トランプさんをインド占星術で視てみると...
ここ数日、高市さんについて色々分析していたのだけれど、
トランプさんの分析も必要じゃない?
…こうやって範囲が広がりすぎて、だんだん混沌としていくのです。
それこそが世の中ってもんです、多分。
知らんけど。
トランプさん、公の情報で生まれた病院も時間まで分かったけれど、良いのだろうか…。
ホロスコープ出して手始めに2024年の7月13日と9月15日に起きた暗殺未遂がどう表れているかを照合してみた。
まず、2024年7月13日 18:11 の盤面。
今回のチャートで強く見えるのは、「公の場」と「攻撃」と「突発性」が同時に重なること。
ざっくり言うと、
人前に立つ
象徴として見られる
そこへ急な暴発が飛び込む
しかも“見せ物”として一瞬で神話化される
という型だ。
あの暗殺未遂は単なる炎上や脅しではなく、物理的に命へ触る形で現れやすいタイミングだったと読める。
しかも「ただ危なかった」だけじゃなくて、危機そのものが政治的象徴へ変わる。
そこまで含めて、かなりトランプさんらしい出方と言える。
生きる上で何が致命的になりやすいか
ここは5つに分けて言える。
1. 自分はまだ行ける、と押し切ること
この人はいわゆる“引き際の勘”が弱くなりやすい。
危ないと分かっていても、前に出ることで流れを自分のものにしようとする。
だから、身体の限界よりも「まだ勝負できる」が先に立つ。
これ、事故でも健康でも政治でも、かなり危ない癖。
2. 公開の場で象徴になりすぎること
トランプさんは裏で狙われるというより、表で狙われやすい。
群衆、演説、ステージ、移動中、メディアの前。
とにかく「本人そのものが旗になる」場所が危険。
人目のないところで静かに崩れるより、大勢の目がある場所で一気に危険が具体化しやすいタイプ。
3. “敵を作る力”が、そのまま現実の危険になること
この人は言葉の威力が強い。
それは支持を集める力でもあるけれど、同時に反発も最大化しやすい。
ゆえにトランプさんの場合、危険は抽象論では終わりにくい。
嫌われるだけで済まず、実力行使の対象になりやすい。
2024年7月と9月の二度の事件は、その型がかなり露骨に出たものと言える。
4. 身体への負荷を“精神力で上書き”してしまうこと
象徴的に心臓・血圧・循環器系・炎症・急激な消耗のような症状と相性が悪い。
火が強すぎる人は、倒れる時も「じわじわ」より「いきなり」に寄りやすい。
トランプさんは、静かな老衰というより、無理の積み重ねが急に閾値を超える形に注意が必要な命式だ。
5. 自分が神話化されるほど、危険を呼ぶこと
ここがいちばんトランプさん特有かもしれない。
この人は、危機をただの危機で終わらせず、自分の物語に変える力が強い。
2024年7月の件も、単なる被害者ではなく、すぐに「象徴」として回収された。
だが神話化が進むほど、次の危険もまた呼びやすい。
本人が「自分は守られている」「まだ役目がある」と感じるほど、無茶を通しやすいから。
なので、一言で言うと、
トランプさんにとって致命的になりやすいのは、“外敵”そのものより、“前に出ることで全部ひっくり返せる”という成功体験の積み重ね
と言える。
危険期については、2024年はすでに一度かなり大きく通過した。
次に濃く見るなら、2026年後半〜2028年 はやはり注意帯と言える。
この時期は、彼の生まれつきの
突発性
過剰さ
自分が中心だという感覚
それを現実が揺さぶる流れ
がまた強くぶつかりやすい。
これは必ずしも暗殺だけを意味しない。
健康急変、判断の暴発、権力闘争の激化、事故、警備を抜ける突発トラブルまで含む。
なので、占断としてのまとめは
2024年7月13日 18:11 は、命に触る危険が物理化しやすいタイミングとしてかなり強かった。
トランプさんにとって本当に危ないのは、敵意そのものより、“自分はまだ前に出られる”と押し切ってしまうこと。
次の大きな警戒帯は 2026後半〜2028年。
かなり乱暴に一行で言うなら、
トランプさんは、“死が近い人”というより、“危険の真ん中へ自分から立つことで、死を近づけやすい人”に見える。
因みに同年9月15日の暗殺未遂にも触れておく。
概要としては
午後1時30分ごろ、フロリダ州ウェストパームビーチのトランプ氏のゴルフコース付近で、シークレットサービスが茂みから突き出たライフルの銃身を見つけて発砲し、容疑者は銃やバッグを残して逃走、その後逮捕された。
ロイターによると、容疑者は約12時間潜伏していた可能性があり、トランプ氏を目視できておらず、自らは発砲していないとされている。
つまり、7月のように「本人に弾が届く寸前」ではなく、かなり早い段階で危険が察知され、接触前に潰された事件。
9/15の読みを一言で言うと、
命に触る危険そのものは続いていた。
ただし今回は、危険が“派手な衝突”ではなく、“隠れた侵入”として現れ、接触前に阻止された。
7/13が
真正面、公開、流血、象徴化
だったのに対して、
9/15は
潜伏、隠密、侵入、未接触で遮断
という出方だった。
