「いつもの日常」の枠を飛び出し、価値観の皮を剥く
2022年11月5日。
ぼくの実家のちかくにある公園へ出かけました。
冷たい秋の風のなかで、ぶらんこがギシギシと音を立てて揺れていました。
子どもたちが落ち葉をあつめて遊ぶ姿を、妻はベンチから静かに眺めていました。
あしたは岩沼駅前のマルシェへの出展、来週からは金蛇水神社での個展が控えています。
まだ準備は終わっていませんでしたが、この一週間、子どもたちのかぜで作業が止まっていた妻にとって、久しぶりの穏やかな時間でした。
「なんで、子どもが熱を出すと、あたりまえのようにわたしが仕事を休むんだろうね」
乾いた砂をすくう息子の手元を見つめながら、妻がぽつりと言いました。
6年前、長男を出産したあと、妻は介護士の正社員として職場に復帰しました。
夜勤のある不規則な勤務のなか、頼れる親も近くにおらず、子どもの急な発熱で呼び出されては仕事を休む日々が続きました。
職場への申し訳なさと心身の限界から、妻はパートへ働き方を変えました。
それでも、呼び出しの電話がかかってくる先も、仕事を調整して看病するのも、常に妻でした。
「そういうものだと思って、ずっと疑問にも思わなかった」
妻はベンチに深く腰掛け、息を白く吐き出しました。
ぼくは育児に非協力的なわけではありません。
家事も看病も、言われれば手伝ってきました。
しかし、ぼくたちは「どちらが看病をするか」について、一度も言葉を交わして話し合ったことがありませんでした。
社会のあたりまえや、自分たちが育ってきた家庭の姿を、そのまま無意識に受け入れていただけだったのです。
今朝、妻はベッドのなかで、ある海外のドラマを見ていました。
「母親が育てるべきだ」という固定観念に苦しむ、女性たちの姿が描かれていたそうです。
「だれが決めたか分からないルールで、じぶんを縛る必要はないんだとおおもう」
妻は立ち上がり、すべり台から降りてきたむすめの泥をはらいました。
お互いの得意なことや、できないことを言葉にして、じぶんたちの役割を話し合って決めること。
ギシギシというぶらんこの音が、夕暮れの公園に静かに響いていました。
凡人夫の備忘録。アーティスト妻の歩み
地方の無名アーティストの妻が、東京に挑戦するまでの話。
シーズン1から、全部読めます。
独立して、迷って、それでも描く。
正解のない日々を歩くシーズン2はこちら。
生活と、創作。
泥臭い日々の記録、最新のシーズン3はこちら。
初めての個展を経て、外の世界と繋がり、
泥臭く価値を証明していくシーズン4(共鳴編)はこちら。
自己表現を確立し、他者と深く繋がっていく、
最新のシーズン5(対話と確立編)はこちら。
アーティストHannaの現在
妻の作品はコチラで見れます。
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