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[ちょっとしたエッセイ]涙の代わりに、水を飲んだ

 電車の中で、外国人の女性が泣いていた。
 座席に座って、顔を手で覆いながら、肩を震わせている。隣に座っている友人らしき女性が、英語で何か話しかけているけれど、泣いている女性は答えない。ただ、むせび泣くように肩を揺らし続けている。
 僕は立ったまま、その様子を横目で見ていた。何があったのかはわからない。失恋なのか、仕事のことなのか、家族のことなのか。でも、電車の中で人目も気にせず泣けるというのは、ある意味すごいことだと思った。というか、羨ましかった。僕には、絶対にできない。
 小学生の頃、運動会で転んで膝を擦りむいたことがある。
 血が出て、痛くて、泣きそうになった。でも、祖父が観覧席から見ていた。僕は泣かなかった。泣いたら、祖父にがっかりされると思った。家に帰ってから、祖父が言った。「よく我慢したな。男は人前で泣くもんじゃない」。僕は褒められたことが嬉しかった。でも、今思えば、あの時から僕は何かを失い始めていたのかもしれない。泣くという選択肢を。感情を出すという自由を。それが日本人の男として育つということだった。
 母は昔から「やっぱり普通がいいのよ」と言っていた。就職氷河期の就活の最中、もうしんどくなって一般企業への応募をやめて、フリーターになろうとしたとき、母改めてそう言った。
 目立つな、調子に乗るな、みんなと同じでいろ。そういうことを、どこでも何度も言われて育った。学校でテストの点が良くても、「調子に乗るんじゃない」と言われた。友だちとケンカして帰ってきても、「あなたにも悪いところがあったんじゃない」と言われた。言いたいことがあっても、「そんなこと言うもんじゃない」と言われた。
 母は僕を守ろうとしていたんだと思う。この社会で生きていくための処世術を、教えようとしていたんだと思う。でも、その教えは僕の中に染み込んで、もう洗い流せない。最近、東京には外国人が多い。駅でも、コンビニでも、飲食店でも、当たり前のように外国人がいる。彼らは大きな声で笑い、大きな声で話し、大きな動作で生きている。それを見るたびに、僕は自分が縮こまっていることに気づく。声を小さくして、動作を小さくして、存在を小さくして生きている。
 それが日本人らしさだと言われれば、そうなのかもしれない。でも、それが何を意味するのか、最近よくわからなくなってきた。
 会社では、僕は役者だ。サラリーマンという役を演じなければならない。朝、オフィスに着くと、僕はその役を着る。スーツを着るみたいに、人格を着る。取引先に電話をかけるときは、できるだけ爽やかな声を出す。本当は眠いし、だるいし、電話なんてしたくない。でも、声のトーンをなんとか上げて、笑顔を作って、「お世話になっております」と言う。
 会議では、適度に意見を言い、適度に頷く。本当は全部どうでもいい。でも、真剣な顔を作って、メモを取るふりをして、「なるほど」と言う。上司には従順に、部下には優しく。そうやって、一日中、役を演じ続ける。
 でも本当の僕は、不安ばかりで、気が弱くて、めんどくさがりで、毎朝起きるのが嫌で、仕事なんてしたくなくて、全部投げ出して逃げたいと思っている。それを見せることはできない。慣れ親しんだ日本人だから。
 言葉というのは、時に刃物になる。
 去年の春、前の会社を辞めるとき、上司に「転職したい」と伝えた。上司は少し驚いた顔をして、それから静かに、まるで予想していたかのように言った。
 「そうか。まあ、君らしい選択だね」
 その言葉が、今でも胸に刺さったままだ。
 「君らしい」。この3文字が、僕のすべてを否定した。逃げるのが君らしい。諦めるのが君らしい。中途半端なのが君らしい。そう言われた気がした。でも、上司は何も言っていない。ただ「君らしい」と言っただけだ。それなのに、僕は勝手に傷ついた。
 日本語の曖昧さの中で、僕は勝手に意味を読み取り、勝手に絶望した。それが日本人だ。言葉の裏を読み、空気を読み、相手の表情を読む。そして、言われてもいないことに傷つき、言われてもいないことに怒り、言われてもいないことに絶望する。
 祖父も、母も、きっと同じように育てられたんだと思う。祖父の父も、母の母も、その前の世代も。「我慢しろ」「目立つな」「人前で泣くな」「本音を言うな」。そうやって、何代も何代も受け継がれてきた。
 反発したかった。子どもの頃は、反発できると思っていた。でも、気づいたら僕も同じことをしている。我慢して、目立たないようにして、本音を飲み込んで生きている。反骨心は、いつの間にか諦めに変わっていた。「まあ、こんなもんだろう」と思うようになった。「仕方ない」と思うようになった。それが大人になるということだと思うようにした。
 でも、本当にそうなんだろうか。
 電車を降りて、改札を抜けて、家に向かって歩く。7月の夜は陰鬱とした湿気と漂う気だるさが沈澱している。
 途中、コンビニに寄る。レジで会計をしていると、店員が外国人だった。
 「ありがとうございました」と、イントネーションが変でたどたどしい日本語で言う。
 彼の日本語は完璧じゃない。文法も間違っているし、発音も不自然だ。でも、伝わる。言葉が足りなくても、伝わる。曖昧じゃなくても、伝わる。
 僕は「ありがとう」と返した。
 店を出て、また歩く。首筋にじんわりと汗がにじむ。
 家に着いて、キッチンで水を飲む。水が喉を通る。それだけで、少しだけ落ち着く。鏡を見ると、そこに映っているのは、40代も半ばを迎えたのただのおじさんだ。疲れた顔をしている。祖父に似てきた気がする。母にも似てきた気がする。結局、僕も同じ道を辿っているんだと思う。
 ベッドに横になる。明日も同じような一日が来る。そう思いながら、ふと、電車の中で泣いていた外国人の女性のことを思い出した。彼女は今頃、もう泣き止んでいるだろうか。それとも、まだ泣いているだろうか。どちらでもいい。ただ、彼女が泣けたことが、少しだけ羨ましかった。映画『ロスト・イン・トランスレーション』のスカーレット・ヨハンソンみたいに、電話口でも泣けるくらい孤独を吐露できればいいのになと思う。僕も、いつか当たり前のように泣けるようになるだろうか。人前で、遠慮なく、泣けるようになるだろうか。たぶん、無理だと思う。でも、それでいいのかもしれない。
 日本人として生まれて、日本人として育って、日本人として死んでいく。それが僕の人生だ。悪くない。悪くないと、思うことにした。目を閉じる。明日が来る。また役を演じる。それでいい。


これまで書いたエッセイはこちらに。
またZINE作りたいなと思いつつ、思いつつ。

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