この2つが同じ年の中で起きているのは、占断的にはかなり重い。
なぜなら、危険が一回きりの偶発ではなく、形を変えて繰り返されていることを示すからだ。
つまり2024年の危険期は、「あの日だけ悪かった」のではなく、年全体として命・身体・公的立場に危険が寄りやすい帯だったと見る方が自然だと思う。
2つの事件を並べると何が見えるか
この2つを並べると、2024年のトランプさんには
表の危険
裏の危険
象徴化される危険
潜伏して接近する危険
の両方が出ている。
ということは、トランプさんにとって怖いのは大勢の前で目立つことだけではない。
自分は守られている前提で、前に出続けることそのものが危険を増やしやすい。
7月は“前面から来た危機”、9月は“死角から入ってきた危機”。
両方出た時点で、2024年の危険期はかなり本物だったと見ていい。
つまり、
一回きりの偶発事故 ではなく、
年全体として命・身体・公的立場に危険が寄りやすい帯
だったと見る方が自然。
かなり雑にまとめると、
7/13 は「当たった危険」
9/15 は「潜っていた危険」
今回のイラン攻撃で何が変わるか
現実の状況としては、米・イスラエルによる対イラン攻撃が続いており、ロイターは3月18日時点で、ロシアが米・イスラエルの攻撃を「主権国家の指導者を狙う殺害」と強く非難したこと、またブシェール原発近くへの攻撃を非難したことを伝えている。
APも、戦争が3週目に入り、双方がエネルギー施設を狙い、ホルムズ海峡がほぼ通れない状態になっていると報じている。
ここでトランプさん本人に何が起きやすくなるか。
占断としては、
本人が軍事作戦の“顔”として、さらに象徴化されやすい。
これが一番大きい。
トランプさんは、ただの元首経験者ではなく、支持者にも敵にも
物語の中心
として見られやすい。
今回のように戦争の名目や責任が大きくなると、
本人もまた讃えられる一方で怒りをぶつけられ、報復の象徴となりうる。
また、国内外の過激派にとっての看板になりやすい。
つまり、イラン攻撃そのものが即トランプさんへの攻撃になるとは言わない。
でも、トランプさん個人が“報復の象徴”として選ばれやすくなる流れは強まる。
トランプさんにとって致命的になりやすいもの
シンプルに言うと、
敵そのものより、自分はまだ行けると押し切ること。
危険を神話に変える
負傷を象徴に変える
批判を支持に変える
力が強い。
でも、その成功体験があるほど、本来なら引くべき時にも前へ出る。
致命的になりやすいこと
前に出ることをやめない
象徴化されることを歓迎しすぎる
警備や身体の限界を、精神力で上書きする
危機を「まだ運がある」で処理する
“自分は守られている”感覚が強くなる
トランプさんにとって最悪なのは、敵意そのものより、危機を乗り越えた成功体験が次の危機を呼ぶこと。
今回のイラン攻撃を含めた総合見立て
なので、今回のイラン攻撃を含めて占断すると、
トランプさんは、戦争の実務責任者というより、戦争の象徴としてさらに危険を背負いやすくなっている。
本人がそれを
危険 ではなく
使命 や
勝負の時間
として処理しやすいこと。
すると、
攻撃リスクは上がる
象徴性も上がる
でも本人は引きにくくなる
この三つが同時に進みやすい。
今回の対イラン攻撃で、トランプさんは“戦争の当事者”というより、“報復と神話化の両方を背負う顔”になりやすくなった。
で、この運勢の流れで戦争の中心人物でホロスコープ的に致命的になりやすい事柄を考えると…。
それらを踏まえても、もう今すぐにでも止めておけって言いたい。
因果応報なんて言葉、できれば使いたくないけれど、これ以上やらかしたら…
……で、ここで話は終わらない。
寧ろ次の話題はここからで、こんなトランプさんと高市さんの相性がどう見えるのか。
そして、こういう流れの中で日本国憲法の寿命がどう削られていくのか。
その話に移ろうと思う。
高市さんとトランプさんの相性
相性というと、仲が良いとか悪いとか、話が合うとか合わないとか、そういう方向に行きがちだ。
でも、この二人の場合、そこを見てもあまり面白くない。
気になるのは、お互いが相手の危うさを止める相性なのか、それとも正当化しやすい相性なのか、というところだ。
結論から言うと、この二人は「似ているから気が合う」というより、それぞれの危うさを別方向から支え合いやすい。
繰り返しになるけれどトランプさんは、前に出て空気をひっくり返す側だ。
自分が中心になることで流れを変えようとする。
良くも悪くも、物語の中心に立つ人だと思う。
一方で高市さんは、もっと理屈の側にいる。
国のため。
安全保障のため。
制度を持たせるため。
そのような“もっともらしい責任”の言葉で一線を少しずつ日常化しやすい。
つまり、
トランプさんは勢いで一線を壊す側。
高市さんは理屈で一線を通しやすくする側。
この二人が噛み合うと、暴走が止まるというより、危ういことが「必要な現実策」として通りやすくなる。
そこが、この相性のいちばん恐ろしいところだと思う。
しかも、どちらも自分なりの正しさを持っている。
だから余計に厄介じゃない?
