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神の不在証明、及び宗教を持たない人のウェルビーイングのためのDAO組成の提案

割引あり

要旨(Abstract)

本稿は宗教を終わらせるものである。

宗教は妄想であり欺瞞であり詐欺的行為である。進化論があり、人が宇宙に行き、DNAや原子の存在が標準的な教育で提供され、歴史や科学や情報に自由にアクセスでき、インターネット、人工知能まで一般的に使用される現代において、死やわからないことへの不安に付け込んで自由と財産を巻き上げる行為が合法で、社会に公然と存在して良いはずがない。

宗教は国家以前から存在する巨大な社会制度であり、その全面的否定は過大な社会的コストを伴う。近代国家はこの問題に対し、宗教的言明を事実命題として扱わないという法的・制度的フィクションを採用することで対応してきた。我々はこのフィクションを今後も維持するのか?

今日、世界において宗教を持たない人は多い。そういった人々が心理的、物理的な不利益や制限を受けることは少なくないが、そのことに対してのケアは十分ではない。宗教二世の問題は社会課題になっているが、不利益が明確でない層においても、生きづらさ、カミングアウトの不安、宗教行事における時間や金銭の損失などウェルビーイングを阻害する要因は多い。日本において、「信仰宗教なし」の人は62%でありマジョリティである[1] [2]。しかし、一般社会ではマナーとして宗教についての話題は避ける一方、宗教に帰属する人々はその宗教を普及させる行動を行うという非対称性により、宗教を持たない人はマイノリティとしての立場を余儀なくされることが多い。これらについては日本を含む先進国についての状況であるが、政教分離が行われていない国における宗教を持たない人の状況についてははるかに深刻である。また、本人が宗教を持つ持たないにかかわらず、宗教によってもたらされる被害もまた甚大である。

宗教批判はこれまでも行われているが、いずれも宗教の実際的終焉には至っていない。一般にも名が知られているリチャード・ドーキンスが、明確に『神は妄想である』という本を出版し、百万部以上販売され、しかし現実に、少なくとも日本で生活している私の生活には一切何の影響を与えていない。

トマス・クーンが『科学革命の構造』で述べている通り、パラダイムシフトが起こる仕組みは人々の考え方が変わることではなく、世代交代によるものであり、宗教も、世代交代により消滅するのであろう。

現時点の公開されている情報で、宗教が妄想であり欺瞞であり詐欺的行為であることは自明である。しかしながらパラダイムシフトが起こるには世代交代が必要である。したがって、神の不在証明は必要なく、ただ時間が経過するのを待つことで宗教は消滅する。だからといって、何もしないことが正しい選択なのだろうか。明らかで巨大な不正と不善があり、それに対してただ時間が経過することを待つのが唯一の生き方であるのなら、もはや自分は存在しないも同じである。

私は宗教の終焉という流れを見越した上で、その終わりを記録し促進する意志を持つ実践者でありたい。

この課題に対しての現実的な実装として、宗教を持たない人が生活を送るうえでのウェルビーイングの向上を目的としてDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)の組成を提案し、組成、その効果を検証する。

[1] 日本人の宗教的意識や行動はどう変わったか 放送研究と調査 2019年4月. Available at: https://www.nhk.or.jp/bunken/d/_data/research/yoron/BUNA0000010690040003/files/20190401_7.pdf [Accessed 1 May 2026].
[2] 日本人の宗教的意識や行動はどう変わったか NHK放送文化研究所. Available at: https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/20190401_7.html [Accessed 1 May 2026].

本稿は何でないのか

本稿は学術論文ではない。その他あらゆるフォーマットの制限を受けない。

本稿は個人のバックボーンによって信頼を得るものではない。私は、本稿を執筆している現在時点で、前科はない。逮捕、書類送検された経験もない。また、どの党の党員でもない。しかし、私の属性が何であれ、宗教が妄想であり欺瞞であり詐欺的行為である事実になんら影響するものではない。私が何者であれ、どんな犯罪を犯そうと、或いは、どんな宗教に入信しようと神仏に祈ろうと、神はいない。

本稿はAIによって書かれたものではない。

本稿は問いではない。なぜ人は宗教を信じるのか、なぜ人は宗教を生んだのかという問いを考えるものではない。仮に、進化論的に人間は、ある割合で間違った選択をする、それが理にかなっている、としても、それは宗教が妄想であり欺瞞であり詐欺的行為であることを否定するものではない。

