目に見えない価値と、結婚9年目の贈り物
2022年12月6日。
窓の外では静かに雪が舞っていました。
この冬、はじめて見る雪でした。
アトリエの作業スペースで、妻はしなしなになった観葉植物を心配そうに見つめていました。
「寒いから元気がないだけだよ」
ぼくのアドバイスでストーブをつけて部屋を温めると、しおれていた茎が驚くほどピンと立ち上がりました。
妻は、新芽をそっと撫でながら嬉しそうに笑っていました。
今日は、ぼくたちの、9回目の結婚記念日でした。
朝、妻がリビングへ降りてくると、テーブルの上に小さな包みが置いてありました。
ぼくが用意した、結婚記念日のプレゼントでした。
包みを開けると、なかには北欧ブランド「マリメッコ」のお花のマグカップが入っていました。
妻はマグカップを集めるのが好きで、最近お気に入りだったものをいくつか割ってしまっていたのです。
添えられたメッセージカードを読んだ妻は、驚いた顔をして、それからすぐに涙をこぼしました。
付き合ってから十数年、ぼくがこんなふうにサプライズを用意したことは一度もありませんでした。
妻はさっそく、そのマグカップにコーヒーを淹れて飲み始めました。
「すごくうれしい。ありがとう」
何度もそう言いながら、温かいカップを両手で包み込んでいました。
その日の午後、妻はアトリエで新しい絵を描いていました。
木材のうえに、両手でマグカップを抱えている人の姿。
窓の外に降る雪のような白い絵の具が、静かに散りばめられていました。
妻は、エルトン・ジョンの「Your Song」という歌が大好きです。
お金はないけれど、これがぼくの精一杯の贈り物だ、と歌うしがないシンガーの曲。
「人生はなんて素晴らしいんだ、君がこの世界にいてくれるから」
高い宝石でも、贅沢なブランド品でもなく、じぶんの好みを考えて選んでくれた気持ちが何より嬉しいのだと、妻は言いました。
温かいコーヒーの湯気の向こうで、妻は少し照れたように笑っていました。
結婚して9年。
ぼくたちの新しい一歩が、雪の朝に静かに始まりました。
凡人夫の備忘録。アーティスト妻の歩み
地方の無名アーティストの妻が、東京に挑戦するまでの話。
シーズン1から、全部読めます。
独立して、迷って、それでも描く。
正解のない日々を歩くシーズン2はこちら。
生活と、創作。
泥臭い日々の記録、最新のシーズン3はこちら。
初めての個展を経て、外の世界と繋がり、
泥臭く価値を証明していくシーズン4(共鳴編)はこちら。
自己表現を確立し、他者と深く繋がっていく、
最新のシーズン5(対話と確立編)はこちら。
アーティストHannaの現在
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