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還暦男が辿り着いた答え──おばさんこそ、人生の達人だった

還暦を迎えた今、ひとつの答えにたどり着いた。
それは、この世でいちばん人生を楽しみ抜いているのは──
間違いなく「おばさん」たちだということだ。

昔はまったく気づかなかった。むしろ、うるさくて図々しい、そんな印象さえあった。
けれど今、この歳になって振り返ってみると、彼女たちはいつだって、人生の本質をつかんでいたのではないかと思う。

そして私は、そんなおばさんたちの生き方を、実はずっと背中で見ていたのかもしれない。


「組織の枠」に収まりきれなかった自分

私は比較的早い段階で、サラリーマン生活に終止符を打った。
安定を捨てて、フリーランスの道へと進んだのは、今からもう何十年も前のことだ。

周囲からはずいぶん驚かれた。「もったいない」「先が見えない」と言われもした。
それでも、自分の中にあった“違和感”に正直に向き合った結果だった。

大きな組織の中で、ルールに従いながら働く生き方が、どうしても自分には合わなかった。
それよりも、自分の手で仕事をつくり、自分の感覚で動き、責任も報酬も全部背負う──そんな働き方に魅力を感じていた。

それから数十年、好きなことを仕事にして、定年もなく、今もなおやりがいを持って働いている。
毎日が挑戦であり、毎日が創造だ。もちろん楽なことばかりではないが、それでも私は、今の自分が好きだ。


もしかすると、あの頃から教わっていたのかもしれない

そんな自分の生き方を、ふと振り返ったとき、あることに気づいた。

それは──私が“おばさん的な感性”に、ずっと影響を受けていたのではないか、ということだ。

思い返せば、子どもの頃から、町内会や商店街で活躍していたおばさんたちは、本当にパワフルだった。
好きなことには一直線で、言いたいことは遠慮なく言い、何かあれば笑い飛ばし、人間関係にもやたらと強い。

お金よりも、役職よりも、「自分らしくあること」を大事にしているように見えた。

あの頃の私は、そんな姿を“図々しい”と勘違いしていた。
でも今ならわかる。あれは、“しなやかな強さ”だったのだ。

彼女たちは、誰に教わるでもなく、人生の本質を体現していた。
もしかすると私は、あの背中を見て、「自由に生きるってこういうことか」と、知らず知らずのうちに学んでいたのかもしれない。


男性たちがまとってしまう「見えない鎧」

一方で、同世代の男性たちの多くは、今もどこか生きづらそうにしている。
同窓会や知人の集まりで顔を合わせると、その“空気の重さ”に驚かされる。

話題の中心は、年金、持病、再雇用、孫の教育費。
「まあ、俺たちももう歳だしな」と、どこか諦めたような笑いが飛び交う。

なぜだろう? 

彼らがまとっているのは、「こうあるべき男」という見えない鎧だ。
失敗を恐れ、恥をかくことを避け、人生を無難にやり過ごす──そんな“保守的な生き方”が、心と体を重たくしているように感じる。

その鎧を脱ぎ捨てられたら、もっと楽になるのに。
そしてその手本こそが、おばさんたちなのだ。


妻の変化に教えられたこと

妻もまた、その“人生達人”のひとりだ。

若い頃の彼女は、控えめで几帳面で、人の目をとても気にしていた。
服装や言動に神経を尖らせて、周囲に合わせてばかりいた。

でも、再会した50代後半の彼女は明らかに変わっていた。

「この色、好きだから着るの」
「やってみたかったから始めてみたの」
「あなたはそう思うかもしれないけど、私は違うわ」

そんな風に、自分の価値観をちゃんと言葉にするようになったのだ。
最初は驚いた。でもそれは、彼女がようやく“自分の人生”を取り戻した瞬間だったのだろう。

今では、習字やボランティア、友人との旅行などに精を出し、年齢に縛られず、日々を心から楽しんでいる。


おばさんは、人生の後半戦の名コーチ

おばさんたちは、いつの間にか人生を楽しむ術を自然に身につけていた。

  • 他人の目を気にせず、自分を優先する力

  • 失敗を恐れず、笑い飛ばす度量

  • 新しいことへの好奇心と柔軟さ

  • 「年だから」と言い訳しない前向きさ

  • そして、誰かとつながり続けるコミュニケーション力

それはすべて、“生きる力”だ。
誰に習うでもなく、人生という現場で磨き上げてきた、経験と知恵の結晶だ。

そして私は今、その“おばさん流”を、自分の中で再発見している。


人生後半戦は「自分の流儀」でいく

早くに会社を辞め、フリーで生きてきた私は、ある意味で“自分の流儀”を選んだ人生だった。
それは、社会のレールを外れた不安も伴っていたが、結果的に自由で豊かな選択肢を得られた。

そして今、こうして還暦を迎えた時に思うのだ。
あの時の選択は間違っていなかった、と。

おばさんたちが自然体で生きてきたように、私もまた、肩書きや年齢にとらわれず、好きなように生きていく。
それが、人生の後半戦における“本当の豊かさ”だと、今では思っている。


終わりに──おばさんたちへ、心からの敬意を込めて

人生は、楽しんだ者勝ち。
その技術を、だれよりも早く、そして自然に体得していたのが──おばさんたちだった。

あの時は気づけなかったけれど、私はずっと、彼女たちに生き方を教わってきたのかもしれない。

自由に笑い、自由に動き、年齢も他人の目も気にせず、人生を味わい尽くす。
そんな“おばさん力”こそ、これからの時代の生き方のヒントだ。

還暦男の私は、これからも“おばさん流”で、自分の人生を楽しみ抜いていこうと思う。

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