本稿は、本心から神がいると思っている人を説得するためのものではない。現在、一般的に得られる情報で、神の不在、宗教が妄想であり欺瞞であり詐欺的行為であることは自明である。また、国または地域によってその水準の情報が得られない方については、なおのこと本稿の示す内容が通じることはないだろう。これはそれらの人について放置すべきという主張ではなく、あくまで本稿が対象としていないということである。

本稿は、宗教の功罪を検討するものではない。

本稿は、わからないことを新たに断言するものではない。本稿は、「死んだら天国に行ったり地獄に行ったり、生きていた間の行動について裁きが行われたりする」というのが妄想であり欺瞞であると述べているに過ぎず、「人が死んだら消滅する」ということを述べているのではない。

本稿は、心理学等によって宗教に関わる事象を分析するものではない。

本稿は、うまくいっているものを壊そうという提案ではない。しかしながら、詐欺的行為によって金銭や地位や生活を得ている者の、その維持に協力するつもりもない。実家が神社や寺であるという人は本稿を受け入れがたいかもしれないが、歴史の上では、実家が奴隷商や人身売買業であったという人もいただろう。

私は、自分の能力の不足をやらない理由にはしない。

1. 序論(Introduction)

法的・制度的フィクション

宗教は妄想であり欺瞞であり詐欺的行為である。進化論があり、人が宇宙に行き、DNAや原子の存在が標準的な教育で提供され、歴史や科学や情報に自由にアクセスでき、インターネット、人工知能まで一般的に使用される現代において、死やわからないことへの不安に付け込んで自由と財産を巻き上げる行為が合法で、社会に公然と存在して良いはずがない。

宗教は国家以前から存在する巨大な社会制度であり、その全面的否定は過大な社会的コストを伴う。近代国家はこの問題に対し、宗教的言明を事実命題として扱わないという法的・制度的フィクションを採用することで対応してきた。我々はこのフィクションを今後も維持するのか?

宗教が人類に対して与えた良い点、悪い点は多く分析されているが、その功罪を問わず、現代、現時点において宗教という明らかな虚構が許容されることが問題である。社会全体が宗教という巨大な虚偽、真っ赤な嘘を容認・黙認している状態でそれ以外の議論を行う現状は、構造的な不正義を無視した茶番である。端的に、宗教が虚偽であるにもかかわらず、虚偽であることを不問にする社会の構造そのものが、知的に不誠実であり、正義や事実を語ることのできる状態ではない。宗教が陰謀論でなくて何が陰謀論なのか。宗教を放置して何のファクトチェックを行うのか。

宗教の現在

今日、世界において宗教を持たない人は多い。そういった人々が心理的、物理的な不利益や制限を受けることは少なくないが、そのことに対してのケアは十分ではない。宗教二世の問題は社会課題になっているが、不利益が明確でない層においても、生きづらさ、カミングアウトの不安、宗教行事における時間や金銭の損失などウェルビーイングを阻害する要因は多い。日本において、「信仰宗教なし」の人は62%でありマジョリティである[1] [2]。しかし、一般社会ではマナーとして宗教についての話題は避ける一方、宗教に帰属する人々はその宗教を普及させる行動を行うという非対称性により、宗教を持たない人はマイノリティとしての立場を余儀なくされることが多い。これらについては日本を含む先進国についての状況であるが、政教分離が行われていない国における宗教を持たない人の状況についてははるかに深刻である。また、本人が宗教を持つ持たないにかかわらず、宗教によってもたらされる被害もまた甚大である。

Pew Research Centerのレポートによると、2020年時点で、世界の人口の75.8%が何らかの宗教に所属している。対して、無宗教と答える人は24.2%で、キリスト教28.8%、イスラム教25.6%に次ぐ比率である 。アメリカ合衆国は、中国に次いで世界第2位の宗教的無関係な人々を擁し、日本を上回っている [3]。世界においては依然宗教が蔓延している状況であり、また、宗教を持たない人も一定数いると言える。

[3] How the Global Religious Landscape Changed From 2010 to 2020 Pew Research Center. Available at: https://www.pewresearch.org/religion/2025/06/09/how-the-global-religious-landscape-changed-from-2010-to-2020/ [Accessed 1 May 2026].

