「多様な働き方」の時代に、なぜ「ユニクロ」の組織は一つになれるのか
「最近の若い人は、会社に人生を預けない」
そう感じている経営者や管理職は多いと思う。一方で、若い人たちの側にも迷いがあるのではないか。本当にこのままでいいのか。会社への忠誠心を持たなくていいのか。出世を目指さなくてもいいのか。自分の人生を優先して働くことは、わがままではないのか。
「多様な働き方」という言葉が政策の世界で広がり始めたのは、2000年代前半である。2002年には、厚生労働省の雇用政策研究会が「多様選択可能型社会」という言葉を使い、長期雇用・年功賃金を前提とした働き方から、個人が自分の能力や生活に応じて働き方を選べる社会への転換を提起していた。
それから20年以上が経ち、働き方は確かに多様になった。
出世したい人もいる。専門性を高めたい人もいる。家庭を大切にしたい人もいる。副業をしたい人もいる。いずれ独立したい人もいる。
私自身も、東芝で社会人を始め、ユニクロに転じ、ENEOSを経て、いまは独立して会社を経営している。だから、一つの会社に人生を預ける働き方だけが正解だとは思っていない。働き方が多様になること自体は、自然な流れだと思う。
一方で、昔の会社の方が良かったと感じる世代がいることも分かる。私が社会人になった1996年頃は、いまよりも組織の一体感があった。もちろん、当時にも不満はあったし、理不尽もあった。それでも、多くの人が会社の中で出世し、会社とともに成長していく未来をある程度共有していた。終身雇用や年功序列も残っていた。会社の成長と個人の人生が、今よりも重なりやすかった。だから、組織をまとめることは今より簡単だったのかもしれない。
しかし、もうその時代には戻れない。戻るべきでもない。若い人たちが、会社だけに人生を預けることに疑問を持つのは当然だと思う。会社は大切だが、人生のすべてではない。自分の時間、自分の家族、自分の専門性、自分の将来を大切にすることは、決してわがままではない。
では、働く目的がこれほど多様になった時代に、組織は何によって一つになればいいのだろうか。
この問いに対する私の答えは、ユニクロで働いた経験の中にある。ユニクロという会社は、外から見ると一枚岩に見えるかもしれない。しかし、中にいる人たちが全員同じ価値観だったかというと、決してそうではない。出世したい人もいた。家庭を大切にしたい人もいた。海外で挑戦したい人もいた。専門性を磨きたい人もいた。将来起業したい人もいた。個性的な人も多かった。つまり、人はバラバラだった。それでも、組織としては驚くほど同じ方向を向く瞬間があった。なぜか。
私は最初、その理由を柳井さんの強烈なリーダーシップにあると思っていた。もちろん、それは間違いではない。柳井さんの言葉には圧倒的な力があった。目標は高く、要求水準も高かった。普通の会社なら「それは無理です」と言いたくなるようなことでも、ユニクロでは本気で実現しようとする空気があった。
組織はリーダーシップだけでは持続しない。リーダーシップは、人を引きつける力である。一方で、マネジメントは、人が動ける仕組みをつくる力である。どれほど強いリーダーがいても、その言葉が日々の判断や行動に落ちていなければ、組織は一時的にしか動かない。
ユニクロの強さは、柳井さんのリーダーシップだけでなく、その思想を現場の判断に変える仕組みがあったことだと思う。
ユニクロには『FRWAY』があった。『精神と実行』があった。FRMICのように、考え方を繰り返し伝える仕組みもあった。役職階層は比較的フラットで、店長や現場のリーダーに大きな権限があった。一方で、能力グレードや評価制度があり、役職だけではない成長の見える化もされていた。横断的な評価や、他部署からの見られ方も含めて、単なる縦の組織ではない緊張感もあった。
つまり、ユニクロの強さは、一つの要素で説明できるものではない。
柳井さんがいるから強い。FRWAYがあるから強い。フラット組織だから強い。評価制度があるから強い。教育の仕組みがあるから強い。
どれも正しい。だが、それぞれをバラバラに見ているだけでは、本質には届かない。後になって振り返ると、それらはすべて一つのものを支えるために存在していたように思う。
それが、「お客様との約束」である。
ユニクロには、繰り返し語られる言葉があった。
「店は客のためにあり、店員とともに栄える」
