪れることができた。
それに、この6畳一間の部屋では、寝るに寝られないくらいのスペースしかないので、物理的にも移動を続けるしかなかったのだ。
この退路を断った決断が、今の自分たちを作っているし、1LDKに住んでいた時の自分たちは『いつかやりたいと思っているけど、どうしたら良いかわからない』状態だったヨーロッパを拠点にする生活も、手に入れることができた。
実際、この6畳の部屋を借りてからの2年間は、ほとんどホテル暮らしか、60万円で購入し、数十万円でDIYした日産キャラバンの自作キャンピングカーで生活をしていた。
そして、ホテル暮らしやキャンピングカー生活は、物理的にデジタルノマドとしての収入を得るしか生きていけない状態だったから、今までやったことのない仕事にもたくさん挑戦したし、ホテル代が高すぎて、りょーまと喧嘩したことだってたくさんあった。
そのくらい、当時の自分たちは、自分たちを徹底的に追い込んでいたように思う。
そんな日々を思い返しながら、今私は、6畳一間の部屋に置かれている机で、この記事を書いている。
この経験を通じ、私が一つ、この記事を読んでいる方に伝えたいことがあるとするなら、それは、本気で叶えたいこと、特に、人生を賭けて旅をしたいと本気で考える場合、一度でも良いから物理的に退路を断ってみてほしい、ということだ。
それは何も、公園で野宿をしろと言っているわけではない。(それはそれで面白いと思うが)
旅に行けない理由がお金なのであれば、自分が住めるギリギリの家賃の場所に引っ越してみてほしい。
旅に行けない理由が仕事で、デジタルノマドのような働き方をしたいと思っているなら、やったことのない仕事に応募して、『自分はできます』と、まずは何も考えずに伝え続けてみてほしい。
人生の活路は、誰かに与えてもらうことはできない。
逆を返すと、自分が負うべき責任は、自分の人生だけで良いのだ。
今働いている会社をやめたら、迷惑がかかるのではないか、〇〇さんに迷惑がかかるのではないか。
そう思うなら一度、職場の人に『私は旅をしながら仕事がしたいです。なので、今までのような働き方はできなくなります。でも、業務委託でも、時給1000円でも良いから、今の仕事をなんとか続けさせてくれませんか?』と聞いてみてほしい。
それができれば、そんなありがたいことはないし、それができないなら、その職場において、自分が負う責任はない。
今の仕事だけで人生の全てを決める必要はない。
『30歳の時は呉服屋で働いていたけど、今はお花屋さんをやっているよ』という70代に、何か疑問を抱くだろうか。
旅をしながら仕事をすることは、想像している以上に地味で、孤独で、常に自分と戦い続けないといけない。
しかし、その先に待っている世界を想像してみてほしい。
自分で選択し、自分で掴んだ生き方の先に見える景色は、有給を使っていく3泊4日の海外旅行とはまるで違う景色に見えるはずだ。私はそうだった。
ダメだったら、またもう一度、部屋を借りて、転職活動をすれば良い。
今のキャリアを捨てることに不安を感じる必要はない。
そもそも、キャリアを捨てるという概念すら、少し前の考え方のように思う。
大手の人事で働いていたら、大手の人事にしか就職できないのか?
マーケティングを10年やっていたから、マーケティングしかできないのか?
絶対にそんなことはないと私は思う。
大手の人事で働けたあなたを求めている会社はたくさんあるし、マーケティングを10年やっていたあなたを必要としている会社も、世の中には数えきれないほどある。
それに、マーケティングを10年やっていたあなたは、戦略設計・市場調査・企画分析……自分の業務をタスクレベルで細かく棚卸ししたら、そのタスクの1つが、他の職業につながることだってある。
キャリアがないなら、そんなチャンスは滅多にない。それこそ必要なのは『なんでもやります、自分ならできます!』と言い切れる自信だけだ。
経験したことだけで、仕事を決める必要はない。
やってみたいこと、経験したいこと、未知の領域に対して挑戦する気持ちは、仕事も旅も同じだと思う。
人生は、自分が想像するよりもはるかに長く、思ったよりも短い。
どんな場面でも、責任がなくなることはないし、お金が満足するだけ手に入ることもほとんどない。
それは、10代では100万円が大金に感じていたが、30代では『100万円だけ』と感じるのと同じで、10代のころはすぐに辞められた仕事(バイト)も、30代ではそれが惜しいと感じる。
それに、全てを捨てて、何かにチャレンジすることはとてもすごいことだと思うが、私はそれができない。
だったら、ギリギリまで可能性を残しながら、あと一歩を踏み出す勇気だけを常に持っていたいと思う。
人生を全て投げ出す必要はない。ただ、何かを変えたいと思うなら、家賃を10万円から5万円にしてみてほしい。それが難しいなら、マレーシアに行って、1泊3000円のAirbnbに1ヶ月住んでみても良いと思う。
リュック一つで旅に出たいと思うなら、今持っている全ての荷物を整理して、リュック1つに詰め込んでみたら、今の部屋の大きさが、案外必要ないことに気づくかもしれない。
バンライフをしてみたいと思っているけど、キャンピングカーを持っていないなら、軽自動車のレンタカーを借りて、道の駅で泊まってみてほしい。
そうやって少しずつでも、自分がなりたい人生を現実にしていくことで、1年後には今の自分が想像もしていなかった景色に出会えると思う。
私は今日、この部屋にある荷物のほとんどを処分し、まだ行ったことのない、想像もできない未知の場所に、また挑戦をする。
そしてまた、1年後の自分たちが『去年には想像もできなかったけど、過去の自分たちの選択が今の自分たちを作っているな』と思える日々を過ごしたい。
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