『羽根』〜50代からの進化、60代で空へ〜
【プロローグ】
「まだ終わってなかった」
こたつの上には、
食べかけのお菓子の袋と、
みかんの皮。
テレビの光が、
ぼんやり部屋を照らしていた。
カラン。
夫が酎ハイを作るたび、
氷の音が響く。
娘はドラマを見ながら笑っている。
私は、
その隣でこたつにもぐったまま、
動けなかった。
足の爪を切るのもしんどい。
床に落ちたリモコンが、
少し遠い。
でも、
その少しが遠かった。
「リモコン取って」
娘がため息をつく。
「自分で取りなよ」
分かってる。
そんなこと。
でも、
体が重い。
人生って、
こうやって少しずつ
閉じていくんだと思っていた。
歳を取って、
太って、
疲れやすくなって。
出来ないことが増えていく。
このまま私は、
小さく縮んでいくんだと思っていた。
でも。
あの頃の私は、
知らなかった。
人生は、
まだ閉じていなかった。
⸻
【第一話】
「もう、歳だから」
「ママ、一緒にやろうよ」
娘がテレビにYouTubeを映す。
画面の中では、
元気なインストラクターが踊っていた。
“ダンスダイエット”
「楽しそうだね!」
私は、
わりと本気でそう思っていた。
音楽が流れる。
右、左、
腕を上げて、
足を出す。
……全然ついていけない。
息が切れる。
汗だけはすごい。
「え?足そこまでしか上がらないの?」
娘が笑う。
「まあね」
私も笑う。
「無駄なことして」
リビングに来た息子が、
呆れた顔をした。
「ほんとは出来るの!」
私は笑う。
根拠なんて、
どこにもない。
⸻
ちょっと楽しかった。
ただ笑いながら、
体を動かしたのは、
久しぶりだった。
⸻
だけど。
痩せなかった。
全然、
痩せなかった。
そしてある日。
厚底サンダルで、
軽く足をひねった。
でも、
小指は骨折していた。
娘とのダンスは、
そこで終わった。
⸻
また私は、
こたつに戻った。
焦りだけは残っていた。
夜。
こたつに入りながら、
私はスマホを見る。
『50代 ダイエット 楽』
『痩せる ストレッチ』
検索履歴は、
そんな言葉ばかりだった。
色んなYouTubeを見た。
どれも続かない。
「気持ちよく伸ばして〜!」
動画の先生は笑う。
いや、
分からない。
伸びてるのか、
効いてるのか、
何も分からない。
気持ちよくもない。
「こんなんで痩せるわけないじゃん」
呆れながら、
また別の動画を開く。
⸻
当時の私は、
仕事でもPCに向かう時間が増え、
体はどんどん重くなる。
食べることだけが楽しみだった。
少し動くだけで疲れる。
動かない方がもっと重い。
人生って、
少しずつ閉じていく。
「もう歳だから」
その言葉で、
全部を終わらせていた。
痩せたい。
変わりたい。
頑張りたくはない。
誰か、
どうにかしてほしい。
⸻
その夜も、
私はスマホを見ていた。
動画概要欄を、
なんとなくスクロールする。
そこに、
小さく書かれていた。
『オンライン体学校はこちら』
なぜか、
その言葉に目が止まった。
これだ。
根拠なんて、
何もない。
私は、
吸い寄せられるように、
その画面を開いた。
⸻
【第二話】
「羽根が生えた日」
オンライン体学校は、
十五人だけの小さな場所だった。
毎日の課題を、
Facebookグループに投稿する。
顔も知らなかった人達と、
お腹を曝け出しながら、
毎日自分の話をしていた。
リアルで会わないからこそ、
安心できた。
⸻
先生は真剣だった。
熱くて、
でも親しみやすかった。
「絶対に変わります!」
その言葉には、
本気があった。
だから私は、
信用した。
⸻
火曜日、20時少し前。
「頑張ってね!」
娘が笑う。
「またダイエット?」
夫が薄笑い。
「痩せるといいね」
息子は無関心を装いながら、
ちらっとこちらを見る。
ゴロゴロしている時間は、
相変わらず変わらない。
私はずっと、
お腹をゆさゆさ揺らしていた。
止まっていた毎日に、
小さな灯りがつくみたいだった。
⸻
だけど私は、
ずっと劣等感の中にいた。
みんな出来ているように見える。
私だけ出来ない。
……いや。
本当は、
“出来ないことすら分からない”
に近かった。
「見て、感じて」
先生は簡単そうに言う。
私には、
それが一番難しかった。
だから、
質問も出来なかった。
みんなのやり取りを見ながら、
なんとなく真似をする。
自分だけ置いていかれてる気がしていた。
⸻
「呼ばれない人は、
出来てるってことです」
先生は言う。
私は思う。
“いや違う”
“そこまで到達してないから、
お味噌なんじゃない?”
