本番前夜の不安と弱気、震える手を支える言葉
2022年11月11日。
ぼくはリビングのソファで目を覚ましました。
時計の針は、夜中の午前1時を回っていました。
玄関のドアが静かに開き、冷たい夜風とともに妻が帰ってきました。
手には、コンビニの袋と、すこし失敗して刷り直したというプリント用紙が握られていました。
「外の月、すごくきれいだよ」
妻は、マフラーを外しながら言いました。
コンビニへの道中、車のエンジン音が近所迷惑にならないよう、妻は歩いて向かったそうです。
夜空の真上に浮かぶ月には、虹のような光の輪がかかっていました。
明日から、地元の金蛇水神社で、妻の二回目となる個展が始まります。
一回目の個展からわずか一ヶ月。
その間にも毎週のようにイベント出展を重ね、妻は一日も休むことなく走り続けていました。
ぼくは連日の残業で帰りが遅く、こどもたちは風邪をひいて熱を出していました。
みんなが限界のなかで、なんとか明日を迎える準備を整えていました。
「この個展が終わったら、すこしだけ休もうね」
妻は、アトリエの隅にまとめられた展示用の荷物を見つめながらつぶやきました。
アクリル板や展示の什器は、新しく買うのではなく、家にあるものを工夫して予算を抑えて作りました。
限られた制約のなかで、頭を使って空間をデザインすることが、妻は得意でした。
アトリエで一人、木を切り、やすりをかけ、荷物を車に積み込む作業。
それは、おどろくほど孤独な時間です。
「みんなのコメントがなかったら、きっと途中で諦めていたと思う」
妻は、スマートフォンの画面に届いた応援のメッセージを、愛おしそうに見つめていました。
これから先、活動が広がれば、厳しい批判やアンチの声も届くかもしれない。
それでも、100人のうち10人に届けばいい、と妻は言います。
冷たい夜風が、アトリエの窓を小さく揺らしていました。
静まり返った街のなかで、個展の前夜が静かに更けていきました。
凡人夫の備忘録。アーティスト妻の歩み
地方の無名アーティストの妻が、東京に挑戦するまでの話。
シーズン1から、全部読めます。
独立して、迷って、それでも描く。
正解のない日々を歩くシーズン2はこちら。
生活と、創作。
泥臭い日々の記録、最新のシーズン3はこちら。
初めての個展を経て、外の世界と繋がり、
泥臭く価値を証明していくシーズン4(共鳴編)はこちら。
自己表現を確立し、他者と深く繋がっていく、
最新のシーズン5(対話と確立編)はこちら。
アーティストHannaの現在
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