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歓声を守る ―スポーツ危機管理論①日本×ブラジル戦は脅迫されていた!?


本棚の奥から、一枚のDVDケースを取り出しました。
『ブラック・サンデー』
1977年に公開されたアメリカ映画です。原作は『羊たちの沈黙』のトマス・ハリス。
10年前、スポーツ施設の危機管理を取材するために購入した一本です。

当時はフランス・パリ同時多発テロの直後。
日本でもラグビーワールドカップ2019、東京2020オリンピック・パラリンピックを控え、「巨大スポーツイベントをどう守るのか」が現実の課題となっていました。

映画の舞台は、約8万人が集まるスーパーボウル会場。
巨大スタジアムを標的としたテロ計画を描いた作品です。
日本では劇場公開されなかったため、知る人は決して多くありません。
スタジアムもテロの標的になり得る時代が来る。
そんな問題意識から手に取った一本でした。
まさか10年後、このDVDを再び思い出す日が来るとは想像もしませんでした。

2026 FIFAワールドカップ決勝トーナメント期間中、アメリカ・ヒューストンのスタジアムに対する脅迫情報が確認され、FBIが捜査を開始しました。
まさに日本がブラジルと対戦する直前の時期のことです。
結果として脅迫に信憑性は認められず、試合は予定どおり開催されました。
日本ではほとんど報じられなかった出来事です。
だから、多くの人は「脅迫情報」を知らないし、知っていたとしても
「何も起きなかった」
と思っているかもしれません。
しかし、危機管理の世界では違う。
FBIは脅迫情報を把握すると、ただちに捜査を開始し、関係機関と情報を共有していました。
現地の警察や大会関係者は、「最悪」を想定しながら、大会運営を続けていたはずです。
仮にスタジアム周辺で不審物が見つかったら……。
入場ゲートで危険物が発見されたら……。
観客を避難させる必要が生じたら……。
そうした数え切れない「もしも」に対する答えを用意すること。
それが危機管理です。

映画『ブラック・サンデー』は、半世紀前に「スポーツイベントはテロの標的になり得る」という発想を描いた作品です。
1972年にはイスラム系のテロ組織によるオリンピック選手村の襲撃事件が西ドイツ・ミュンヘンで発生し「黒い九月事件」として知られています。
「黒い九月」は作品に登場するテロ組織の名前にも使われていますが、公開当時、多くの人にとって、一般の観客をターゲットにしたテロはまだフィクションでした。
しかし2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、ワールドカップ、オリンピック、スーパーボウルなど世界的スポーツイベントでは、それを現実のリスクとして警備計画が組まれています。
2015年のパリ同時多発テロでは、スタジアム周辺で自爆テロが発生しました。
しかし、厳重な入場警備によって実行犯はスタジアム内への侵入を阻まれました。
約8万人の観客は試合終了後もしばらく場内に留まりました。
外が危険だったからです。
歓声に包まれていたスタジアムは、その瞬間、数万人の命を守る“シェルター”へと姿を変えました。

危険はテロだけではない。
ドローン。
サイバー攻撃。
SNSによる犯行予告。
あるいは冗談半分の投稿。
投稿者は軽い気持ちでも、警備当局は真偽を確認しなければなりません。
現代の危機管理は、爆発物だけでなく「情報の爆発」とも向き合う仕事になっています。

私は2016年1月、このテーマについて危機管理の第一人者・佐々淳行氏に話を聞きました。
1964年東京オリンピックの警備計画に携わり、国民体育大会(国体、今の国民スポーツ大会)の総合開会式でも各都道府県警へ助言を続けてきた人物です。
取材の中で語られた一言が、今も頭から離れません。
「悲観的に準備して、楽観的に対処せよ」
ヒューストンのニュースを見て、私は10年前の取材ノートと、このDVDをもう一度開きました。
その言葉は、10年を経た今も、少しも古びていませんでした。
次回は、佐々淳行氏がスポーツイベントの安全に何を託そうとしたのか。その危機管理の思想をたどってみたいと思います。

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