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あのさ、から終わるお話

ばっと火柱が立ち、カウンターの前の鉄板で分厚い肉が焼けているのをぼーっと見ながらワインに口をつける。隣には目を輝かせながらそれを見る彼がいる。そんなに目を輝かせるほどのものじゃないでしょ、と心の中でつぶやく。
「こんな高そうなお店始めてきた!」
私より2つ下でまだ大学生の彼が言った。
「私だって上司に連れてきてもらった以来だよ。」
「さすが社会人だね〜」
そんな会話を交わしながらも私の心はそこにはなかった。

今日私は彼と別れる。

私はこれまでそれなりに恋愛をしてきたし、遊んでも来た。それを経て得た答えは、恋愛は別にしなくてもいい、だった。眠れない夜に頭に浮かぶ人なんていないし、ふらっと入ったお店で、これあの人に似合いそう!なんて思ったことは無いし、うれしい時、悲しい時、何か感情が動いたときに、会いたくなる人、その感情をあの人に言いたい、と思うこともなかった。

彼が私のことを好きでいてくれてるのは、言動や彼の周りの友達の雰囲気から分かっていた。それを気付いても、私のこころが惹かれることはなかった。
みんなで週末の予定の話をした夜、彼から遊びに誘われた。ついさっき、今週末の予定が白紙であることを発表してしまった手前、断る理由が見つからず2人で出かける約束をしてしまった。
めんどくさいなと思いつつ実際に2人で会ってみると、とても楽しかった。彼とは話も合うし、明るい性格で、一緒に居る人を飽きさせないし、所々で彼の優しさ、それも作り物ではないと分かる優しさが感じられて、時間が過ぎるのがあっという間だった。
その日のうちに次の予定を決め、それから2週間に1回くらいの頻度で彼と2人で出かけていた。最初はただただ彼といるが楽しいだけでほかのことは考えていなかったが、何度も2人で会ううちに彼のことを好きになれないのが申し訳なく思えてきた。こんなの傲慢だとわかっていたが、彼の好意がつらかった。
だからもう、これで会うのはやめよう、最後にしようと思った5回目のデートで、彼から告白された。されてしまった。

彼の、「僕の隣にいてくれませんか。」という言葉に私は少し間を置いて、
「よろしくお願いします」と答えてしまった。

そのうち好きになる、どこかでそう思っていた。だって一緒に居て楽しいし。見た目だってそこそこかっこいい。だからそのうち、好きになる。
そう思い続けて4年が経ってしまった。
実際、彼とのデートは毎回楽しかったし、彼から貰ったプレゼントも大切に使ってるし、体の相性だって良かった。

でもそれだけだった。
やっぱり眠れない夜に彼のことは考えないし、ふらっと入ったお店でこれ彼に合いそうと思ったこともないし、嬉しかったり悲しかったり、何か感情が動いた時に、彼の顔が浮かぶことは無かった。
それが申し訳なくて、同時にこんなにも尽くしてくれる素晴らしい彼のことを好きになれない私に嫌気がさしてしまい、だんだんと彼と目を合わせることができなくなっていってしまった。
だから、もう、別れるしかなかった。

別に、これからも一緒に居れない事はない。でもそれは彼のためにはならないだろう。いや、彼のためにならないという言い訳をして、最低なことをした自分の罪を隠したいだけかもしれない。
彼とすごした全ての時間、私は彼の気持ちを踏みにじってしまっていたのだろうか。ふとそんなことが頭を過り、彼といてはいけないと思った。

私は彼と別れても泣くことは無いだろう。彼がいないことが私の世界に大きな影響を与えることは無い。

彼はどうだろうか。私が別れたを告げたら、彼は泣くだろうか。泣いて欲しくないな。素直にそう思った。彼が笑顔で別れてくれたら私の罪の意識はやわらぐだろうから。この期に及んでまだ自分が楽になるようなことを考える私が嫌だった。

横に座る彼を見る。窓の外の夜景を見つめているその横顔から、なんとなく寂しさが感じられた気がした。
気付いてるのかな、今日別れを告げられること。
誕生日以外私から出掛けようなんて誘うことはなかったから、気付いてもおかしくはない。

彼が私の視線に気付く
「どうしたの?なんか顔についてる?」
「ううん、なんでもないよ。」

私は彼に何をしてあげられただろうか。恋愛としては違ったが、彼のことは1人の人間としては好きだった。だから、彼の辛いところは見たくない。私が辛い思いをさせていることは間違いないけれど、それでもやっぱり泣いてるところは見たくなかった。

思い出して、これは泣くような恋じゃなかったでしょ。

心でそう呟きながら、椅子を少し、彼に近づけて座り直した。


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都内の中でも有名な高級店が並ぶ地域のビルの15階。
親がお金持ちでもない普通の大学生の僕には縁もゆかりもないようなレストランに彼女は連れてきてくれた。
目の前のカウンターの鉄板で火柱が上がる。僕は思わず小さく「わぁ」とつぶやきそれを見ていると、隣で彼女が少し笑った気がする。彼女は社会人なので、きっとこういうお店ももう上司とかに連れてきてもらってるのだろう。
「こんなお店始めてきた!」と少し大げさにリアクションすると、
「私だって上司に連れてきてもらった以来だよ。」と、彼女は答えたが、目は合わなかった。
「さすが社会人だね~」と答えながら、僕の予想は確信へと変わった。