「売上は、お客様からの通信簿である」
この考え方が、会社のいちばん深いところに置かれていた。
ユニクロの会議では、意見が割れることが当然あった。部門によって立場も違う。販売側、商品側、マーケティング側、店舗側、それぞれに事情がある。売上を取りたい。利益も必要だ。在庫も減らさなければならない。現場の負荷も考えなければならない。
それでも、最後に戻る場所があった。
それは、「お客様にとって本当に良いのか」という問いだった。
この商品は、お客様の生活を良くするのか。この価格は、お客様に対して誠実か。この販促は、お客様のためになっているか。この売り方は、ユニクロがお客様と交わしている約束に合っているか。
この問いがあるから、議論が迷子になりにくい。
この「戻る場所」の強さを、私は身をもって知っている。
私がヒートテックのマーケティング責任者だった時の話である。
ヒートテックは、一年中売れる商品ではない。売れるのは、せいぜい10月から2月。その短い期間で、一億点を売らなければならなかった。ところが、その年は暖冬だった。計画に対して、状況は厳しい。数字を預かる責任者として、私は追い込まれていた。
そこで私は、柳井さんに、ある提案をした。
暦の上で一年で最も寒いとされる「大寒」の日に、ヒートテックを特別価格にする。「ヒートテック祭り」で、この冬を乗り越える。責任者として、筋の通った提案のつもりだった。しかし、一蹴された。「そんな、お客様を裏切ることはやめてくれ」柳井さんの言葉は、こうだった。
この時期のお客様は、もう春を心待ちにしている。カラフルな春のシャツを着たいと思い始めている。真冬の商品を、価格で売り込む時期ではない。そんなことをしたら、ここまで築き上げてきたお客様の信頼が、すべて消えてしまう。誰が責任を取ってくれるのか、と。
私は、売上目標を見ていた。
柳井さんは、お客様の季節の気分を見ていた。
販売計画の数字よりも、お客様との約束が上に置かれた瞬間だった。
これが、ユニクロである。
意見が割れた時も、追い込まれた時も、戻る場所は変わらない。
むしろ、追い込まれた時ほど、その基準が試される。
働く理由は人それぞれでいい。出世したい人がいてもいい。家庭を大事にしたい人がいてもいい。将来独立したい人がいてもいい。会社に対する距離感も違っていい。ただし、仕事として判断する時には、同じ基準に戻る。
お客様との約束に沿っているか。ここが揃っていた。
私はこれが、ユニクロの組織が一つになれる理由だったと思っている。
多くの会社は、組織を一つにしようとすると、人の価値観を揃えようとする。
理念を浸透させようとする。パーパスを掲げる。ビジョンを共有する。それ自体は大切だと思う。しかし、働く目的そのものを揃えようとすると無理が出る。人の人生は会社のものではない。人の価値観も会社のものではない。
人が何のために働くかは、それぞれ違っていい。そこを無理に揃えようとすると、きれいな言葉だけが残る。
理念はある。パーパスもある。社内ポスターもある。だが、日々の会議や判断では、結局、上司の顔色、部門の都合、前年踏襲、社内政治が勝ってしまう。それでは組織は一つにならない。一つになっているように見えても、それは本当の一体感ではない。
強い組織に必要なのは、全員が同じ人生を生きることではない。全員が同じ性格になることでもない。同じ温度感で会社を愛することでもない。
必要なのは、判断基準を揃えることだ。
そして、その判断基準は社内に置いてはいけない。
社長の意向。上司の評価。部門の利益。自分の出世。前例。社内調整。
これらを判断基準にした瞬間、組織は内向きになる。内向きになった組織では、調整が増える。説明が増える。会議が増える。承認が増える。誰も間違ったことは言っていないのに、なぜか物事が進まなくなる。
組織の中にいると、それを「慎重な会社」「大企業だから仕方ない」と表現しがちだ。しかし、本当は違う。判断基準が社内に散らばっているから、調整コストが増えているのである。
組織論には、取引コスト理論という考え方がある。
取引コストとは、何かを進めるために必要な、探す手間、交渉する手間、約束を守らせる手間のことである。金銭だけでなく、時間、手間、ストレス、リスクも含まれる。本来、組織はこの取引コストを下げるために存在している。毎回外部の相手を探し、条件を交渉し、約束を守らせるのは大変だから、組織という仕組みの中で物事を進める。
