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中年期の出口

強くなりたくて

 私は小さいころ、傷つきやさみしさを抱えていました。
 ミスが多くて運動神経が鈍いという性質を持って生まれてきたからか、周囲から自分が否定される体験が積み重なりました。いじめられたときは、ほんとうにみじめな体験をして、怖さや屈辱がこころの奥までしみわたりました。そして、本質的には「自分はダメな人間だ」と思っていました。

 少年のころの私は、救われたいと思いました。そして、こころの中で思ったのは、「強くなろう、認められよう。そうすればこの苦しみは解決できる。」ということだったと思います。父は私に、「社会に役に立つ人間になることが大切だ」と言いました。なので若い私はそうなりたいと思いました。社会に役に立って認められることこそが、強さだと思ったのです。

 実際、ある程度そのことは成功する部分もありました。医師になって多くの患者さんの診療を行い、知識や経験を積み重ね、感謝していただくこともありました。出版などを通じて発信する機会もいただくことができ、社会に役だっていると思えることもありました。

 しかし、怒られるかもしれませんが、診療は自分のために、つまり社会に役立っていることを証明するために、やっていた部分が大きかったと、今にしては思います。自分の行動が人のためになることも多かったかもしれませんが、自分本位の動機は、仕事でもプライベートでも、人を傷つけるといった申し訳ない結果を生んだことがあったでしょう。

 若いころの私に思いやりが皆無だったとは思いませんが、頑張ることの主の動機は、自分本位だったのです。しかし、いくら強くなったと思えても、どこかさみしさがありました。表面的にはうまくいっていても、こどものころから抱えていたこころの傷はときどきうずくことはあったように思います。

中年期の危機

 私は50代も半ばになり、老いを私なりに感じるようになりました。自分が目指し、手に入れてきた強さは、力を失ってきました。
 日々体力は落ちていき、知的活動についてもエネルギーあふれる若い人にはかなわないと感じます。デジタルネイティブと言われる人たちにを見るにつけ、時代に取り残されているように感じます。

 強くなろうと努力してきた副産物として、昔に比べればですが収入も増えました。買うことができるものは幸い多くなりましたが、食欲などあらゆる欲求が弱くなり、得る喜びはなくなりました。

 若いころは、強くなれば、いろんなものが手に入って、幸せになれる。そして、いずれ悩みのない自分になれるという幻想をもっていました。しかし、自分が刻々と老いて、強さを失っていき、いずれ死に至るという現実が、その幻想を打ち砕きました。このことに直面したとき、若いときに築いた価値観のままでは、進む方向がわからなくなったのです。

 こころの傷を覆っていた強さがだんだんはがれていくと、再びその傷がむき出しになってきました。そして、こどもの頃のさみしさや虚しさをかかえた私、心細かった自分が、ふたたび姿を現しました。

 ここにきて再び出会ったほんとうの自分。ただ、今回は少なくともそれを否定したり隠したりしようとしていません。心細い自分の気持ちを素直に書いたのが、近著「こころの傷をなかったことにしないでください」です。

危機から出口へ

 先日、国際学会に参加しました。シンポジウムに登壇し、最終日の晩餐会に招待されるという、「いわゆる」名誉な体験をしました。晩さん会では、ホテルのバンケットルームで、世界的に有名な学者とともにテーブルを囲み、高級フランス料理のコースを食べて、シャンパンやワインを飲んだのです。以前の自分だったら、「ああ、私もこのような存在になれた。強さを身につけられた。」と、満足しながら、料理やお酒のおいしさに浸ることができたでしょう。しかし今回はそのような感覚は皆無でした。きらびやかな雰囲気もどこかむなしい。食欲が落ちている私にとって、フレンチのフルコースは負担になるものでした。この晩餐会が終わればいつもの日常に戻るだけです。名誉は私に何ももたらしません。

 そんなとき、晩餐会に彩りを添えるためのピアノの生演奏から、懐かしい昭和の歌、「夏の思い出」が聴こえてきました。「夏がくれば思い出す、はるかな尾瀬」という歌詞で知られる曲です。長らく聴く機会がなかったこの曲を、私はこどもの頃に大好きだったことを思い出しました。そして、曲の終盤にメロディが上向きに跳躍する部分(歌詞は「はるかな尾瀬」)のところで感情が揺さぶられ、涙があふれました。

 尾瀬に私は行ったことがありません。しかし、自分の中にある、戻れない美しい思い出や、今はもう会えない人たちを、このメロディーに思ったのかもしれません。そしてなぜかその時、子供のころの記憶が当時の感情とともによみがえってきたのです。祖父と行った銭湯の湯上りのここちよさ、祖母が作ってくれたごはん、父や母とデパートの屋上で遊んだこと。そのような場面を思い出し、なつかしさ、やさしさが自分のこころを満たしました。どこか切なさも伴っていましたが。

 強くなることの価値が失われた今、得られたこともあります。
 以前は、強くなるために、人と競っていました。その分、弱いと私が感じる人を見下しているようなところもありました。
 今は、だれもがみな「生きる」という、厳しくもあり愛しくもある現実と、その人なりのやり方で一生懸命向き合っている、とこころから思えています。

 なので、診療の際に自分の力を証明しようとすることはもうありません。素直に患者さんと向き合えているように思います。人をこころの中で見下すこともなくなりました。そして、他者への敬意ややさしさが、自然に芽生えているように思います。

 また、やがてすべてが失われることを知った私は、以前だったら気にもとめなかった日常の感じ方が変わりました。「この体験はもうできないかもしれない」という感覚は、何気ないことに、愛しさを感じる才能を生みました。以前のような高揚感はないのですが、静かに、しかし深く物事を感じることができる気がします。

 こどものころ、私はさみしがりやで、人懐っこかったと思います。以前はそういう自分が嫌いで、強さの鎧で覆い隠そうとしました。しかし、いくら隠し続けても、その本質は今も変わってないと感じます。今は、そういう弱さをもつ自分が、ここまで必死に生きてきた道のりを愛しく感じます。うまくいったこと、そうでないこと、ともに時間を過ごしてきた人たち、そういう生きてきた過去の記憶が、大切な財産のように思えるのです。

 これからは強さも弱さも含めて、自分を素直に認められるとよいでしょう。そして、日常のなかで、やさしさや、美しさへの感受性を大事に育てていく。そうすれば、この危機の出口に立てるのではないか? 若いころ目指していたものと形は違うが、豊かなこころもちになれるのではないかという気がしています。