今日僕は彼女にふられる。

一目惚れだった。僕が大学1年の時彼女は3年。友達に誘われた新歓で隣に座ったのが彼女だった。きれいなミルクティーベージュの髪の毛をほめると
「昨日染めたの。今まで一番キレイに染まった」
と言って僕に見せた笑顔が、大人っぽくて、その瞬間から彼女のことが好きだった。
些細なことだと笑う人もいるかもしれない。でも僕はその笑顔にどこか寂しさというか、なにか哀愁というか、そばにいたいと思わせる何かを感じてしまったのだ。

順調な恋愛だったと思う。はじめて二人で遊んだ時にもう次の予定を決めていたし、二週間に一回は二人で遊んでいた。そんな関係を二か月過ごした後、5回目のデートで僕は告白した。ふられる未来は見えなかったし、当然ふられなかった。
ただ、今思い返すと、あの時、返事が即答じゃなかった気がする。あの時は浮かれすぎてそこまで気にならなかったが、その時からこの結末は決まっていたのかもしれない。


彼女と毎日を過ごしていく中で、少しずつ、それでも確かに自分の想いが一方通行に感じ始めた。連絡し始めるのはいつも僕で、LINEを終わらせるのはいつも彼女だった。遊ぶ予定を立てるのはいつも僕で、彼女からは、僕の誕生日以外予定を立ててくれたことがなかった。話している時も、段々と目が合わなくなってきた。
なにより、彼女の口から
「好き」
の二文字を聞いたことがないことに気が付いた。

別に口に出さないだけで思っていてくれてるのかもしれない。口に出して伝えて欲しいという僕の考えが、年上の彼女からしたら幼いのかもしれない。

僕の「好き」
に、彼女はいつも
「ありがとう」
と返した。
ありがとう、とても素敵な言葉なのに、この時ばかりはとてもさみしい言葉に感じた。
ありがとうの中にさみしさを感じた時、分かった。

彼女にとって僕は、いてもいなくても変わらなかったんだ。
僕たちはこれまで、同じ時間と同じ空間を共有して、たくさん笑顔を作りあってきた。
そう思っていたのは僕だけだった。

決して嫌われていたわけではなかったはずだ。
嫌いな人の誕生日をわざわざ祝ったりする人はいないだろう。
嫌いじゃない。それだけ。
彼女にとっての僕は、嫌いじゃない、それだけだったのだ。
彼女はきっと、眠れない夜に僕のことを考えたり、たまたま入ったお店でこれ僕に合いそうなど考えたり、嬉しかったり悲しかったり、何か感情が動いた時に、まっさきに僕の顔が浮かぶことはないだろう。そんなことを思っていたのは僕だけだったのだ。

これまで一度もなかった彼女からの誘い。きっとこれまで嫌いじゃないだけで付き合ってしまったことの申し訳なさから来たものだろう。その優しさは、全く優しさではないことに彼女は気付いているのだろうか。そう思って彼女の方を見ると、彼女もこちらを見ていた。
「どうしたの?なんか顔についてる?」
思いがけず目が合ってしまい、慌ててごまかす。
「ううん、なんでもないよ。」
そう答える彼女はやっぱり、素敵で、儚くて、ずっと隣にいたい、そう思ってしまった。

彼女は僕と別れてからどうするのだろうか。もう他に好きな人でもいるのだろうか。別れてから少しくらい、あいつ、いい人だったな。なんてことを思ってくれるだろうか。僕を傷つけてしまったことに涙を流してくれるだろうか。

あなたにとって、これが泣くような恋だったらいいな。

さっきより心なしか、彼女との距離が近くなった気がする。同時に彼女との別れの時間も近くなったような気がして、僕はまたさみしくなる。


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「あのさ」
「あのさ」
二人の声が重なる。
今、終わりへの号砲が、静かに、だけど力強く響き渡った。ここからの数分間、二人はきっと、これまでで一番同じ方向を見て走るだろう。
その先にあるゴールは、どちらにとっても幸せなものでは無いだろう。
鉄板に置かれた海老が情けない音を立てて小さく丸くなっていく。
あのさ、の後の言葉が2人とも出てこない。彼が彼女に小さな声で何かを言ったが、その声は小さすぎて、海老の小さくなっていく音にかき消される。かき消されるために、あえて小さく言ったのかも知れない。
再び彼が口を開く。
「海老、焼くとこんなに小さくなっちゃうんだね」
「そうだね」
「なんか、もったいないね」
「そうかな。私は小さく、ぎゅっと味が詰まってくれた方がいいな。」
「俺は大きいまま味が詰まってほしいかな」
「それはわがままだよ」
彼女が少しだけ笑った。

「私の言いたいこと、お料理が全部出たら言うね。」
「うん、わかった。じゃあ、一旦食べようか」
「なんか言いたいことあったんじゃないの?」
「うん。後ででいいかな。冷めたらもったいないし。せっかくおいしいところ連れてきてくれたんだし。今はおいしく食べる事だけ考えることにする。」

2人の未来は、最終コーナーを回り、あとはまっすぐに進むだけだ。
2人の前に差し出された海老を、ほぼ同時に口に運ぶ。
「おいしいね」
彼が彼女の目を見て言った。
「うん、ほんとおいしい。」
彼女が彼の目を見てい言った。

2人は今、しっかりと目を合わせることができていた。

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