なぜ介護士が独学でアーティストに? 妻が絵を描き始めた本当の理由。
こんにちは。
黒飴大好き、けんくらです。
妻がアーティストとして活動を始めた「5年前の備忘録」をたどる連載。
前回は、何も決まっていない焦りと深夜のドタバタの中で、「Art Gift Shop Tulip」という店名が産声を上げたお話をしました。
さて、そもそもなぜ、彼女は美大に通ったわけでもないのに、いきなり「アーティスト」として活動を始めたのでしょうか?
今回は、そんな妻の根底にある「原体験」についてお話ししたいと思います。
アートとは無縁だった「介護福祉士」の10年
当時、彼女はアーティストとして完全なるド素人でした。
SNSでフォロワーがいるわけでもありません。
どこにでもいる、ごくごく普通の女性でした。
実は、彼女の前職はアートとは全く無縁の「介護福祉士」です。
10年ほど、現場でバリバリ働いていました。
10年間、さまざまな人の歴史や、最期に寄り添ってきた経験。
そこには、色褪せていく記憶や、失われていく大切な時間がありました。
当時の彼女のモットーは「心に寄り添う介護」。
人と深く関わり、その人の心に寄り添うことが、彼女の仕事であり、生き方そのものだったんです。
会えなくなった親友へ贈った「アートの花」
そんな彼女が絵を描き始めたのには、ある決定的な出来事がありました。
それは、娘のように可愛がってくれ、彼女自身も母のように慕っていた、憧れの親友の大病でした。
当時はコロナ禍の真っ只中。
気軽に会いに行くこともできず、自宅にいるのか病院にいるのかすらもわからない状況。
「どうしても、『あなたのことを想っています』という気持ちを伝えたい」
そう考えた彼女は、花が好きだった親友のために、一枚の木材に花の絵を描き、彼女の自宅のポストに入れました。
その日は静かに家に帰りました。
後日、すごく喜んでくれたと、聞かされました。
その後、彼女は満月の夜に亡くなりました。
誕生花はカーネーション。
花言葉は「神の愛」でした。
これが、アートに思いをのせて届けた最初の一枚です。

「想いを形にして贈る」という決意
深い悲しみの中で、妻は考えたそうです。
「自分には一体何がある?」
「誰かのために何ができる?」
そして行き着いたのが、「想いを形にして贈る、アートの花を世の中に提案しよう」という決意でした。
誰にでも、伝えたい想いがある。
忘れたくない記憶、忘れられたくない想いがある。
人生は長いようで短く、人はいつも誰かを想い、誰かに想われている。
「それを、ずっと枯れない形としてのこすお手伝いができないか?」
これが、妻が「Art Gift Shop」を始めた本当の理由です。
自己顕示欲でも、単なる趣味でもなく、大切な人を想う「祈り」のようなものが、彼女の原点でした。
凡人夫の目線
彼女の作品には、ただの絵具ではなく、誰かの人生への深い祈りが込められています。
だからこそ、彼女は「自分が心からいいと思えないものは、絶対に人様に渡せない」と、一切の妥協を許しません。
描いては塗りつぶし、また描く。そんな不器用で泥臭い戦いを、たった一人で深夜に続けていました。
「心に寄り添う介護」から「心に寄り添うアーティスト」へ。
天才妻の強さは、絵の技術ではなく、この「想いの深さ」にあるのです。
次回は、そんな想いを抱えていよいよ迎えた「Art Gift Shop Tulip オープン初日」の、まさか現実をお届けしようと思います。
おしまい!
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