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自信のない私がスーパーサイヤ人のスキルを身に着けるまで

またその話かぁ。

『ドラゴンボール』を知らなかった頃の私は、世間で何度も何度も耳にする、“ドラゴンボールネタ”に正直うんざりしていた。人の“好き”を否定する気はさらさらなかったけど、そんな「国民全員が知ってます」みたいなムーブをされるとちょっと困る。そんなふうに思っていた。

しかし私は今、孫悟空のシールをスマホの裏に挟み、最新情報をチェックし、グッズを集め、毎日のように配信で『ドラゴンボール』シリーズを見て、こうしてnoteまで書いている。これは、私が『ドラゴンボール』と出会い、孫悟空を師と仰ぐようになるまでの話だ。

◾︎夫からの猛烈な勧誘「ドラゴンボール見てほしい」

夫も例に漏れず『ドラゴンボール』が大好きだ。好きを私に強制することはなかったけれど、ことあるごとに「ドラゴンボール見てほしいなぁ(チラチラ)…」という感じで私のことを見つめていた。夫は結構な頻度でジャブを打ってきていたが、私は生粋の少女漫画育ちでほとんど興味がなかったし、『ドラゴンボール』のイメージといえば「筋肉隆々の男たち」だった。言ってしまえばまずビジュアルが苦手だった。

そんな私が『ドラゴンボール』を見るようになったきっかけはコロナ禍だ。仕事はほぼなくなり、家にいるだけという状態になり、当時ハマっていた『ゴシップガール』も見終わってしまい、さすがにやることがなくなった。夫は「『ドラゴンボールZ』だけでもいいから見てほしい」と言っていたけれど、私は中途半端は嫌いだ。どうせ見るなら最初から見たい。ということで『ドラゴンボール』から見ることに。ちなみにこの時点で夫は「長いよ?めちゃくちゃ長いよ?」と、私が完走できるかを心配していた。

『ドラゴンボール』は、孫悟空という少年がブルマという少女と一緒に7つ集めると願いが叶う球を集めるお話。そう、話はとってもシンプル。見進めていくと、私がイメージしていた筋肉隆々の男たちが全然出てこない。むしろちょっと世間知らずの悟空と、大会社の娘・ブルマのやり取りがおもしろくて、どちらかというとギャグ漫画なのか〜と思いながら楽しく見ることができた。今考えてみると、『Z』始まりにしなかったことが正解だったと思う。

悟空の筋肉隆々のビジュアルを知っている私は「このかわいいかわいい悟空がいつか変わってしまうのか…」と不安で仕方なかった。ずっとかわいいままでいて…。しかし、山奥でたった一人で生きていた悟空が仲間と出会い、世界の広さを知り、でもその自由さはそのままでどんどん強くなっていく様子をずっと見ていると、まるで子どもの成長を見守っているような気分になった。

悟空が急成長してビジュアルが変わって登場したときには「かっこいい!!!!!」と叫ぶほどに悟空に夢中になっていた。幼なじみの男の子に久しぶりに会ったら骨格も変わり背も伸びていてドキドキしてしまう…みたいな感覚だ。

ギャグ漫画だと思って見ていたのに、物語は進めば進むほどにシリアスになっていく。「え!?」「は!?」「嘘でしょ!?」そんな声を上げながら物語を追っている私を見て、夫はとても満足そうだった。この頃は毎日ドラゴンボールを見ていて、楽しすぎて日々が薔薇色だった。私はそれまで二次元のキャラクターにそこまでハマったことがなかったので、刺激的な体験だった。

ちなみにネタバレを徹底的に避けていたのだが、天下の『ドラゴンボール』、ネタバレがそこらじゅうに広がっている。決定的なネタバレを見て嘆いていると、夫は「まぁドラゴンボールだから…」と言っていた。まぁそりゃそうか。

◾︎いつも心に孫悟空

私がここまで『ドラゴンボール』に夢中になった理由は、壮大なストーリー展開はもちろんだが、キャラクターたちが魅力的だったからだ。特に私は大人になってから彼らに触れているため、尊敬できる点や、人生の目標にしたいと思える点が数多く見つかった。