トランプさんは「俺がひっくり返す」と思いやすい。
高市さんは「私が持たせなければ」と思いやすい。
この二つが重なると、本来なら立ち止まるべきところで、
「今はやるしかない」
という空気が生まれやすい。
相性として怖いのは、気が合うかどうかじゃない。
危うさを止める相手ではなく、危うさに“理由”を与える相手になりやすいことだ。
トランプさんの強引さに、高市さんは「現実的な判断」という意味を与えやすい。
高市さんの硬さに、トランプさんは「突破力」という勢いを与えやすい。
この組み合わせになると、ブレーキよりアクセルの方が先に働きやすい。
だからこの相性は、
仲良しとか相性抜群とか、そういう生ぬるい話ではない。
危ういことを、お互いに“それでいい”と思いやすくする相性として見た方がしっくりくる。
この二人が噛むと、何が起きやすいのか
占断として見ていてひっかかるのは、
この二人が揃うと元々グレーだったものが、だんだんグレーに見えなくなっていくことだ。
危うい人脈。
不透明なお金。
強引な国会運営。
武器輸出。
安全保障の名の下での一線超え。
こういうものが、本来ならどこからかブレーキがかかるはずなのに、
気がつくと「今は仕方ない」「現実的にはそうなるよね」という顔で通りやすくなる。
トランプさんが前に出ると、空気が一気に動く。
高市さんがそれを受けると、今度はそれに制度の言葉がつく。
勢いに理屈が乗る。
理屈に勢いが乗る。
すると、本来は止める人がいなければいけない場面で、
誰も止める側に回らなくなる。
これが、相性として一番マズイところだと思う。
日本国憲法の寿命はどこで削られるのか
ここまで見ていて、やっぱり気になるのが日本国憲法の寿命だ。
僕は、日本国憲法が明日にでも死ぬとは思っていない。
そんなに単純でも、そんなに派手でもないと思う。
でも、だから安心とも思っていない。
占断で見ていると、今の流れは「憲法を一気に壊す」というより、
「必要だから」「現実だから」「国を守るためだから」と言いながら、少しずつ中身を削っていく流れに見える。
改憲。
緊急事態。
安全保障。
武器輸出。
防衛財源。
増税。
同盟のための負担。
有事を前提にした例外措置。
一つひとつは別の話に見える。
でも、全部つなげていくと、結局は“憲法の外側にあったはずのこと”が、少しずつ内側に入り込んでくる。
だから、寿命という意味では、憲法そのものが突然なくなるというより、
憲法の精神の方が先に老ける。
条文が残っていても、運用と空気で別のものになっていく。
僕には、そっちの方がずっと怖い。
しかも厄介なのは、その役をやる人間が、壊したいから壊すのではなく、
「持たせるために必要だ」
と思ってやってしまうことだ。
高市さんは、まさにそういう怖さを持っている。
トランプさんは、そういう一線越えを象徴と勢いで押しやすい。
そして、この二人の空気が噛むと、憲法を守る側の言葉より、
「現実に対応する側の言葉」
の方が強くなっていく。
それが寿命を削る。
つまり、憲法にとって本当に危ないのは、条文改正そのものだけじゃない。
“仕方がないよね”という空気が広がること。
その方がずっと危ない。
法が壊れる時って、たいてい条文より先に、空気の方から壊れていくから。
今の日本にとっての本当の危うさ
だから、今の日本にとって本当に危ういのは、
トランプさんみたいな分かりやすい強さだけでもなければ、
高市さんみたいな責任感の強さだけでもない。
その二つが組み合わさって、
危ういことが“必要な現実策”として通ってしまう空気
が育っていくことだと思う。
無茶を押し切る人がいて、
それに理屈を与える人がいる。
その結果、立ち止まるべきところで止まれなくなる。
今の政治の気持ち悪さって、たぶんそこなんだよね。
露骨に壊しにくる人だけが危ないわけじゃない。
真面目な顔で、責任感の顔で、現実対応の顔で、
少しずつ一線を日常化していく人の方が、ずっと怖いことがある。
そして、その空気が広がれば広がるほど、
日本国憲法の寿命は、条文より先に精神の方から削られていく。
僕には、今はそういう時期に見える。
まとめ
トランプさんは、前に出て流れをひっくり返す側だ。
高市さんは、その危うい流れに理屈を与えやすい側だ。
この二人が噛み合うと、暴走が止まるというより、
危ういことが「必要な現実策」として通りやすくなる。
だから怖い。
日本国憲法も、すぐに死ぬわけではないと思う。
でも、今は寿命が削られている時期には見える。
しかも、条文より先に、空気の方が。
たぶん、本当の恐怖はそこなんだろう。
高市さん個人だけを見ているつもりでいても、
結局は日本全体の空気の話に戻ってきてしまう。
恐らく今はそういう時期なんだと思う。
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