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息子が「佐渡ヶ島へ行きたい」と懇願しだして半年が経った

息子のこーくんが目を見開いて、福岡の自宅から1000kmほど離れた離島の名を叫ぶようになった。ぼくは困惑した。

──2024年7月、福岡。


『さ〜ど〜が〜し〜まぁあああ!!……さどがしまっ』
『いぃ〜ごぉ〜ねぇり!!!』
『さどかいようしんそうすい!!』
『た〜ら〜い〜ぶ〜ねぇ!!』

「いったいなんなの、それ?」

『けえだよ!ユーチューバーのけえ!!』

何なんだそれは。言われるがままに、YouTubeで「けえ」と検索する。すると「けえ【島育ち】」というYouTuberが現れた。

そこには大量のショート動画が。

うわぁ……。

これはやばい。勘弁してくれよ。もう、動画を見てるだけでこーくんの笑い声が、幻聴で聞こえてくる。「1とかひどすぎるだろwww」って、ツッコミながら笑ってるのが聞こえる。こんなの絶対好きだわ……。

『おとうさん!!さどがしまにいきたい!』


うげぇマジかよ。このYouTubeきっかけで佐渡ヶ島に行くのは、さすがにちょっと……。

「こーくん、佐渡ヶ島って、めちゃ遠いんよ。飛行機を乗り継がないかんし、東京よりも遠いんよ。簡単には行けん」

『それでもいきたい!!』

「行って何がしたいん?」

『いごねりがたべたい』


「は?」

たしかに「いごねり」って叫んでるわ。何なんだよ、いごねりって。

「いごねり」は、日本海でとれるいご草を使ってつくる佐渡を代表する郷土料理。秋から冬にかけて各家庭でつくられていた。(中略)製法が少し異なる類似の食品が各地にあり、「いごねり」は九州の「おきゅうと文化」が北前船や漁船の往来により博多から能登半島の輪島を経由して佐渡に入り、越後各地へと伝わったといわれている。

農林水産省 うちの郷土料理「いごねり」

「これ、おきゅうとやん。福岡で食べれるし、どうしてもって言うんなら、通販で買っちゃあよ」

『さどがしまでたべたいの!!』

なんで草を練ったものを食べるために、1000km先の佐渡まで行かなきゃならんのか。いごねりの方が来いよ。

『あと、たらいぶねにものりたいし』

確かに「たらいぶね」ともよく叫んでるわ。それも何なのよ。

たらい舟(写真ACより)

たらい舟(たらいぶね)は、たらいを船の代わりに用いたもの。新潟県佐渡島の小木海岸では、主に沿岸漁業用に使用され、観光にも利用されている。

Wikipedia「たらい舟」

「これは確かにここでしか無理そうだけど、似たような体験は大濠公園のスワンボートでできるよ」

そう伝えると、こーくんはしょんぼりして黙ってしまった。

その夜、ぼくは家族で佐渡ヶ島へ行くとなると、いくらぐらいかかるのかと調べてみた。ざっと20万円程度だった。

(2年前のUSJ豪遊旅行に匹敵する値段や……)

妻に「佐渡ヶ島に家族で行くのはどうか」と尋ねると「この場所、私には厳しい。行くなら、あなた一人で連れて行ってもらうしかない」とすまなそうに言われてしまった。まあ、それもそうか。佐渡ヶ島とは、福岡県の一般家庭からすれば、そんな場所だ。気軽に行ける場所ではない。

「まあ、一時のマイブームやろ。佐渡ヶ島へ行く予定を立てて、行くころにマイブームが去ってたらかなわん。このまんま泳がせとこ」

もう「けえ【島育ち】」のことを考えないように暮らすと、ぼくは決めた。


──2025年1月、福岡。


『さどがしま! さどがしま! さどがしまっまっまー! うぃっすー!』

状況はさらに深刻化していた。

こーくんは、ひたすらに佐渡ヶ島、佐渡ヶ島と繰り返す。何度か「佐渡ヶ島やめなさい!!」と妻は一喝したことがある。油断すると、すぐに佐渡ヶ島だ。原因ははっきりしている。あれから1か月後、「けえ【島育ち】」はとんでもない楽曲をリリースしてしまった。

なんて歌を出してくれたんだ。

こーくんの本能へ直接ブッ刺さる中毒性。こーくんは、夏休みの終盤、ずっとこれを聴いていた。何度も何度も。だいたい何なんだよ「佐渡ヶ島パレード」って。こーくんそのものじゃないか。

