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自己紹介とドルヲタ遍歴を軽く紹介



はじめに


読んでくださりありがとうございます。はじめまして。かーしょうと申します。
如何せんnoteも初めてで文章力も構成力も皆無に等しいので読むに値するものか分かりませんが読んでいただけたら幸いでございます。

ここではかーしょうという奴がどういう人間か、如何にして佐久間宣行氏プロデュースのアイドルグループ「ラフ×ラフ」のヲタク通称ラフり隊と化したかまでの遍歴を軽く紹介します。

Xのポストなどでドルヲタ時代色々苦労しましたが記憶から抹消したいレベルの結構ネガティブなモノなので需要があれば書きますがここでは控えておきます。

自分は岐阜県出身、岐阜県で育ち、岐阜県で就労、生活しています。岐阜でも地理的には愛知県に近く名古屋も30分ほどで出てこられる地域なのでその点は非常に恵まれた場所だと思っています。

岐阜県の移住ポータルサイトより

ドルヲタになったきっかけ


さて、自分がアイドルに興味を持ち始めたきっかけは中学時代のモーニング娘。さんから遡ります。
「ハロー!モーニング」というテレビ東京系列の冠番組を見てコントをやっている姿などが面白くて見入ってそこから色々追っていたように記憶しています。当時推しは石川梨華さんでした。

高校生になると知人の影響でアイドルに興味を持たなくなりそれが大学卒業まで続きます。

社会人になって一度挫折を味わい人生のどん底まで堕ちる時がありました。その時転機が訪れたのはSKE48の結成でした。ネットなどで情報を追ったりしている度に惹かれていき気づけば全国握手会に足を運んでいました。

今でも鮮明に覚えているのは木﨑ゆりあさん、須田亜香里さんの握手対応です。それからたくさんのアイドルの子と接してきましたがこの2人の対応を超えるものはラフ×ラフに出会うまではなかったように思います。

それから2年程はSKE48の現場や劇場に通ったりしていましたが、48グループでは当時宿命だったのが研究生から正規メンバーへの昇格です。この人事は発表される度に賛否両論が渦巻き、現代でやれば確実に捕まるレベルの誹謗中傷などが出るのもありました。
実際自分もその渦に巻き込まれてしまいイヤになって徐々に現場から遠ざかっていました。


乃木坂46との出会い、乃木ヲタへ

そんな中でAKB48の公式ライバル「乃木坂46」結成の知らせが入った。

乃木坂46オーディションサイトより

・AKBより少なくても超える
・劇場を持たない

当時はこういう感じで言われて自分含む48ヲタクは完全に冷ややかな目で見ていたと思います。

「絶対失敗するやろ」

多分だれも疑わなかったと思います。

しかしながら48界隈の荒れぶりや当時転職をしたばかりでのストレスもあり段々と荒んでいっている自分がいました。

そんな中で結成された乃木坂46。何の運命か冠番組『乃木坂って、どこ?』がテレビ愛知さん制作で開始とあって興味本位で初回放送を観ました。
MCを務めるのは今でも「公式お兄ちゃん」と呼ばれているバナナマン。

当時はゲストに芸人さんを呼んでトークをしたり今では王道の企画をしていたが制作会社が以下のYoutubeでも話題になったケイマックス。

当時でも結構攻めた企画ややり口からして入りたての彼女たちは相当苦労したと今では思うしそれがあったから今でもOBが芸能界で生き残っているその礎を築いたんではないかと考えている。

そんな中で衝撃な出会いが待っていた。

『生田絵梨花IH事件』

である。

これを見て当時の自分は衝撃に駆られた。そして何故か自分は彼女に魅力を感じたのだ。

それから乃木坂46を注目するようになり、気づけば横浜アリーナで開催された『2nd YEAR BIRTHDAY LIVE』に初参戦した。

SKEヲタになってから今でも一貫した考えがあって、それは
「アイドルを語るなら直接その目で見てから語るべきである」

アイドル掲示板やSNSでは当時パフォーマンス等に心ない言葉が書き連ねており大体が全く的を得ていなかった。
しかし現場を知らず何も見ない人からしたらその子はそういう子なのだと思われたりそういうグループと思われてしまう。そういう勘違いで機会を奪われるのは違うのではと今でも思っている。

