改行ひとつで、こんなに変わる。ローカライズの神様を細部に見つけた話
広告の世界でも翻訳の世界でも、改行の位置がひとつ違うだけで、何がどう伝わるのか、ガラリと変わってしまうことがあります。
それを象徴する出来事のひとつが、少々前の話題ではありますが、サントリーのジン「翠(SUI)」の交通広告です。
このコピー、読んでみてください。違和感、ありませんか?

小さな「ゃ」や「っ」は、行頭に置かないのが基本。
もちろん、広告のプロがそれを知らないはずがありません。
実際、改行位置を下のようにしてみたり、試行錯誤を繰り返し、議論を重ねた末に、上の形に決めたそうです。
このすっきり、
人生変わっちゃ
うかも。
結果はSNSで大論争。「話題づくり?」「事故?」「気持ち悪すぎ」──賛否が真っ二つに分かれました。でも、クリエイティブディレクターの方が言う『いい意味での違和感や引っかかり』があったことで、多くの人の目に留まり、話題になったというわけです。
翻訳の現場にもある「改行問題」
先日、私たちがローカライズを担当した中国の高級ジュエリーブランドでも、似たようなことが起きました。
このブランドは英語・フランス語・中国語(繁・簡)・韓国語に加え、日本語版のホームページを展開しています。
私たちは今回、特にハイエンドな「ハイジュエリー」カテゴリーを、中国語(簡体字)から日本語へ翻訳しました。
お客様の希望は「芸術的なコンセプトが豊かに表現されている」中国語を日本語に訳すこと。
とはいえ、感性の違いがかなり大きい部分もあり、中国語の表現を生かしつつ、一部には英語版のニュアンスも取り入れ、日本語としてさらに磨きをかける──いわゆるトランスクリエーションで対応しました。
翻訳者がブランドの世界観に合わせて、華やかでオリジナリティのある文章に仕上げてくれたものを、無事納品。
ところが後日、公開された日本語のサイトを見て違和感を覚えました。
納品したファイルにはあった改行が、なくなっている。
小見出しと本文がひと塊になっている。
音引(ー)が行頭に来ている。
文章自体は美しいのに、ところどころによろしくない「ひっかかり」ができてしまっていたのです。
「おかしいですよ」だけでは伝わらない
問題は、サイト運営が本国で行われ、日本語が分からない担当者がデータを流し込んでいること。
こちらが「おかしい」と指摘しても、危機感は伝わりません。
そこで私たちは、無償で改行位置や見出しの整え方を提案することにしました。
最初は反応が鈍かったクライアント。確かに一度作ったページをまた業者に頼んで変えてもらうのは面倒かもしれません。
とはいえ、冒頭の「翠」の広告事例も紹介したことで、改めてご依頼をいただきました。
私たち日本人が「改行ひとつにこだわる」ことを、具体例で理解してもらえたのです。
私たちからのフィードバックが届いた後はすぐに修正が入り、“Amazing—thank you so much! We've updated the website accordingly. Really appreciate your generous support!”(すごいわ――本当にありがとう!ウェブサイトは指摘された通りに修正しました。寛大なサポートに心から感謝します!)というお言葉をいただきました。
細部にあらわれる“文化”
今回の経験で改めて感じたのは、言語の違いは単なる単語や文法の違いではなく、文化的な感覚の違いでもあるということ。
改行や文字組みが作る日本語の「呼吸」。私たち日本人は、そこにとても敏感です。
その呼吸が乱れると、文章の美しさだけでなく、ブランドの世界観までもが損なわれるリスクさえあります。
非日本語話者のクライアントに理解してもらうには「おかしい」と伝えるだけでは足りません。
どこを、どう直すべきか。そして直さなかった場合に何が失われるのか。
そこまでしっかり伝えて初めて、心から納得していただけます。
今回の一件は、その当たり前を再確認させてくれました。
(そして心の中でひとこと。「だから日本語は、日本語がわかる人に任せて!」)
参考:
SNSで考察加速中「翠」の広告、CDとADが明かす「ち」で改行の理由
電車内にある「サントリージン 翠」のポスター広告のキャッチコピーの改行位置が不可思議、その理由を見出そうとする人々も - Togetter [トゥギャッター]
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