遠くから来た旅人と、夜中の3時に交わした熱い本音
2022年11月15日。
深夜三時、リビングのテーブルに小さなグラスが置かれていました。
四日間の個展が無事におわり、昨日の夕方にすべての撤収作業を終えました。
個展の手伝いに、兵庫県からわざわざ来てくれた二十代の青年を仙台空港まで見送ったあと、妻は泥のように眠り、こんな時間にお酒を飲んでいました。
テーブルの上には、個展会場に置いてあった一冊のノートが開かれていました。
来場者が自由に感想を書き込めるコミュニケーションノートです。
妻は、ページをめくりながら静かにグラスを傾けていました。
「ひとり暮らしの高齢者です。絵を見て、心がほっこりしました」
「愛犬といっしょに見にきました。感動しました」
ふだん、SNSを使わないようなおじいちゃんや、面識のない人たちからの手書きの言葉が、ノートの罫線の上に並んでいました。
妻は、その直筆の文字をひとつずつなぞるように見つめ、嬉しそうに目を細めていました。
わが家に泊まっていった兵庫の青年は、「じぶんには何もない」とブラック企業を辞めて模索している最中でした。
妻は彼を見て、かつて何かを見つけたくて海外へ渡ったり、もがいていた介護士時代の自分を思い出していたようです。
これまでにも、バイクで旅をする人を自宅に泊めたことがありました。
空港に近いこの家で、まったくちがう世界を生きる旅人を招き、いっしょにごはんを食べる。
それは、わが家のこどもたちにとっても、世界の広さを知る良い経験になると妻は信じていました。
「いつか、この近くでゲストハウスみたいな宿を開けたらおもしろいよね」
妻は、お酒の入ったグラスを見つめながら呟きました。
什器をひとりで運び、設営し、撤収する個人での活動は、常に強い孤独がつきまといます。
だからこそ、ノートに書かれた見知らぬ人からの温かい言葉や、遠くから手伝いにきくれる旅人との出会いが、妻の支えになっていました。
「だれかから貰ったやさしさを、また別のだれかにつなげていきたい」
静まり返った部屋で、妻はノートの余白を見つめ、静かに息を吐き出していました。
窓の外では、まだ明けない夜の底で、冷たい風が静かに吹いていました。
凡人夫の備忘録。アーティスト妻の歩み
地方の無名アーティストの妻が、東京に挑戦するまでの話。
シーズン1から、全部読めます。
独立して、迷って、それでも描く。
正解のない日々を歩くシーズン2はこちら。
生活と、創作。
泥臭い日々の記録、最新のシーズン3はこちら。
初めての個展を経て、外の世界と繋がり、
泥臭く価値を証明していくシーズン4(共鳴編)はこちら。
自己表現を確立し、他者と深く繋がっていく、
最新のシーズン5(対話と確立編)はこちら。
アーティストHannaの現在
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