自分の意見を手放したら、余白が生まれた話
2022年11月3日。
リビングのカーテンを開けると、秋の冷たい光が差し込んできました。
ここのところ風邪で休んでいた子どもたちは、ようやく熱が下がり、落ち着きを取り戻していました。
この日は、以前から予定していた妻のプロモーション動画の撮影日でした。
ぼくは仕事を休み、子どもたちの面倒を見ることにしました。
アトリエには、撮影機材を抱えた動画クリエイターの友人がやってきました。
三脚や照明が手際よく組み立てられ、アトリエが小さなスタジオにかわっていきました。
妻は、動画編集の知識をまったく持っていません。
どのような構成にするか、どのようなカットを挟むか。
妻は友人に「すべてお任せします」とだけ伝え、プロのカメラの前に立ちました。
自分が作ったキーホルダーのこだわりや、アートギフトに込める思いを、等身大の言葉で話すことだけに集中したのです。
「プロに任せるって、すごく大事だね」
撮影が終わった夕方、機材を片付ける音をききながら、妻は言いました。
素人が中途半端な知識で口出しをするよりも、相手の力量を信じてすべてを委ねる。
そのほうが、結果的に良いものができあがるのだと、妻は実感していました。
それは、妻のオーダーメイドの絵づくりにも言えることでした。
「いっしょに作りましょう」と依頼主に言いつつも、プロの表現者として「こちらの色のほうが絶対に映える」という提案をする勇気も必要なのかもしれない。
妻は、静かになったアトリエの机を見つめながら、そう考えていました。
最近、妻はまったく筆を握る時間が取れていませんでした。
絵を描くこと自体はたのしいのに、梱包や、住所の書き出し、マルシェのチラシづくりなどの雑務に、一日のほとんどを奪われていたからです。
「いつか、じぶんにしかできないこと以外は、だれかに任せて手放さなきゃいけないんだとおおもう」
妻は、冷え込んできたキッチンで、夜のごはんの準備を始めました。
すべてを自分で抱え込まず、余白をつくるために、プロや他人の力を借りること。
五時をすぎると、窓の外はすでに真っ暗になっていました。
お昼に食べたカレーの匂いが、かすかに残るキッチンのなかで、妻は次のイベントに向けて、小さく息を吐き出していました。
凡人夫の備忘録。アーティスト妻の歩み
地方の無名アーティストの妻が、東京に挑戦するまでの話。
シーズン1から、全部読めます。
独立して、迷って、それでも描く。
正解のない日々を歩くシーズン2はこちら。
生活と、創作。
泥臭い日々の記録、最新のシーズン3はこちら。
初めての個展を経て、外の世界と繋がり、
泥臭く価値を証明していくシーズン4(共鳴編)はこちら。
自己表現を確立し、他者と深く繋がっていく、
最新のシーズン5(対話と確立編)はこちら。
アーティストHannaの現在
妻の作品はコチラで見れます。
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