【創作大賞感想】記憶と感情の往来、そして、どぷり。
記憶と感情の波が行ったり来たり。
そして、心を掴まれる一言——どぷり。
三條凛花さんの「海に沈んでいく夫を見下ろす、夏」を読んだ。
タイトルが鮮烈。思わず情景を思い浮かべてしまう。
そして、冒頭の——どぷり。
もう冒頭で心を掴まれてしまった。
物語の冒頭と終盤、そして中盤にも繰り返し現れる「どぷり。」は、最初はやや不穏なニュアンスを帯びて登場する。
「えっ、エッセイ? それとも、サスペンス小説?」と一瞬戸惑うほど。
しかし、読み進めるうちにその意味合いや感情のトーンが少しずつ変化していくのが面白く、構成として非常に巧み。
読み進めていくと、夫との出会いや結婚、日常の些細なすれ違いやけんかなど、過去のエピソードが赤裸々に語られる。そして、冒頭の日焼け止めの伏線が回収され、夫婦の対立のピークに。
そして、——どぷり。
ここでは、まだ、ひょっとして「サスペンスなのかも?」みたいな印象も残っている。
ふたたび、夫婦の関係性のあり方が丁寧に描かれていく。けんかもするし、ぶつかることもある。それでも「これでいい」と思えるような関係。
そうして、ついに、どぷり。となった状況が詳しく描写される。
微笑ましい家族の夏のひとときだったのだ。
「けたけたと笑う」語り手の姿に、ちょっとしたざまあみろ感が漂うのもユーモラス。
作者の罠にまんまとひっかかったけれど、ああ、良かった。
エピローグのような終盤のやりとりでは、どこか前半とは立場が逆転したような、でも変わらず続いていく夫婦の形が見えてきて、じんわりとさわやかな余韻が残った。
読み終えて、作家さんの書いた文章だと知る。詩的な表現、円環構造。そして、波もイメージさせるような時間の往来。さすがの表現力、構成力です。