自宅のNintendo SwitchのJOYSOUNDで、こーくんは何度も何度も、佐渡ヶ島パレードを歌った。それはもう、何度も何度も。原曲の数倍、こーくんの歌唱バージョンを聞いた。

『さどがしま! さどがしま! さどがしまっまっまー! うぃっすー!』

『さどがしま! さどがしま! さどがしまっまっまー! うぃっすー!』


どうにかなりそうだ。「けえ【島育ち】」のことを考えないようにするなんて、無理だった。こーくんは『けえにあいたい』とまで言い出した。無理無理無理無理。勘弁してくれよ。

『さどがしまフェスに行けば、けえにあえるんよ』

なんだそれは。ぼくはまた、YouTubeを検索してみる。するとこんな動画が見つかった。

このニュース動画は、ぼくの「けえ【島育ち】」への印象を大きく変えた。

「佐渡ヶ島に2000人も呼んだなんて、普通にすごい実績だ」
「そもそも、なんだかめっちゃ好青年じゃないか」
「こーくんみたいなのが、いっぱいいるじゃないか」
「俺みたいな親もいっぱいいる」


『けえに会いたい!』『佐渡ヶ島に行きたい!』こーくんの懇願は続く。これはそろそろ、ぼくも本気で向き合わないと失礼だ。そこで、ぼくはこーくんにこんな質問をした。


「こーくんは佐渡ヶ島に行きたいの? けえに会いたいの? どっち?」


けえ【島育ち】に会うなら、わざわざ佐渡ヶ島へ行く必要はない。東京や大阪のオフ会に行こう。佐渡ヶ島へ行くのなら、こーくんが長期休暇の平日に行こう。そうじゃないと、見て廻れない。そう説明した。こーくんは頭を抱えて悩んだ。


なら、さどがしまへいきたい。』


ぼくはびっくりした。


──2025年3月、佐渡ヶ島。

2025年3月31日。ぼくは福岡から佐渡ヶ島へ向かっていた。

よくよく調べると、福岡から新潟への直行便もあったし、ちょうどアルビレックス新潟 vs アビスパ福岡の試合が新潟で行われるので、その観戦も兼ねて行ってみることにしたのだった。

妻と次男は自宅待機。旅費を浮かせて、あくまでこーくんの願望を叶えることだけに全力を尽くす。それが、ぼくら夫婦の方針だった。

佐渡ヶ島に到着して、こーくんが一目散に向かったのは、けえ【島育ち】の「銀の盾」展示コーナー。

佐渡ヶ島の両津港にあるフェリー乗り場の、とても目立つところに置いてある。こんな公共の場にいちYouTuberの個人的なものが展示されていること、そのものに驚いた。

さらにフェリー乗り場には、オリジナルグッズコーナーまであるではないか。たかだか3年そこらのYouTuberの立ち位置とは到底思えない。島のマスコットキャラクターくらいの勢いである。

福岡ではありえないその光景に、こーくんのテンションも高まる。佐渡ヶ島まで来たんだから、ぼくも覚悟を決めている。Tシャツや缶バッジ、タオルなどを購入した。

到着日はとくに何もする予定はなかった。ただ、この日はとても天気が良かった。翌日から天候は悪くなるという予報を知り、急遽、けえ【島育ち】がおすすめする、夕焼けスポット「万畳敷」に行くことに。

けえ【島育ち】が現地で開催したバスツアーで紹介していた動画を見たことで、こーくんは「絶対にここで夕焼けが見たい」と言っていたのだ。

この「万畳敷」というのは正式な地名ではありません。場所は沢崎海岸付近。海底が地震によって盛り上がってできた平らな土地(隆起波食台)が広がっています。歩きやすい平らな土地は、岩のりの採集にもたいへん適した場所で、沢崎集落では、板のりの製造などの産業が発展しました。
運がいいと、風が穏やかな日には、平らな土地に薄く水が張った状態になり、まるで「ウユニ塩湖」のような鏡面の世界を楽しめます。

にいがた観光ナビ「万畳敷」

明日借りる予定だったレンタカーを、急遽今日からに。ぼくとこーくんは軽自動車に飛び乗って、日没時間を確認しながら、夕日を追いかけるドライブをスタートさせた。こーくんは、すぐに車の中で眠りについた。

