AIで翻訳ができる今、英語を学ぶ必要はあるのか
連続ツイート 第2676回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、感想です。 #茂木健一郎の連続ツイート
生成AIによって、言語間の翻訳がほぼできる時代になった時に、他言語習得の意味はどこにあるのかという議論を時々聞く。たとえば、英語と日本語の翻訳を機械ができるようになった時に、英語をやる意味があるのかという議論である。
買い物をしたり、ビジネスのやりとりをしたり、文章の意味を把握するという実際的な場面では、AIによる機械翻訳は大いに使った方がいい。そこで、自分で理解するという自前主義にこだわる必要はない。Xのポストが言語に関係なくバズるようになったのはその一側面である。
一方で、AIの発達によって、世界の共通語である英語を習得する意味がなくなったかと言えばそんなことは全くない。生成AIによって文章などはいくらでもごまかせる時代になった今、対面でリアルタイムのコミュニケーションで自分を証明する必要は増しており、その際英語は不可欠である。
機械翻訳で日本語から英語にできたとしても、そのアウトプットである英語の質を自分が確認して、必要に応じて修正する必要は変わらない。むしろ、高度な英語表現も可能になることから、そのニュアンスやクオリアを把握するためにこれまで以上に高度な英語力が必要となっている。
英語を理解できずに、機械翻訳でアウトプットした英語を相手に提示することは、暗闇に向かってモノを投げる行為に似ている。どのような効果がその先で生じているか把握せずに、ただ闇雲に出力しているに過ぎないわけで、きわめて不安定である。
機械翻訳によって日本語話者が高度な英語を出力でき、英語の文章の意味を把握できるようになった今、英語習得の必要性はむしろ生身の人間の身体性認知の課題としては増していると言える。その分、ハイレベルのコミュニケーションと文脈付けが可能になっているのだから、それを活かさない手はない。
英語に限らず、他言語を習得して複数言語を使うようになった人の脳は、それだけ神経回路網が強靭になって、認知症になる確率も優位に低下するという報告がある。人工知能の発達によって脳への認知的負荷を下げるのではなく、むしろ上げるべきだが、英語習得についても同じことが言える。
機械翻訳によって日本語話者が高度な英語を出力でき、英語の文章の意味を把握できるようになった今、英語習得の必要性はむしろ生身の人間の身体性認知の課題としては増していると言える。その分、ハイレベルのコミュニケーションと文脈付けが可能になっているのだから、それを活かさない手はない。
以上、連続ツイート 第2676回、「AIで翻訳ができる今、英語を学ぶ必要はあるのか」をテーマに7つのツイートをお届けしました。 #茂木健一郎の連続ツイート