みそっかす。
私はずっと、
そんなふうに考えていた。
⸻
三ヶ月。
どのくらい痩せたっけ。
家族には何も言われなかったし、
変わってないんだと思っていた。
先生や仲間達は言う。
「変わってるよ」
「最初と全然違う」
私は、
「どうせ励ましてるだけ。」
まだ、
そう思っていた。
⸻
【第三話】
「私はみっこ先生で出来ている」
気づけば、
生活の真ん中に、
いつも先生がいた。
朝はVoicy。
夜はInstagram。
YouTubeの更新を待つ。
「迷ったらGO!」
「諦める癖を探すのを辞めよう!」
「ダイエットはやめる!
やるのはボディメイク!」
止まっていた自分が、
少しずつ前へ押される気がした。
⸻
変われば変わるほど、
劣等感も増えていった。
「できた!」
「変わった!」
そう言える人がいる。
私は、
相変わらずよく分からない。
みんな、
何が見えてるんだろう。
コメントを書いては消す。
ストーリーを見返す。
先生がリアクションをくれると、
それだけで嬉しかった。
⸻
それでも私は、
先生を追いかけた。
リアルイベント。
Voicyコメント。
ストーリー。
先生のいる世界。
その中にいる時だけ、
少し自分を好きでいられる気がした。
⸻
そんな中で、
同じ熱量で楽しんでいたのが、
同期の仲間達だった。
LINEが、
時々ものすごく賑やかになる。
先生の誕生日に、
自分達の顔をはめ込んだグッズを作った夜。
LINE越しなのに、
声を出して笑った。
“大人になってから、
こんなふうに笑えるんだ”
信じられないくらい、
楽しかった。
⸻
沖縄フェスの日。
つまぷる会で名前を呼ばれ、
ステージに立った。
「きーちゃんばさみを教えて!」
先生が笑う。
「そんな立場じゃない!」
「まだ痩せてない!」
そう思いながら、
みんなの前でお腹を掴んでいた。
昔の私なら、
絶対に出来なかった。
⸻
そして。
「グランプリは——」
また名前が呼ばれる。
「え?」
みんなが笑ってる。
先生も笑ってる。
なのに、
まだ恥ずかしい。
でも。
嬉しかった。
みんなに認められて、
“ここにいていい”
と言われた気がした。
⸻
BeforeAfterの盾を、
戒めみたいに家に飾る。
「あれ?私、変わってる?」
少しだけ、
そう思えた。
⸻
その気持ちは、
長く続かなかった。
先生は、
どんどん前へ進んでいく。
仲間達も、
どんどん変わっていく。
みんな眩しい。
私はまた、
後ろに戻っていく気がしていた。
⸻
“私はみっこ先生で出来ている”
本気で、
そう思っていた。
先生がいなくなったら、
私は空っぽなんじゃないか。
そんな怖さも、
少しずつ生まれていた。
⸻
【第四話】
「それでも歩いている」
私は強くなったわけじゃなかった。
相変わらず、
人の言葉に揺れる。
置いていかれた気がする。
勝手に比べて、
勝手に落ち込む。
そんなことの繰り返しだった。
⸻
ある朝。
イヤホンから、
先生の声が聞こえる。
空気が少し冷たい。
私は歩いている。
昔の私は、
歩くことすら面倒だった。
今は、
歩かないと、
なんだか気持ち悪い。
⸻
離れたいのか。
離れたくないのか。
自分でも分からない時がある。
アーカイブ参加が増える。
少し距離を取る。
朝はやっぱり、
Voicyで始まる。
⸻
ある日、
先生が言った。
「ダイエットとは、
ご機嫌な自分探し」
その言葉が、
ずっと残った。
⸻
完璧じゃない日もある。
落ち込む日もある。
人との距離が、
分からなくなる日もある。
それでも。
そんな自分ごと、
連れて歩いている。
⸻
人生は、
急に変わるわけじゃない。
羽根は、
急には生えない。
でも。
気づかないうちに、
ちゃんと育っていた。
⸻
【エピローグ】
「そのままで立っている」
昔の私は、
変わらなきゃと思っていた。
痩せなきゃ。
認められなきゃ。
ずっと、
何かを足そうとしていた。
⸻
今は、
少し違う。
完璧じゃなくていい。
羨ましくなる日もある。
何もしたくない日もある。
でも。
そんな自分を、
前ほど嫌わなくなった。
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イベントに夢中だった頃より、
少しだけ、
家にいる時間が増えた。
一度離れた家族との距離も、
少し近くなった。
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“私はみっこ先生で出来ている”
今でも、
そう思う。
笑った日も。
苦しかった日も。
歩いた日も。
全部ちゃんと、
今の私になっている。
⸻
人生は、
何歳からでも開いていく。
今日も私は、
先生の声を聴きながら、
空を見て歩いている。
