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高校野球は、なぜ選ばれなくなったのか〈中〉――決別を告げず離れていく「サイレント退出」

高校野球部を選ばない生徒は、野球が嫌いになったのでしょうか。

野球は好きでも、丸刈りや上下関係、長時間練習にはなじめない。
保護者も、費用や送迎、当番などの負担を引き受けきれない。
そんな生徒と家庭が、抗議も要望も残さず、静かに別の道を選んでいるのかもしれません。

数字には表れにくい「サイレント退出」の理由を考えます。


退部届さえ残らない退出

〈上〉では、高校生人口が約14%減少した2014年度から2025年度までの間に、硬式野球部員が約26%、軟式野球部員が約27%減ったことを紹介しました。

しかし、統計から分かるのは人数の変化までです。なぜ野球部を選ばなかったのかは見えてきません。

高校野球界が把握しやすいのは、入部した生徒と退部した生徒です。
その外側には、中学まで野球をしていたのに高校では入部しなかった生徒や、最初から別の競技や活動を選んだ生徒もいます。

退部した生徒であっても、本当の理由を学校や指導者へ説明するとは限りません。
まして、入部しなかった生徒は退部届さえ残しません。
改善を求めて声を上げる人は、まだ関係を続けたい人です。
すでに見切りをつけた生徒と家庭は、会議にも相談窓口にも現れず、静かに離れていきます。

これを「サイレント退出」と呼ぶことにします。

野球より先に「野球部」が敬遠される

丸刈り、独特の挨拶、厳しい上下関係――。

高校野球を象徴してきた慣習には、すでに見直されたものもあります。ただ、学校や指導者による差は残っています。

髪を短くしたくないというだけの話ではありません。理由を説明されないまま慣習に従わせる組織へ、これからの高校生活を預けたいかという問題です。

挨拶や礼儀、年長者を敬う姿勢には教育的な意味があります。
しかし、礼儀と服従は同じではありません。
上級生や指導者の言葉に異議を唱えにくい空気まで「伝統」とされれば、入部前から敬遠する生徒がいても不思議ではないでしょう。

野球が嫌いだからではなく、野球部の文化が自分に合わないから選ばない。

ここを混同すると、退出した側へ「最近の子どもは我慢が足りない」と責任を返すことになります。

時間を差し出しても、野球ができない

長時間の練習や休日の遠征も、参加をためらわせる要因になり得ます。

努力を費用対効果だけで測ることはできません。
仲間と汗を流した時間や、すぐには結果の出ない練習にも価値があります。

それでも、高校生活は有限です。
授業、学習、睡眠、友人や家族と過ごす時間との間で、何を選ぶか考えるのは合理的です。

特に野球は、一度に試合へ出られる選手が9人に限られ、ベンチ入りできる部員も20人までです。
部員の多い学校では、日々の練習を重ねてもベンチに入れず、公式戦の打席や守備位置を一度も経験しないまま引退する生徒もいます。

競争があることと、競技する機会が乏しいことは別問題です。
上級生の補助、球拾い、声出し、応援に多くの時間を費やし、「野球をするために入ったのに、野球ができない」と感じれば、時間の使い方を見直す生徒が出るのも当然でしょう。

限られた高校生活をどこへ振り向けるかは、生徒自身が考えてよいことです。
長く練習することや、試合に出られなくても組織へ尽くすことだけが、真剣さの証明ではありません。

入部するのは子ども、生活が変わるのは家族

野球部への参加を決めるのは、子どもだけではありません。

用具や部費、遠征費に加え、送迎、当番、弁当、応援などを求められれば、家庭全体の生活が変わります。
共働き世帯では、時間のやりくりも簡単ではありません。

洗濯も毎日のことです。
泥の付着は他の屋外競技に共通しますが、土のグラウンドで白いユニホームや練習着を使う野球では、汚れを落とす作業が家庭の重労働になりやすい。
試合が終わっても、保護者には白いユニホームとの延長戦が待っています。

一つひとつは小さな負担に見えても、3年間積み重なれば話は違います。

指導方針、学業への影響、費用、家事、休日、安全性まで含めて検討し、「わが家の教育方針や生活には合わない」と判断する家庭があっても不思議ではありません。

それは、子どもの挑戦を妨げる親の身勝手ではなく、家庭としての選択です。

いじめや事故を申告できるのか

保護者が不安を感じるのは、目に見える負担だけではありません。

部内でいじめや暴力、重大な事故が起きたとき、生徒や保護者は安心して被害や加害を申告できるでしょうか。

レギュラー選考、推薦、進学、指導者との関係が絡めば、声を上げることで子どもが不利益を受けないか考えます。「チームに迷惑をかける」「嫌なら辞めればよい」と受け取られる空気があれば、なおさらです。

