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小春ちゃんは、本を薦めるのが少し苦手 #8

小さな書店併設カフェ「かーでぃ書店」には、今日も何かを探す人がやってきます。本を通して、誰かの気持ちが少しだけ動く。これは、そんなやさしい物語です。

登場人物
小春
:高校生アルバイト。やさしくて少し天然。
木村誠:店長。寡黙で誠実。本とコーヒーが好き。

前の話

第八話 花が咲く場所までの道

午後のかーでぃ書店には、やわらかな日差しが差し込んでいた。

窓の外を路面電車がゆっくりと通り過ぎる。
車輪の音が遠ざかると、店内にはページをめくる音と、カウンターから漂うコーヒーの香りだけが残った。

小春は、棚の端に置かれた本の向きを整えていた。
そのとき、入口のベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

入ってきたのは、三十代くらいの女性だった。
薄いグレーのカーディガンに、肩から大きめのトートバッグを提げている。

女性は店内を見回したあと、本棚よりも先に窓際の席へ目を向けた。
けれど座ることはなく、スマートフォンを取り出して画面を見つめている。何かを確認しては、小さく息を吐く。

小春は声をかけようか迷った。

本を探しているようには見えない。
けれど、ただ休憩しに来ただけとも少し違う。
小春は考えながら、近くの本の背表紙を指先でそっとなぞった。

「あの……何か、お探しですか?」

女性は顔を上げた。

「あ、すみません。本というより……少し、気持ちを整理できるものがあればと思って」

「気持ちを、ですか?」

女性は少し恥ずかしそうに笑った。

「副業で、フラワーアレンジメントを作っているんです」

そう言って、スマートフォンの画面を小春に見せた。

そこには、淡いピンクのバラと白い小花を組み合わせたアレンジメントが映っていた。丸い木製の器から、花がふわりと広がっている。

別の写真には、青と紫を基調にした落ち着いた作品。
その次には、小さなリースや、季節の花を使った壁飾りが並んでいた。

「きれいですね」

小春が素直に言うと、女性は少しだけ表情を明るくした。

「ありがとうございます。作るのは好きなんです。花を選んで、色を合わせて、全体の形を考えて。完成すると、やっぱりうれしくて」

女性は画面を指で送った。作品の写真の下には、短い説明文と、いくつかのハッシュタグが並んでいる。

「でも、見てくれる人が本当に少なくて」

女性の指が止まった。

「投稿しても、反応はいつも同じくらいです。知り合いが少し見てくれて、それで終わり。販売サイトにも載せているんですけど、ほとんど見てもらえていない気がします」

「販売する場所は、あるんですね」

「はい。作品は並べています。注文もできるようにしています。でも……」

女性は少し考えてから続けた。

「作って、写真を撮って、投稿して、販売ページにも載せているんです。それなのに、誰にも気づいてもらえないような感じがして」

スマートフォンの画面には、丁寧に作られた花の作品がいくつも並んでいた。

どれも形になっている。買える場所もある。
けれど、そこまで来てもらう道が細い。

小春は、以前読んだ一冊の内容を思い出した。

「作品を載せたあとは、どんな投稿をしていますか?」

