子供部屋オバサン爆誕
前回バーテンダーの彼氏と同棲し、自分も彼のお店でバーテンダーとなって順調かと思われた矢先に結局別れてしまい、仕事と家を同時にまた失った訳ですが...
①家を借りる
②仕事を探す
この2つを早急にしなければならなかったのですが、熟考した結果、一旦また実家に帰ることにしました。
どうやら同棲は自分には向いていない、いや彼氏を作ることすら向いてないのかもしれない。
だって自分が余りにも幼稚なので誰と付き合ったって結局同じことを繰り返すだけなのでは!?とやっと気付いたんですね。遅い、おっそい、遅すぎる。そしてそんな私が出した結果は…
①実家に帰る
②無職
字面だとなかなか最低最悪なんですが笑
その頃の私はもう疲れ果ててしまっていて、まずは一旦「安全な場所に住むべき=実家」だと考えました。
そして仕事に関してはもう何もやりたい事が思い付きませんでした。それ以外のことも本当に何も考えられない状態でした。
仕事といえば、宅地建物取引士の資格を数年前に取得した頃に、その頃の担当黒服(水商売と不動産屋のダブルワーク)から紹介してもらった不動産会社に業務委託という形で席を置いている状態だったのですが、何か仕事があって気が向いたらするという感じでした。当たり前ですがこれじゃあほぼ生活費にはなりません。
一度ゆっくり休んで考えよう
そう考えた私は1年程ニートをしました。
家から出ずお金も極力使わずに過ごしました。
キャバクラ時代やバーの売上などで多少貯金はあったので実家には毎月お金を入れて、後はただただのんびり過ごしました。(今思えば若干鬱気味だったかも!?)
のんびりしながらも何かしないといけないなとは思っていたのでライブ配信を始めてみたりしましたが、結局すぐに辞めてしましました。
唯一やり続けたことは株式投資のみです。何せ無職なので見ようと思えば9:00~15:00まで張り付けます。ただ完全夜型人間の私が、午前中に起きるのは不可能だったので一応毎日世界情勢やら国内ニュースやら追うか〜ぐらいの感じでゆるくやっていました。
ただひとつここで言いたいことがあるのですが、
この頃なんと37歳なのです。
驚愕ですよね。まともな社会人をやってきた人からしたら自業自得、メシウマと言った所でしょうか。
限界キャバ嬢をやってなかなか抜けられないアラサーからしたら明日は我が身で震える程怖い話でしょうか。
私はもう希望ゼロどころかマイナス、彼氏すら欲しくないという気持ちでした。ほぼ思考停止していましたね。
そして無職になってから約1年後、
自分には本当に何もない。もうどんな仕事でもするしかないと思い、やっとやっと昼の仕事を始める決意をしました。
そして私は、「レジ打ちのパート」を始めました。
その頃の私のマインドとしては、
パートタイムジョブなんて無限にある‼️嫌ならどんどん転職や‼️
です。まぁそうだけど笑
元々ポジティブではあるのですが、それ通り越してヤケクソ気味です。
まぁ何はともあれ、やっとやっとやっと私は37歳にして昼の仕事に就いたわけです。
あの頃の私は、「37歳から人生をやり直すなんて遅すぎる」と思っていました。
でも今ならはっきり言えます。
遅かったのではなく、ようやくスタートラインに立っただけでした。
レジ打ちのパートは、当時の私には決して華やかな仕事ではありません。
それでも、この一歩がなければ、今の私は存在しません。
ここから少しずつ、「普通の生活」が私にとって一番幸せだと思えるようになっていきます。
続く…
