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ノットラブレター ラブレターなんかじゃない

世界はこんなにも灰色だったのか。一世一代の失恋(のようなもの)をした。心にぽっかり穴が空いたよう、なんて、何度も使い古された言葉ではあるが、先人たちのその言葉が胸に染みる。まるでドーナツのような穴、と思っていたら読んでいる本にドーナツが出てきてまんまと食べたくなり、思い切りかぶりついた。甘い。

感情の波に耐える、耐える、耐える

失恋というと語弊があるかもしれない。私と彼は別につきあっていないし、近い関係ですらない。それでも大抵のことは「そんなときもあるよね」で許せてきたし、彼の内面にある優しさを勝手に信じていた。しかし先日久しぶりに対面して話したとき、好きな人に絶対に言われたくない三文字の言葉を言われた。

言われたばかりのときは、笑ってごまかした。が、帰り道、電車に乗って反芻する彼の言葉のトーン、表情。いや、あれ、本気だったよな? 悲しみの後に、猛烈な悔しさが込み上げてくる。なんでそんなことを言われなくてはいけないのだ。ありえない。怒りで体が熱くなって、どうしようもなくなった。絶対に傷ついたなんて言わない。絶対に泣かない。涙が絶対に溢れないように、目を見開きながら感情の波に耐えた。

これは今出会うべき本だった

数日経っても、私の悔しさは消えなかった。そんな中、宇垣美里さんのYouTubeを見て、宇垣さんが紹介していた1冊の本が気になった。それは沙東すずさんの『奇貨』というエッセイだ。

『奇貨』には、沙東さんが彼氏に突然の別れを告げられてからの半年の出来事や心の動きが書かれている。私はこれまでエッセイをあまり読んでこなかった。こんな日記のような文章を書いていて何を言っているんだという感じだが、人が感じたものの受け取り方がわからなかったのだ。それよりもオチがわかりやすい小説や、架空の世界を描いている物語が好きだった。

しかし、宇垣さんの紹介を聞いて「これは絶対に今読むべき本だ」と思い、すぐにネット注文をした。本は積読するタイプだが、この本は届いた瞬間に読んだ。

まず、まえがきが私の心を抉る。

「それまでとそれからに明確な切り取り線が刻まれ、寝ても覚めても怒りに満ちて先が見えなくて、あらいざらい書くのがいちばん楽になれるように思えた」

『奇貨』/沙東すず

今の私である。本文は刺さる言葉のオンパレードだった。

「ある漫画に『それは好きになった理由じゃなくて、好きになったから愛おしく思うところだ』というようなセリフがあった。それは、恋愛の陳腐さと愚かさについての真理だった」
「これ以上誰にも傷つけられたくない、油断していた自分が許せない気持ち」

『奇貨』/沙東すず

そうそうそうそうそう。その通り。あまりにわかりすぎて、ところどころで一旦本を閉じて深呼吸した。彼を嫌いになったわけではない。好きだった人を一瞬にして嫌いになれる人は本当にいるのだろうか。急激に幻滅したとか、心の底からがっかりしたとか、そんなことはあるにしても、人の「好き」という感情はそんなに単純なものではない。

これまで積み重ねてきた思い出があって、会話がある。それまで一枚一枚薄く重ねてきたミルフィーユが倒れて形が崩れたって、味はおいしい。彼のことは、まだ好きだ。しかし、その言葉を言われる前と後では、何かが違う。真っ白のものに黒が混ざればそれはグレーであって、純白には戻れない。

「海に行くのが嫌いになったわけじゃない。潮汐表を見てわくわくする気持ちも変わらない。ただ、大好物に砂が混ぜられたような気分になるだけ。元の味が消えたわけではなく、噛むたびにじゃりじゃりと頭に響くものがあるだけだ」

『奇貨』/沙東すず

読み終わって、しばらく余韻に浸り、心から読んでよかったと思った。このモヤモヤした気持ちを言語化するとこうなるのか。言葉にできなかった感情が成仏したような気分になった。大人になると、愚痴や失恋の痛みを誰かに話すことはなくなる。マイナスな話は特に気を使う。同じような感情を抱いている人がこの世にいる。そう思うだけで、どうしようもなく心が救われた。

彼のことは今でも好きだし、尊敬している。しかし、あの三文字を私に直接言った彼のことはどうしても許せない。そんな私にできることといえば、いつまでもめそめそしていないで、悔しさをバネにして生きるだけだ。なんといっても、私は負けず嫌いである。見てろよ。


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