「新しい作品ができたら、写真と一緒に『新作です』『販売しています』って載せています」

「ほかには?」

「ほか……ですか?」

女性は首をかしげた。

「制作途中とか、使った花のこととか、そういうのはあまり載せていません。完成したものをきれいに見せた方がいいと思って」

「なるほど……」

小春は答えながら、少し不安になった。

自分はフラワーアレンジメントを作ったことがない。
花の販売についても詳しくない。

それでも、女性が困っていることは、花の作り方ではないように思えた。

「作品そのものに問題があると思いますか?」

小春が尋ねると、女性はすぐには答えなかった。

「最初は、そう思っていました。もっと上手な人はたくさんいますし、写真も、もっときれいに撮らないといけないのかなって」

「今は?」

「最近は……作品がよいか悪いか以前に、そもそも見られていない気がしています」

小春は静かにうなずいた。
見てもらえていないなら、良さが伝わる前に止まっている。

本棚の前へ移動し、何冊かの背表紙を目で追った。

マーケティング。
SNS活用。
個人活動。
作品販売。

専門的な本なら、いくつもある。けれど、今の女性に必要なのは、大きな戦略や難しい分析ではない気がした。

もっと小さくて、続けられる考え方。
小春の手が、一冊の本で止まった。

『せっかく本を書いたので「もっと」届けたい』

小春はその本を棚から取り出した。
表紙には、本やSNS、本棚へ続く道が描かれている。

「こちらは、どうでしょうか」

女性はタイトルを見て、少し戸惑ったような顔をした。

「本を……届ける本、ですか?」

「はい」

小春は、自分でも少し場違いな本を持ってきたかもしれないと思った。

相手が作っているのは本ではない。
花の作品だ。
それでも、小春は本を棚へ戻さなかった。

「これは、本を書いた人が、その本をどうすればもっと多くの人に見つけてもらえるかを考える本です」

「私、本は書いていないんですけど……」

「そうですよね」

小春は少しだけ困ったように笑った。

「でも、多くの人に見てもらいたいという想いは、同じだと思います」

女性は、もう一度表紙を見た。

小春は本を開き、いくつかのページをめくった。

「この本では、作ったものを置いておく場所を“本棚”と呼んでいます」

「本棚……」

「本を売るページだけではなくて、その人がどんな本を作っているのか、どういう想いで作ったのか、ほかにどんな活動をしているのかを、まとめて見られる場所です」

小春は、少し考えて言葉を付け足した。

「フラワーアレンジメントなら、“作品棚”みたいな場所に置き換えられるかもしれません」

女性の表情が少し変わった。

「作品棚……」

「販売ページは、買う場所です。でも、いきなり買うかどうかを決めるのは、少し難しいですよね」

「確かにそうですね」

「その前に、どんな作品を作っているのか、どんな色が好きなのか、どんな場面に飾ってほしいのかを、ゆっくり見てもらう場所があるとよいのかもしれません」

小春は本の中の考え方を思い出しながら話した。

本書では、販売ページを「買う場所」、本棚を「選ぶ場所」と分けて考えている。また、Xやnote、Instagramなどの入口から、中心となる場所へ戻れるように小さな道を作ることを提案している。