信号待ちのタイミングでこーくんの様子を確認する。顔面全体から力が抜けて、安心しきった寝顔。幸せそうだ。この春から小4になるが、寝顔は赤ちゃんの頃から変わらないような気がする。

「お前が見たがってた夕日を、俺が絶対に見せてやる」

珍しく親父としての使命感に燃える。万畳敷に近づくに連れ、空はだんだん薄暗く、赤みを増していった。

万畳敷には、こーくんとぼくの二人きりだった。

こーくんとぼくのこれまでの人生を凝縮させたような美しさに、ぼくは「連れてこれて良かった」と安堵する。この夕焼けを見て、ぼくは「これはいい滞在になるぞ」と確信した。

「佐渡ヶ島って、どんな島だと思ってるの?」

『さどがしまは、やさしいしまだとおもうよ。』

「えっ、それはなんで?」


こーくんの話によると、けえ【島育ち】のYouTubeの中で、「佐渡ヶ島で0円生活をする」という企画をやったそうだ。その中で登場する島の人たちが優しかったのだと。

へぇ、あの変なショート動画だけじゃなくて、こんな動画も撮ってるんだな……。

翌日はレンタカーでこーくんが巡りたかった場所を巡った。

ちゃんと「たらい舟」にも乗ったし。

「佐渡西三川ゴールドパーク」で砂金とりもできたし。

世界遺産になった「佐渡金山」も見せてあげられた。

トキも見せてあげられた。

ぼくはミッションをコンプリートするごとに、安堵を積み重ねていく。よかった、無事に見せられた。と。

それほど、こーくんの情熱は切実なものであり、叶えてあげたいと思わせるものだった。いい旅になって、本当に良かった。



……まあ、それはいい。ぼくは気になることは他にもある。それは

けえ【島育ち】のせいで、ぼくは縁もゆかりもないと思っていた佐渡ヶ島へ行く羽目になった。……とはいえ、そのおかげでぼくはこーくんと有意義な旅ができた。悔しいが、すごいことである。

ここまで、こーくんが地元以外の地域にこだわったことは、もちろん初めてだ。ぼくとこーくんにとって佐渡ヶ島は思い出の地になったし、愛着も生まれている。そうなると、また行きたくなる。

けえ【島育ち】のニュース映像をみると「子どもが行きたがるので、仕方なく」みたいな感じで連れてきていた、親の姿がたくさんあった。きっと、彼らもぼくと同じような感情になって、佐渡ヶ島への愛着が湧いているのではなかろうか。もしそれでリピーターが生まれたりしていたら……。それは凄いことだ。ぼくは、その可能性を強く感じた。

けえ【島育ち】の影響を佐渡観光のプロに聞いてみた

いったい、けえ【島育ち】さんの影響はいかほどなのか。その実感値はどんなものなのか。

気になったぼくは、佐渡で実際に観光の仕事に従事されている、佐渡観光交流機構のウィロビー晃恵さんに尋ねてみた。

ウィロビー晃恵さんとこーくん

──けえさんの影響で、佐渡ヶ島に来る観光客は増えているんですか?

佐渡ヶ島の観光客数は、年々増加しています。特に子連れ家族の訪問が過去2年間で顕著に増えていると思いますね。

──やっぱり、ぼくらみたいな親子はたくさんいるんですね。

北は北海道から、南は沖縄まで、全国各地からけえさんファンの子どもを連れたファミリーが多く観光にいらっしゃってますよ。

──実際に今回、こーくんもフェリーで意気投合したけえさんファンの子と出会い、北沢浮遊選鉱場で奇跡の再会を果たして。いい思い出になったんです。ほんとに多い。

この旅限りの友だちをつくったこーくん(右下)

子どもたちにとっては「聖地」になってるんですよね。けえさんが活動を始めるまでは、子どもの観光客なんてほとんどいなかったんです。ましてや、子どもが「佐渡ヶ島にいきたい」なんて、なかったと思います。観光客は50代以上の方が中心でした。

──ちなみに、2024年9月の段階で佐渡ヶ島の観光客は前年比の2割増。「佐渡金山の世界遺産登録の効果」と報じられていますけど、けえさんの影響もけっこうあると思うんですよね。

私たちも影響はあると思っています。とくに2024年春に行われた、けえさんが企画した「佐渡ヶ島フェス」は伝説です。閑散期の佐渡ヶ島に2500もの人を呼んだんです。これはすごいことです。

──そうですよね。その実績で、佐渡ヶ島内のけえさんの見られ方も変化したんじゃないですか?