ところが、判断基準が社内に散らばると、同じ会社の中にいるのに、毎回説明し、根回しし、交渉し、確認しなければならない。つまり、組織の中で取引コストが上がってしまう。
誰に説明すればいいのか。誰の了解を取ればいいのか。どの部門が反対するのか。どの役員が気にするのか。どの資料を追加すれば通るのか。
こうした社内の手間が増えれば増えるほど、組織は重くなる。
一方で、判断基準が「お客様との約束」に揃っている組織は強い。なぜなら、議論の戻る場所が明確だからだ。もちろん、すべてが簡単に決まるわけではない。ユニクロでも厳しい議論はあった。むしろ議論は激しかった。だが、激しく議論しても最後に戻る場所がある組織は強い。それがあるから、フラット組織が機能する。
組織は、単なる人の集まりではない。
組織は仕組みである。インプットを受け取り、何らかの仕組みによって変換し、アウトプットを生み出すシステムである。
だから、階層だけを減らしても組織は強くならない。どのような基準で判断し、どう協調し、何によって評価されるのか。その仕組みがなければ、フラット組織はただの無秩序になり、むしろ混乱する。誰が決めるのか分からなくなる。声の大きい人が勝つ。責任の所在が曖昧になる。
ユニクロのフラットさは、階層が少ないことだけで成り立っていたわけではない。FRWAYがあり、精神と実行があり、評価制度があり、教育の仕組みがあり、そしてその奥に「お客様との約束」があった。だから、フラットであってもバラバラにならなかった。これはとても重要なことだと思う。
これからの時代、多くの会社がフラット組織や自律型組織を目指すだろう。若い人に任せよう、現場に権限を渡そう、上司が細かく管理する時代ではない、という流れは正しい。しかし、判断基準が揃っていないまま権限だけを渡すと、組織は強くならない。自由になるだけで、同じ方向には進まない。
多様性も同じだ。
多様性は大切だ。だが、多様性だけでは組織は成果を出せない。多様な人たちが、何を基準に判断するのか。その基準がなければ、多様性は力ではなく、単なるバラバラになる。だから私は、これからの組織に必要なのは、働く目的を揃えることではなく、お客様との約束を揃えることだと思っている。社員の人生は多様でいい。働き方も多様でいい。会社との距離感も多様でいい。
しかし、仕事としてお客様に向き合う時だけは、同じ約束に立ち戻る。
この商品は、お客様にとって本当に良いのか。このサービスは、お客様の不安を減らしているか。この施策は、お客様との約束を強くしているか。この判断は、社内の都合ではなく、お客様のためになっているか。
この問いを全員が持てる組織は強い。
私はこれまで、東芝、ユニクロ、ENEOS、そして独立後の仕事を通じて、さまざまな組織を見てきた。組織にはそれぞれの歴史があり、文化があり、強みがある。簡単に比較できるものではない。ただ、一つだけ確信していることがある。組織は、人を同じ人間にするためにあるのではない。
違う人生を生きる人たちが、同じ判断をできるようにするためにある。
昔の会社は、終身雇用や年功序列や出世という共通のレールによって、ある程度まとまることができた。だが、これからの会社はそうはいかない。働く目的はもっと多様になる。会社と個人の関係ももっと自由になる。その時代に、昔の一体感を懐かしんでも意味がない。
必要なのは、新しい一体感である。
それは、会社への忠誠心ではない。上司への服従でもない。全員に同じ夢を持たせることでもない。お客様との約束を、全員の判断基準にすること。そして、その約束を日々の判断に変える仕組みを持つこと。
私はユニクロで、その強さを見た。
強い組織とは、同じ人生を生きる人たちの集まりではない。
違う人生を生きる人たちが、同じ約束を守ろうとする集団である。
そして、その約束を日々の判断に変える仕組みを持った集団である。
それが、多様な働き方の時代に、私がたどり着いた組織論である。
筆者について
熊倉賢太郎。エグゼクティブマーケティングパートナーズ(EMP)代表。ENEOS・ユニクロ・東芝でマーケティングを歴任。ENEOSではマーケティング部門を立ち上げ、執行役員として経営にも携わった。現在はフラクショナルCMOとして複数の企業の経営に入っています。早稲田ビジネススクール在学中。https://www.empartners.co.jp/