私は悟空のことを尊敬しているし、憧れている。細かいことは気にしなくて、心が優しくて、そして強い。私は物心ついたときから人と比べてしまう性格だった。「なんであのこみたいにできないんだろう」と思うときも「なんで私はこんなにダメなんだろう」と卑屈になるときも多くて、そのくせに承認欲求が強い。自分でも厄介な性格だと思う。その性格は大人になったからといって変わることはない。SNSを見て、成功している人を見て、かわいい人を見て、「あのこになりたいモンスター」が今でも定期的に顔を出す。

最近よく思う。このモンスター、なかなか死なないんだなって。大人になれば、もう少し自信を持てるようになると思ってた。高校生の頃、「私はきっとこんな大人になるんだ」と思い描いていた、キラキラした大人はここにはいない。いつまで経っても誰かに憧れて、ギリリと唇を噛んでいる。

仕事で目指したい目標の人はいるけれど、私には人生のロールモデルみたいな人物はいなかった。フリーランスになって早10年。仕事は定期的にあるし、順調といえば順調なのだが、なんだか成長していない気がしていた。停滞は後退。そんな考えを持っていた私はとにかく焦って、周りと比べて、落ち込んでいた。

どうにもこうにも浮上できず、何をしても気分が塞ぐ。私なんて、わたしなんて、ワタシナンテ…。これはいかん、もしかしたら人生のロールモデルを決めれば前向きになれるかもしれない!そう思った私は、頭の中で自分に影響を与えたさまざまな人たちのことを思い浮かべた。しかし、身近な人の顔ばかりが浮かぶ。いや、これは近すぎて逆効果では?

うーんうーん、と悩んでいると、スマホの裏に入れている人物と目があった。それは「なめんなよ」と言っている悟空。原作とアニメで多少性格が違うような部分もあるが(特にドラゴンボール超。ちなみにアンチではない)、悟空は基本的に「強い奴と戦いたい」「強くなりたい」という気持ちが強い。よく「正義の味方」とか「ヒーロー」という解釈もあるけれど、私の解釈は違う。悟空は結果的に地球を救ってしまっているだけで、基本の原動力は「強い奴と戦いたい」ということだと思う。その気持ちがブレない。

だから自分より強い人を見るとワクワクするし、それがたとえ自分の息子であってもひがまない。強いと認めて、倒さざるを得なかった相手にさえも「お前は強い!また戦おう!」みたいな純粋さである。悟空は自分と人を比べて落ち込むことはない。そう、「オラわくわくすっぞ!」だ。

このマインドは、私が持つべきマインドだ。スマホの中の悟空を見つめて気づく。どんなにすごい人が周りにいても、比べて落ち込むのではなく「わくわくする」という好奇心を持つ。「一緒に戦いたい」つまり「一緒に仕事をしたい」と考える。何よりも、悟空はカラッとしている。ゴーイングマイウェイすぎてそれが自分勝手に見えたり、周りが見えなくなったり、短所もあるけど、そこもまた人間らしくていい。完璧すぎる人には憧れない。だって私は完璧にはなれない。

よし、私の人生のロールモデルは悟空にしよう!そう決めると、自分がサイヤ人のような気がしてきた。人間なんて単純である。

私は『ドラゴンボール』と出会って「心の中に孫悟空」というスキルを身に着けた。「あのこになりたいモンスター」が顔を出したとき、私は私の存在を消して、サイヤ人になるのだ。

サイヤ人は「戦闘民族」と呼ばれていて、瀕死状態から回復するたびに戦闘力が上がる戦い好きの民族。くじけそうになるとき、負けそうなときにこそ強くなる。ダメだと思ったときが成長の合図。自分に負けそうになると、心の中の私は髪を逆立てて、筋肉隆々になる。そのためには基礎体力も必要なので、日々の修行は欠かせない。だから私は毎日をどうにかこうにか生きるのだ。

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