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アポロ13号の事故(定例食事会の謎69)

 月に一度の夕食会。今夜も、春山、高橋、南田、ケゾえもんの四人は、馴染みのレストランに集まっていた。ワインを片手に、議論を交わすこの時間を、彼らは心から楽しんでいる。

「アポロ13号の事故って、知ってる?」

 ケゾえもんが話を切り出した。

「もちろん知ってるわ」

 南田が頷く。

「月着陸ミッションの最中に、月へ向かう途中の宇宙空間で爆発を起こしちゃったのよね」

「それでサービスモジュール(SM)って呼ばれていたロケットエンジンや発電装置がある部分が広範囲に壊れた。でも月着陸船が無事だったから、そのロケットを使って帰ってきたんだよな」

 高橋が補足する。

「そう。爆発の規模は結構ひどくて、SMの機能のほとんどが失われたんだ」

「ロケットだけじゃなくて、電気も水もSMから供給される設計だったのよね?」

 春山が確認するように言う。

「そう。そのせいで、残った電気は月着陸船の分しかなかった。地球に帰るまでの4日間、電力を節約しなきゃならなくて、ほとんどの機器のスイッチを切らなきゃならなかったんだ」

「でも月着陸船のバッテリーはフル満タンだったんだろ?」

「それはそうなんだけど、SMに積んでいた燃料電池と呼ばれる発電システムがとんでもなく高性能のもので普通の家庭の1ケ月分くらいの容量が使えた。一方月着陸船のバッテリーは、まあテスラ1台分くらいの容量しかなかった。つまりいままでじゃぶじゃぶいくらでも電気使えていたのが、超節約しなくてはいけなくなったしまったんだ」

「それで暖房もなにもかも切らないといけなかったんだよね」

「それで、船内の温度が摂氏3度まで下がったのよね」

 南田が少し寒そうに身を縮める。

「そう。そんな状況は想定されてなかったから、セーターの一枚もなく、宇宙飛行士は薄いジャンプスーツだけで過ごさなきゃならなかった。寒さで眠ることもままならなかったらしい」

「しかも、そんな状態でやることが山ほどあったんでしょ?」

 春山が驚く。

「その奮闘の様子がトムハンクス主演の映画『アポロ13』に描かれてたよな」

 ケゾえもんがワインを傾けながら言う。

「たしか、飛行士たちは疲労困憊してて、最後に地上管制から送られた大気圏再突入の長い手順を、宇宙飛行士のひとりのスワイガートがメモするんだけど、あまりの疲れで自分の書いた字が乱れて読めなかったって話があったわよね?」

 南田が思い出したように言う。

「そうそう。しかも、電気が切れる前に、慣性誘導装置のデータを月着陸船に移さないと、宇宙で迷子になるって必死になってた場面もあった」

「宇宙で迷子? それなら天測で位置確認できなかったのかしら?」

 春山が疑問を口にする。

「うん、俺たち、天測による航海についてはだいぶ勉強したから、そこが気になるな」

註:マット・デイモンは天測できるか(定例食事会の謎11)参照

「これはもうチャクラポンに聞こう!」

 いつもの給仕、チャクラポンが静かに近づき、軽く会釈する。

「お尋ねですか?」

「アポロ13号は、慣性誘導装置が使えなくなっても、天測で位置を知ることはできなかったの?」

 南田が率直に聞く。

「技術的には可能でした。六分儀も持っていってました。しかし、爆発のときに発生したガスや破片、チリが宇宙船の周囲を取り囲んでいたのです」

「えっ?」

 高橋が驚く。

「宇宙は真空ですから、ガスや破片は宇宙船と同じ速度で進み続けます。そのせいで、なかなか視界が開けなかったのです。ガスの粒は太陽光を反射してきらきら光ります。星がみえてもガスの粒と見分けがつきませんでした」

「つまり、星を観測すること自体が不可能だったのね……!」

 春山が納得する。

「はい。すくなく最初は星の天測はできませんでした」

「おー、かなりヤバかったんだな」

 ケゾえもんがしみじみと言う。

「でも、宇宙船の位置は、地上からの電波観測で判明していたんですよ」

 チャクラポンが淡々と続ける。

「えっ!? じゃあ、映画みたいに『迷子になる!』って大騒ぎしてたのは?」

 南田が驚く。

「演出です。もちろん、慣性誘導装置のデータは、残っていたほうがベターではありますが……」

「つまり、NASAは、アポロ13号の宇宙空間での3D位置を正確に把握していたってこと?」

 高橋が確認する。

「その通りです。NASAは、電波の帰ってくる時間の測定や、各地上局での角度測定によって、アポロ13号の位置をほぼ正確に計算していました」

「なるほど、電波の帰ってくる時間を測ることで、距離がわかるってやつね」

 春山が感心する。

「誤差は何ピコ秒くらいだったんだい?」

 ケゾえもんが興味津々に尋ねる。

「当時の技術で、誤差はおよそ数十ピコ秒でした」

「ってことは……」

「NASAが把握していたアポロ13号の位置の誤差は、広い宇宙空間でも1キロ以内だったと思われます」

「おお……! じゃあ、映画での『迷子になるから大変だー!』ってのは……」

「完全な演出ですね。迷子になることはありえませんでした」

「なんにしても、迷子にならなくてよかったわね~」

 南田がホッとしたように微笑む。

「実際、あの状況で地上との通信がなかったら、パニックになってたかもしれないな」

 高橋が言う。

「NASAの地上管制がしっかりしていたからこそ、アポロ13号は無事に帰還できたのね」

 春山がしみじみと頷く。

「でも、こうして改めて考えると、映画の演出ってやっぱりドラマチックにするために誇張されてるんだな」

 ケゾえもんがワインを傾ける。

「まぁ、映画だからね。でも、宇宙開発の凄さを伝えるには、あれくらいの演出も必要なのかもしれないわね」

「今日もまた、ひとつ賢くなったわね」

 南田が満足そうに微笑む。

「宇宙の話って、聞けば聞くほどロマンがあるなぁ」