「今は、インスタと販売ページだけですか?」

「はい。インスタのプロフィールから販売ページに飛べるようにしています」

「作品をまとめて紹介するページはありますか?」

「販売ページが、その代わりだと思っていました」

「販売ページには、値段や大きさは載っていますよね」

「はい」

「でも、この花を選んだ理由や、どんな部屋に似合いそうか、どんな人に贈ってほしいかまでは、あまり載っていないのではないでしょうか」

女性はスマートフォンを見た。

「確かに、説明は『ピンクを基調とした春らしいアレンジです』くらいです」

「それだけでも作品の説明にはなっています。でも、見た人が自分の生活に置き換えられる言葉があると、少し違うのかもしれません」

「自分の生活に……」

女性は、画面に映るピンクのアレンジメントを見つめた。

「例えば、この作品は、どんな人に飾ってほしいですか?」

「そうですね……」

女性は少し考えた。

「仕事で疲れて帰ったときに、部屋に花があると少し気持ちがやわらぐじゃないですか。玄関とか、リビングの小さな棚に置いてもらえたら」

「それを、投稿に書いてみるのはどうでしょう」

「『新作です』だけじゃなくて?」

「はい。『忙しい一日の終わりに、少し気持ちがほどけるような色で作りました』とか」

女性は目を丸くしたあと、静かに笑った。

「それなら、書けそうです」

小春は少し安心した。
間違っていなかったらしい。

「この本には、同じものでも切り口を変えて何度か紹介する、という考え方も載っています」

「何度も紹介していいんですか?」

「毎回同じ言葉でなければ、よいと思います」

小春はページをめくった。

「一度目は完成した作品。次は使った花。別の日には、飾る場所。贈り物として使えること。作ろうと思ったきっかけ。ひとつの作品にも、いくつか入口があると思います」

女性は、今度は自分の投稿一覧を眺めた。

「私、全部『新作ができました』でした」

「それだけ、一生懸命作ってきたということだと思います」

小春はそう言ってから、少し恥ずかしくなった。
うまく言えただろうか。

けれど女性は、やわらかくうなずいた。

「作るだけで、かなり力を使うんです。花材を選んで、形を整えて、写真を撮って。投稿するときには、もう文章を考える力が残っていなくて」

「この本にも、作ること自体が大変だと書かれています」

「本も、花も同じですね」

「はい。たぶん、作ったあとにも仕事が続いてしまうところが」

二人は顔を見合わせ、少し笑った。

店の奥から、木村が静かに声をかけた。

「よろしければ、コーヒーをどうぞ」

木村はカウンターに、湯気の立つカップを置いた。

女性は軽く頭を下げ、窓際の席へ移動した。

テーブルの上にスマートフォンと本を並べる。
窓の外では、夕方の光を受けた路面電車が、ゆっくりと走っていた。

女性は本を開いた。

「最初に全部やらなくてもいいんですね」

「はい。この本では、最初から立派な仕組みを作らず、今使っている場所から始めればよいと書かれています」

「例えば、何からですか?」

小春は女性のスマートフォンを見た。

「まずは、プロフィールのリンク先を少し整えるところからでしょうか」

「販売ページだけじゃなくて?」

「作品をまとめて見られる場所をひとつ作って、そこから販売ページへ進めるようにする。新しいサイトでなくても、投稿をまとめたページやリンク集でもよいと思います」

女性はメモを開いた。

・作品をまとめて見られる場所を作る
・完成品だけでなく、使った花や制作の背景も載せる
・飾る場面を言葉にする
・投稿の最後に作品一覧へのリンクを置く

ひとつずつ入力していく。

「全部、すぐにはできないかもしれません」

「全部でなくて大丈夫だと思います」

「一つだけなら……」

女性は少し考えた。

「まず、プロフィールに作品一覧のページを作ってみます。それから、次の投稿では、どんな場所に飾ってほしいかを書いてみます」

「よいと思います」

女性は、コーヒーを一口飲んだ。

「作品が見られていないと、作ることまで意味がないような気持ちになることがあったんです」

小春は、少しだけ言葉を探した。

「見てもらえていないことと、作品に価値がないことは、同じではないと思います」

女性が顔を上げた。

「まだ、作品までの道が見つかっていないだけかもしれません」

窓から入る光が、テーブルの上の本を照らしていた。

本は、本棚に置かれている。
けれど、そこへ続く道がなければ、誰にも気づかれない。

花も、きっと同じだ。
きれいに咲いていても、咲いている場所を知らなければ見に行けない。

女性は、スマートフォンに映った作品を見つめた。

「この子たちまでの道を作る、ということですね」

「はい」

小春は静かにうなずいた。

「売り込むというより、見つけてもらえる入口を増やす感じです」

女性は本を閉じ、表紙をもう一度見た。

「本について書かれた本なのに、不思議ですね。今の私に必要なことが書いてありそうです」

「作ったものを、もっと届けたいというところは同じですから」

「この本、いただきます」

「ありがとうございます」

小春は本を受け取り、レジへ向かった。

会計を終えると、女性は本をトートバッグに入れた。

「次に来るときには、作品棚ができたって報告できるといいな」

「楽しみにしています」

女性が店を出ると、入口のベルが小さく鳴った。

窓の外では、路面電車が次の停留所へ向かっていく。

小春は、女性が見せてくれた花を思い出していた。

淡いピンクの花。
帰宅した人の気持ちを、少しだけやわらげるための花。

その作品を必要としている人は、きっとどこかにいる。
ただ、まだ出会えていないだけだ。

小春は棚に残った同じ本の背表紙を、指先でそっとなぞった。

本を届ける道も。
花を届ける道も。

たぶん最初は、大きな道でなくていい。
誰かが迷わないように置かれた、小さな道しるべから始まるのだ。


次の話
準備中

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