それまでは、島内の観光従事者も半信半疑って感じでした。これは正直、私も含めて。でも、実際にけえさん目当てにたくさんのお子さんが集まっていて、楽しんでいる光景を目の当たりにして「これは本物だ」と思いました。

──しかも、けえさんファンはけえさんだけに興味があるわけではなく、「佐渡おけさ」や「いごねり」「たらい舟」など、佐渡の文化に興味を持っている。

けえさんが動画で繰り返し取り上げてくれるからですね。まさか、島外のお子さんが「佐渡おけさ」の「かさ」をねだることがあるなんて。夢にも思わなかったですから。

もちろんこーくんも購入。

あれは、一つひとつ手作りで……。一時は生産が追いつかなくなることもありました。

──こうしたけえさんフィーバーによる入島者に対し、島民の方は冷ややかな視線を持っていたりはないんですか?

それはまったくないですね。お子さんが佐渡ヶ島にやってくることを、みんな嬉しく思っています。

──逆に「これはまたとない商機だ!」と燃えている人なんかは……?

それもないですね。佐渡ヶ島って、けっこう穏やかな方が多いんです。けえさんを詳しく知らない方も、島が盛り上がることに対しては「いいんじゃない」って感じだし、けえさんを詳しく知っている方は「無理しないようにね」って感じで、暖かく見守っています。けえさんはまだ、大学を卒業したばかりの若者ですからね。

──佐渡ヶ島のそうした風土は、けえさんの活動を見守る上で、すごく合ってそうですね。けえさんが佐渡ヶ島のことが好きで、やりたいからやってるって感じがいいわけですし。

それがいいんだと思います。けえさんの活動により、家族で佐渡ヶ島のファンになっていただいて、何度も家族でいらっしゃる方も出てきていますし、離島留学をする方も生まれているんです。

──リピーターに離島留学……!? そうなってくると、本当に無視できない……。社会課題を解決する上で、学ばなければならない事例ですよ。

けえさんは、私たちが何十年かけてもできなかったことを、楽しく軽やかに実現していってくれました。それは私たちにとっても、たいへん多くのことを学ばせていただいたと思っています。本当に嬉しいことでした。

──実際に、ぼくとこーくんにとっても、佐渡ヶ島は思い出の地になりました。けえさんは子どもたちに種を蒔いているので、きっとこれから5年後、10年後にまた佐渡ヶ島に何か影響を与えてくれるはずです。

インタビューを行った「SADO PORT LOUNGE」

イベントを思い出しながら話す、ウィロビー晃恵さんは涙ぐんでいた。けえ【島育ち】さんの活動から、学ばされることは多い。

特に、こーくんを含めたけえさんファンの子どもたちが、けえ【島育ち】さん本人だけではなく「佐渡の文化を自分も体感したい」と強く願う姿には驚いた。けえ【島育ち】さんの佐渡ヶ島に対する愛情表現が、伝わっているのだ。

「盛り上げなきゃいけないから、盛り上げる」のではなく、「好きだからやっている」。そんな主体性のある取り組みが、地域に奇跡を起こすのだろう。


「こーくん、インタビューを見ていて、どう思った?」

『けえがやってることは、ほんとうにすごいんだなとおもった。』

こーくんは、少し誇らしそう。お父さんが真剣に「けえ【島育ち】」について、インタビューしている姿を見て、嬉しかったみたいだ。


「こーくんさ。こーくんがお父さんになって、自分の子どもが『行きたい』って強く願ってる場所があったら、頑張って連れていってあげなよ。」

『うーん』

こーくんは照れくさそうに笑う。

『できるだけね!』

子どもの欲望に振り回され「やれやれ」とついていく。「勘弁してくれよ」と思うけれど、もうそんな日々は、折り返し地点を過ぎている。

大きくなったこーくんに尋ねてみたい。


「佐渡ヶ島で二人で見た夕日、めちゃくちゃきれいだったなぁ。覚えてるか?」


そして、今日もまた、超くだらないショート動画を見続けるこーくんを許してしまう。ちなみにぼくは、けえ【島育ち】の動画を、ショート動画を含め、今もなおフルで見たことはない。


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