2. 先行研究・理論(Literature Review / Theoretical Framework)

近代、現代の宗教批判

宗教への批判はこれまでも行われている。特に有名なものを以下にあげる。内容については本稿の趣旨とは外れるため要約をしない。

マルクス 『ヘーゲル法哲学批判・序説』(1844年)
ニーチェ 『道徳の系譜』(1887年)・『アンチクリスト』(1895年)
フロイト 『幻想の未来』(1927年)

いずれも宗教の思想的批判には成功したが、宗教の実際的終焉には至っていない。

現代において、特に明確な宗教批判としては以下のものがある。

ドーキンス『神は妄想である』(2006年)

一般にも名が知られているリチャード・ドーキンスが、明確に『神は妄想である』という本を出版し、百万部以上販売され、しかし現実に、少なくとも日本で生活している私の生活には一切何の影響を与えなかった。

パロディ宗教による宗教批判

宗教を模したパロディ宗教によって、宗教批判、もしくは宗教が担っている部分を代替する取り組みがある。

ベーコン合同教会
https://ja.wikipedia.org/wiki/ベーコン合同教会

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教
https://ja.wikipedia.org/wiki/空飛ぶスパゲッティ・モンスター教

こういった活動は方向性としては理解でき、それを批判するつもりはないが、自分の助けにはならなかった。理由は以下の二点である。

第一に、アイロニー、パロディであることは理解できるが、ジョークのセンスが独特である。

第二に、宗教は妄想であり欺瞞であり詐欺的行為であると考えているので、その宗教の一つとして無宗教を加えたいとは思わない。宗教を書く欄に無宗教を加えたいのではなく、宗教を書く欄があるのが異常だと思っているし、いずれその価値観がマジョリティになると思っている。

パラダイムシフトについて

自分よりも明らかに知能が高く、金銭的に不自由なく良い教育を受け科学的な知識を持つ欧米人が、冷静に科学分野の話をしたのと同じ口で、宗教に関する話題だけ科学的な考えや事実に対する姿勢が完全に消滅するのを見ると不思議な気持ちになる。そんな詭弁は、通常の裁判では通用しないし、研究では通用しないが、何故か宗教に関してはそうなるのだ。パラダイムというのは、そういうものなのだろう。

トマス・クーンが『科学革命の構造』で述べている通り、パラダイムシフトが起こる仕組みは対話や人々の考え方が変わることではなく、世代交代によるものであり、宗教も、世代交代により消滅するのであろう。

トマス・クーンは、マックス・プランクを引用している。
「新しい科学的真理は、その反対者たちを納得させ、光を見させることによって勝利するのではなく、むしろ反対者たちが最終的には死んで、新しい真理に慣れ親しんだ世代が成長するから勝利するのである」[4] [5] “a new scientific truth does not triumph by convincing its opponents and making them see the light, but rather because its opponents eventually die, and a new generation grows up that is familiar with it.” [4]

[4] Max Planck, Scientific Autobiography and Other Papers, trans. F. Gaynor (New York, 1949), pp. 33–34.
[5] トマス・S・クーン, 青木薫 訳, 科学革命の構造, みすず書房, pp. 231, 2023

本稿の背景

前述の通り、現時点の公開されている情報で、宗教が妄想であり欺瞞であり詐欺的行為であることは自明である。しかしながらパラダイムシフトが起こるには世代交代が必要である。したがって、神の不在証明は必要なく、ただ時間が経過するのを待つことで宗教は消滅する。だからといって、何もしないことが正しい選択なのだろうか。明らかで巨大な不正と不善があり、それに対してただ時間が経過することを待つのが唯一の生き方であるのなら、もはや自分は存在しないも同じではないか。

世代が変われば、宗教は消滅する。しかし、それは、放っておいていいということではない。「人種で人権が制限されるべきではない」という考えは広まると分かっていても、奴隷制度を放置していてよい理由にはならない。「自然に変わる」は免罪符にならない。

また、世代交代によってパラダイムシフトが起こるとしても、その変化が不都合である集団があればそれを遅らせる努力をする。世代交代によって宗教は終わる。終わるけれども、それは1000年後かもしれない。

本稿では宗教の終焉についてあえて定義を行っていないが、地球上の過半数の地域で宗教が違法になるまでには、早くとも100年程度はかかるだろう。100年を1000年にしないために、私は宗教の終焉という流れを見越した上で、その終わりを記録し促進する意志を持つ実践者でありたい。

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