見出し画像

オンナは、若い方がいいって、マジで言ってんの?

「オンナは若い方がいいって」

——妻に聞かれたら「マジで言ってんの?」と、詰められるであろう下世話な言葉が部屋に響いた。

クーラーのない公民館の一室。梅雨のむわっとした空気が充満し、長机に置かれた缶ビールには、無数の水滴がまとわりついている。壁には古い公演のポスターが貼られたままだった。

時折、チカチカと点滅する白い蛍光灯が煩わしい。
私は缶ビールを口に運んで、ごくり、と一口飲んだ。

勢いをつけて、もう一度、言った。

「だからさ、絶対、若い方がいいって。肌もキレイだしさ」

集まっていたのは私とカツとサクの三人。私が最年長、とはいえカツもサクも40代前半。二人ともイケメンなのだが、もう十分おじさんだ。

サクは、紙切れに鉛筆で走り書きをしている。
私は、「お前も、もうちょっと説得しろよ」と、目で合図を送ろうとする。
しかし、サクは、手元に目を落としたたまま、目を合わせようとしない。

「でも、やっぱり若すぎじゃないですかね…。ちょっと気が引けるというか」

どうしてもカツは一歩踏み出せないようだ。そんなカツの態度に、私は少し思わず口調を強める。

「そんなこと言ってたら、いつまでたってもできないぞ。俺らみたいなおっさん相手でもやってくれるかもしれないって。お前は男だろ、だったら電話しろよ」

ふうーと息を吐き、カツはポケットからスマホを取り出して電話をかけた。

「…もしもし。ユウちゃん、ああ、カツだけど、いま、電話大丈夫?…」

電話の向こうからは、ハキハキとした若くて張りのある声が聞こえてきた。
私はふと疑問に思って、スマホで話をしているカツを横目に、声を潜めてサクに尋ねた。

「ユウって、カツの奥さんより、だいぶ若いよな?」

サクは、いまさら何を、という表情で捨て台詞のように答えた。

「…まだ、20代ですよ」

私は、カツの奥さんの顔を思い浮かべた。確か結婚当初はギャルっぽい恰好をしてたよな、と思い出していた。

「うん…うん…じゃぁ、来週、土曜日に会って話そうか…」

電話を終えたカツが言った。

「ユウちゃん…OKでした」

呟きのような、少し抑えたトーンの声だった。

「ほら、良かったじゃん。やっぱり、オンナは若い方がいいって、声も張りがあるし、化粧ノリもいいからさ」

私は、声を弾ませて、カツの肩をバンバンと叩いた。

サクは、しっとりと湿った紙切れの裏に「優也ユウヤ」と書きこんだ。鉛筆の芯が少しかすれていた。

これで、空白だった主演の女形おんながたの欄が、ようやく埋まった。その恋人の男役の欄には既に「カツ」の名前が並んでいる。

完成した今年の公演の配役名簿を眺める。
いつのまにか蛍光灯の点滅は止まり、柔らかな白い光が静かに部屋を包んでいた。

飲みかけの缶ビールの水滴が一滴、すうっと机に伝って、紙切れの切れ端が滲んだ。

私は、ふと立ち上がって、日焼けした公演のポスターに手を伸ばした。
ざらっとした感触。そこにある白粉おしろいで塗られた自分の顔を、一瞬、見つめ——音にならない息を、ふうっと吐いた。

四隅の画びょうを抜こうと爪先をひっかける。深く差し込まれた画びょうはなかなか抜けない。爪の内側の皮膚がじんと微かに沁みた。

「っツ——」

必要以上に力を入れて画びょうを抜いた。剥がしたポスターを無造作に折りたたみ、そのままごみ箱に突っ込んだ。

配役名簿を胸ポケットに入れたサクは、ようやく缶ビールの蓋を開けた。ごくごくと飲むと、急に口が滑らかになった。事務局として、ひと仕事終えた安堵感からだろうか。
——それとも、私の苛立ちの理由に、気づいていたのかもしれない。

「でも、まあ。ナオさんの、女形もキレイけどね」

——過去形かよ。

机の上においたスマホの通知ランプが点滅している。

私は、座りなおして、画面をタップした。
妻からのLINEには、話題の映画「国宝」のスタイルの良い、イケメンの女形が映っていた。

自分と同じ人間とは思えない美しい女形の写真とともに、映画を見た高揚感を伝えるメッセージが無邪気に綴られている。

—— やっぱり、女形オトコは、若い方がいい💗 ——

私は、カツとサクに、その画面を見せた。

「ほらな、若い方がいいって、マジで言ってんだろ?」

三人で顔を見合わせ、ふふっと口元を緩めた。

ゴミ箱に入れられたポスターの白粉の顔はぐにゃりと歪んでいて、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

私は手に取ったつまみを皿に戻し、自分のおなかの肉をつまんだ。

……ダイエット、するか。

なんのはなしですか


いいなと思ったら応援しよう!