申告件数が少ないことは、問題が少ないことの証明にはなりません。
相談する前に辞めた生徒や、入部そのものを避けた家庭は、事故や不祥事の統計にも表れないからです。

いじめや事故などのインシデントは、どの競技でも起こり得ます。
そこで問われるのは、発生の有無だけではありません。

行為を止め、被害を受けた生徒の安全を確保する。
保護者へ連絡し、速やかに事実を調べる。
相談者への報復を防ぎ、必要な範囲で経過と再発防止策を説明する。
チームと学校が何を、どの順番で、いつ始めるかまで見られています。

対応を誤れば、不信を抱くのは当事者の家庭だけではありません。
ほかの部員や保護者、入部を考えていた中学生とその家族も、「自分の子どもをこの組織へ預けられるか」と判断します。

一件のインシデントへの対応が、表面化しないままチームや競技から離れる人を増やす可能性があります。

高校野球界が本当に知るべきなのは、残った人の満足度だけではなく、去った人と最初から来なかった人の理由でしょう。

野球を嫌いにならないために離れる

野球そのものは無色透明です。

投げる。打つ。捕る。走る。その遊びに、丸刈りも長時間拘束も絶対服従も付属していません。そうした色は、学校や指導者、チームの方針によって後から加えられます。

しかし、高校野球では「野球」と「野球部」が一体に見えがちです。一つの野球部の文化になじめない生徒が「野球に向いていない」と扱われれば、競技そのものまで嫌いになりかねません。

だからこそ、野球を嫌いにならないために、高校では距離を置く生徒もいるのではないでしょうか。

大学のサークルや職場、地域の草野球で、自分の生活やペースを守りながら再び白球を追う。それは野球からの脱落ではなく、野球への愛着を守るための避難とも考えられます。

問うべきなのは、なぜ高校生が野球を嫌いになったのかだけではありません。

野球を嫌いにならないために、なぜ高校野球部を選ばなかったのか、です。

全校応援はファンを育てるのか

高校野球の全校応援は、現在も一部の学校で続いています。その一方で、参加を希望者に限る学校も現れました。

仲のよい友人や同級生が出場する試合を学校全体で応援することは、忘れられない経験になり得ます。
選手にとっても、スタンドから届く声は大きな力になるでしょう。

ただし、全生徒が同じ熱量で野球部を応援したいとは限りません。

ほかの運動部員なら、「なぜ野球だけ全校応援なのか」と疑問を持つかもしれません。
野球部員との人間関係がよくない生徒もいます。
真夏のスタンドでは、暑さや日焼けを避けたい生徒もいるでしょう。

応援は本来、自発的な行為です。
自ら選んだ観戦はファンを育てますが、参加を事実上強いられた観戦は、野球との最初の接点を苦いものにする可能性があります。

2025年には、茨城高校が全校応援を見直し、休日は自主応援、授業日は応援委員と吹奏楽部員の希望者による応援へ変更しました。学校の一体感と個人の意思を両立させる、一つの方法でしょう。

茨城高校「野球応援を行いました」
青森県立青森北高校
市立札幌旭丘高校「高校野球南北海道大会代表決定戦の応援」

変化は始まったが、届き方には差がある

高校野球界も変わり始めています。

丸刈りの強制をやめた学校、練習時間や休日を見直した学校、保護者当番を減らした学校、暴力やハラスメントへの相談体制を整えた組織もあります。

こうした変化は正当に評価すべきです。

ただ、同じ「高校野球」の看板を掲げていても、実際の環境は学校や指導者によって異なります。方針を掲げたことと、生徒や保護者が変化を実感できることも同じではありません。

競技人口を増やすイベントを開く一方で、日常の練習環境や家庭負担が変わらなければ、入り口を広げても出口から人が抜けていきます。

そして、する人の減少は、やがて観る人の減少にもつながり得ます。

高校野球部を離れた人が、大学や社会人になって野球へ戻ることもあるでしょう。一方、部活動や全校応援での経験によって競技そのものを嫌いになれば、選手、指導者、審判、保護者、観客、支援者として戻らないかもしれません。

サイレント退出で失われるのは、現在の部員数だけではないのです。

別れの理由は提出されない

高校野球を離れる人は、別れの理由を高野連や学校へ提出してくれるとは限りません。

野球は好きだった。それでも、この部活動、この指導者、この人間関係、この家庭負担では続けられなかった。

何も告げずに離れた人々の声は、部員数の減少として、ようやく姿を現します。

競技人口の減少を食い止めたいのであれば、残った人へ野球の魅力を語るだけでは足りません。去った人と、最初から選ばなかった人の理由を知る必要があります。

それでも甲子園では、球児の努力、肖像、物語から大きな価値が生まれています。

その価値は誰のものなのか。誰が利益を得て、球児へ何を返しているのか。

〈下〉では、甲子園を取り巻くステークホルダーの責任を考えます。

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