アイドル論についてはこれぐらいにしてこの2ndバスラはさまざまなドラマが生まれたことは乃木坂を知る方にとってはもう当たり前の情報でしかないが、そのストーリー性に胸を打たれて以降は積極的に乃木坂46の現場に足しげく通うことになりました。


乃木坂旋風吹き荒れるなか、欅坂46結成

乃木坂46は徐々に認知され、不満を持った46ヲタや公式お兄ちゃんバナナマンをきっかけに入ってきた方などでどんどん動員も伸ばし、勢いを増してきた。
自分は嬉しい一方で旋風が吹き荒れると同時にヲタクもまた荒れるようになり、現場で嫌なものを見る機会が日に日に増えていったことを覚えている。

そういった悶々とした日々を送っていたある日、衝撃のニュースが発表された。「鳥居坂46、誕生」

坂道シリーズ初の姉妹グループ誕生に乃木ヲタは揺れた。同時に乃木坂46誕生の際に言われたような屈辱的な言葉をまさかの乃木ヲタが浴びせるようになっていた。
自分は色々あってか少し興味をひかれていた。

そして誕生した鳥居坂46改め欅坂46。

お見立て会というイベントが開催されるのを知り、休みだったことから自分は応募するとなんと運がよく当選。

後にも先にも大変貴重なお見立て会に参加することが出来たのは今では感慨深い。
そして、デビュー曲「サイレントマジョリティー」はアイドルのみならず音楽界でも話題となった。

メンバー全員で表題曲を歌うというのもこれまでになく、曲自体も何かに抗うような「かわいい」ではなく「カッコイイ」という概念を生み出したまさに常識や定石を根本から覆すもので、そこに惹かれた。


コロナショック、現場から遠ざかる

それからというものの新型コロナウィルスが蔓延する2020年までは年に数回坂道の現場に足しげく通う日々が続いた。
遠征が楽しくて一人でも十分に楽しめた。旅の楽しさ、素晴らしさを実感する今でもこの時期の推し活が一番良かったと思う。(一方で誹謗中傷や悪質な被害を受けたこともありましたが詳細は割愛します。

しかし、コロナの蔓延で当時ナゴヤドーム(現バンテリンドームナゴヤ)で行われた「乃木坂46 8th YEAR BIRTHDAYLIVE

マスク、消毒液などを常備して何かに触れればすぐ消毒を繰り返しマスクでうまくコールも出来なかったように思える。

こうしてコロナ蔓延で自身の仕事も関係して現場からは遠ざかり配信で応援する日々が続いた。


2025年乃木ヲタからラフり隊へ

それからはコロナ禍でなるべく外出を控え、同時に家庭で色々あった為に趣味の活動をしなくなりました。
そのせいか仕事もうまくいかなかったり、家庭面でもトラブルが続発するなど良くない方にどんどん引きずっていきました。唯一の癒しはドジャース戦を観るくらいでした。

2025年になってようやく落ち着き、野球観戦も出来る環境も出来て、久しぶりにXアカウントを動かすようになりました。
そんな中おすすめのタイムラインに以下のポストが流れてきたのです。

この時までラフ×ラフという存在は認知はしていたものの大した興味は持っていませんでした。
そして2日後にリプ返するとあり、軽い気持ちでリプをすることに。

そして、

これを見てから今までのYouTubeを見返したりして沼に入っていき、11月の最初に行われたリリースイベントに参加することに。

何故、参加に至ったか、何故ふーなぐみに行き着いたかは長くなるのでまた改めて記事にします。

そんな感じで長々と書いてしまいましたがこれが自分がいまに至るまでの経緯でした。

もしここまでお読み頂いた方はあまり面白みはなかったかと思います。

自分は文才もないので曲の考察などの記事は他の方々がまとめてくださっていますし自分が変に誤解を与えたりしてイメージを傷つけてしまってはいけないので多分書かないと思います。

ただ、自分が書いた文字や単語、記事で誰かが新たな一歩を踏み出すきっかけに少しでもなれたらいいなと思ってなるべくポジティブな気分になれる記事を心掛けたいと思います。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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