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【奇跡の植物ホルモン】イネの奇病から始まった滋賀の天才科学者

知るとおもしろい農業界の豆知識


種なしブドウ」をスーパーで見かけるとき、私たちはそれがどうやって作られているか、あまり深く考えることはありません。実はその裏には、100年前に日本のイネを襲った恐ろしい「病気」と、それを解決しようと研究に情熱を注いだ日本人科学者たちの壮絶なドラマがありました。

今回は、農業の歴史を大きく変えた植物ホルモン「ジベレリン」の発見と、その命名者である農芸化学者・薮田貞治郎(やぶた ていじろう)の足跡をたどります。

1. すべての始まり:イネがひょろひょろに伸びて枯れる「馬鹿苗病」

異常な成長

物語の舞台は、大正から昭和初期にかけての日本。当時の農家を悩ませていた、ある奇妙なイネの病気がありました。

その名も「馬鹿苗病(ばかなえびょう)」。

この病気に罹ったイネは、周りの正常なイネよりも2倍近く「ひょろひょろ」と異常に背が高く伸びてしまいます。一見するとよく育っているように見えますが、茎は細く、やがて白っぽくなってそのまま枯れてしまうか、実を実らせずに終わってしまうという、農家にとっては大打撃となる恐ろしい病気でした。

「なぜ、イネがこれほど異常に伸びてしまうのか?」

この謎を突き止めるため、多くの研究者が動き出しました。


2. 犯人は「カビ」だった!黒沢英一の執念の発見

原因究明のプロセス

1926年、台湾総督府農事試験場にいた黒沢英一(くろさわ えいいち)という研究者が、ついにその原因を突き止めます。

原因は、イネに感染した一種の「カビ(糸状菌)」でした。 黒沢は、このカビを液体の中で育て、その「カビを完全に取り除いた液体(培養液)」を正常なイネに吹きかける実験を行いました。すると、カビ自体はいなくても、その液体を吸ったイネがひょろひょろと伸びる「馬鹿苗病」の症状を引き起こしたのです。

つまり、「このカビが、植物を異常に成長させる『謎の物質』を分泌している」ということを世界で初めて証明したのです。しかし、当時の技術では、その液体から原因となる物質だけを純粋に取り出すことは困難でした。


3. 天才化学者・薮田貞治郎の登場と「ジベレリン」の誕生

ジベレリンの命名
(イメージ画:麻酔手術の様子を描いた『華岡青洲手術図巻』医学書・解剖図)

ここで歴史のバトンを受け取ったのが、東京帝国大学(現在の東京大学)の教授であった薮田貞治郎(やぶた ていじろう)博士です。

滋賀県大津市出身の薮田博士は、非常に優れた分析能力を持つ農芸化学の天才でした。彼は黒沢の発見に注目し、その「謎の物質」を化学的に突き止めるという気の遠くなるような研究に挑みます。

そして100時間以上にも及ぶ菌の培養と、緻密な抽出作業を繰り返した末、1935年、ついにその原因物質を分離することに成功します。

薮田博士は、この馬鹿苗病菌の学名である Gibberella fujikuroi(ジベレラ・フジクロイ)から名前を取り、この物質を「ジベレリン(Gibberellin)」と命名しました。

これが、世界で初めて発見された植物ホルモン「ジベレリン」が誕生した瞬間です。そのわずか3年後の1938年には、さらに研究を進め、世界初の結晶化(純粋な形での取り出し)にも成功しました。


4. 「病気の原因」から「農業の救世主」へ

イネを枯らす恐ろしい病気の原因として見つかったジベレリンですが、研究が進むにつれて、植物の成長をコントロールする極めて重要な「植物ホルモン」であることが分かってきました。

ジベレリンには、以下のような驚異的なパワーがあります。

  • * 茎や細胞を急速に伸ばす * 種がなくても果実を大きく育てる(単為結果) * 眠っている種を目覚めさせて発芽を促す

この性質を逆転の発想で農業に応用したのが、現代の「種なしブドウ(デラウェアなど)」です。開花前後のブドウの房をジベレリンの液に浸す(ジベレリン処理)ことで、種が作られなくても果実が大きく育ち、私たちが普段食べている甘くて食べやすいブドウが生まれるようになりました。

病気の原因だった物質が、現代の食卓を豊かにする「救世主」へと生まれ変わったのです。


5. まとめ:足元の疑問から世界を変えた日本の科学

イネの病気という、農業現場の切実な課題から始まったジベレリンの研究。それは黒沢英一の鋭い洞察と、滋賀が生んだ天才・薮田貞治郎博士の粘り強い化学の力によって、世界中の農業を支える偉大な発見へと繋がりました。

私たちが何気なく食べている種なしブドウの向こう側には、大正・昭和の科学者たちが顕微鏡を覗き込み、日本の農業を守るために捧げた情熱の歴史が息づいています。

次にブドウを口にするときは、ぜひ「ジベレリン」と、それを命名した薮田博士の物語を思い出してみてください。🍇


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