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静かなエンジンの温度 : 日々是口実

世の中には、二通りの「熱い人」がいる。



一人は、まるで焚き火のような人だ。
「みんなで頑張ろう!」と大声で声を掛け合い、悔しいときには涙を流し、嬉しいときにはハイタッチを交わす。目に見える炎と、パチパチとはぜる音。その熱さは分かりやすく、周りにいる人をまたたく間に巻き込んでいく。私たちはそういう姿を見て、「あの人は本当に情熱的だ」と安心し、胸を熱くする。

一方で、まるで「最新式の高効率エンジン」のような人もいる。
表面はひんやりと冷たく、音も静か。けれど、その内部では凄まじいエネルギーが100%の効率で回転している。
そういう人は、トラブルが起きたときほど静かになる。感情を爆発させる代わりに、「どうすればこの問題を根本から解決できるか」「どうすれば誰も傷つかずに、一番美しいゴールへたどり着けるか」という作戦を、脳がちぎれるほど考え抜いている。
けれど、この「静かなエンジン」タイプは、時々とても損をしてしまう。
周りからは「淡々と処理しているだけ」「なんだか冷めているよね」なんて、勝手に誤解されてしまうのだ。煙も出さず、余計な火花も散らさないから、周りからはその中身が「空っぽ」であるかのように見えてしまうらしい。
これはいわば、「情熱」という言葉の、ちょっとしたすれ違いだ。
焚き火タイプの熱さを愛する人にとって、大切なのは「感情の共有」だったりする。まずは一緒に悩み、一緒に泥をすすり、同じ温度の言葉で語り合いたい。だからこそ、すぐに冷静な解決策を提示してくるエンジンタイプを見ると、「冷たく突き放された」ように感じてしまうのだ。
でも、エンジンタイプの人だって、決して冷酷なわけではない。むしろ、誰よりもその仕事や仲間のことを考えているからこそ、感情論で動いて共倒れする未来を先回りして防ごうとしている。彼らにとって、無駄のない仕組みやロジックを作ることこそが、最大限の「誠実さ」であり、愛情の表現なのだ。
もちろん、世の中には知性を盾にして、他人を冷笑したり、見下したりする人も少なからずいる。だから、周囲が「静かで頭の良さそうな人」に対して、少し身構えてしまう気持ちもよく分かる。
けれど、もしあなたの周りに、いつも冷静で、流れに流されず、淡々と役割を果たしている人がいたら、その表面の温度だけで「冷たい人」と決めつけないでみてほしい。
いちばん冷たく見える鉄の扉の向こう側で、誰よりも強烈な「なんとかして未来を良くしたい」という静かな執念が、赤々と燃えているかもしれないから。

表に見える炎だけが、情熱のすべてじゃない。
静かに駆動するエンジンの熱さに気づけたとき、世界の解像度は、少しだけ優しく上がっていくような気がする。

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