『ブラームスはお好き』─20歳の私への手紙
昨年のこと。
実家の父から、本棚を整理するから必要なものを取りに来るよう連絡があった。
久しぶりに見る本棚には、若かった頃の私が密やかに息づいていた。
✿
20歳の私へ。 お久しぶり。
37年ぶりですね。
実家の本棚を整理してたら、懐かしいあなたと再会しましたよ。
大学生の頃に夢中になって読んでいた、森瑤子さんのエッセイや小説。 都会的で洗練されていて、でも、少し孤独の香りがして。
美しいものや信頼する人たちに囲まれて人生を謳歌する様子に、「私も早く自立した大人になりたい」と思っていたあの頃。
音楽、文学、美術、料理。
森さんの作品は、あなたの世界を広げてくれました。
あの頃、あなたは気づいていたでしょうか。
自分の中に、審美眼の種が蒔かれていたことを。
例えば、リムスキー・コルサコフ作曲の交響曲『シェエラザード』。
フランスの哲学者・作家のカップル、サルトルとボーヴォワール。
どれも、森さんのエッセイから知りました。
そして、フランスの作家フランソワーズ・サガンを知り、夢中になった。
それが、サガンとの出会いでしたね。
実家の本棚には、あなたが集めた本が並んでいました。 森瑤子さんのエッセイや小説の中でも、特にお気に入りの作品。
そして朝吹登水子さんが翻訳したサガンの作品が、ずらりと。
久しぶりに目にする作家の名前。
サガンを読み耽っていたあなたの姿が、遠くから蘇ってきました。
あの頃のあなたは、書店に行くたびにサガンの文庫本を、一冊、もう一冊と買い求めていました。
大学の講義の合間やコーヒーショップで、読みかけの続きのページをめくる一人の時間は、至福の時でした。
朝吹さんのたおやかで美しい日本語。
翻訳者が変わると、サガンの印象も違ってくる。
あなたが夢中になったのは、朝吹さんの言葉で紡がれたサガンの作品でした。
人生の機微もまだ知らない、誇れるのは若さだけの、20歳の学生だったあなた。
作品に描かれるパリの街並みや、登場人物たちのスノッブな雰囲気を、ページからすくい取ろうとしていました。 少し背伸びをして。
自分たちとは違う、豊かでドライで、自立した人間関係にも淡い憧れを抱いていましたね。
あの頃を思い出しながら、実家の本棚にひっそりと収まっていたサガンの文庫本の背表紙を、端から人差し指でゆっくりとなぞりました。
そして、その中から数冊を抜き取り、手元に置くことにしました。
『悲しみよこんにちは』
『ブラームスはお好き』
『ある微笑』
その他に、3冊ほど。
自宅に戻りコーヒーを淹れ、数十年ぶりにサガンの作品を手に取りました。
まず、繰り返し読んだ『ブラームスはお好き』から。
懐かしさで胸がいっぱいになり、表紙をそっと撫でてから読み始めました。
鼻腔に広がるコーヒーの香りと共に、乾いた文体が描く男女の物語に引き込まれ、同時に20歳だった頃の自分の気持ちも蘇ってきました。
可愛いものより美しいものが好きで、自立した女性に憧れていたあの頃。
自分の幼さと早く決別したくて、サガンの小説をお守りのようにバッグにしのばせていた。
作品に描かれるフランスの裕福な人々の暮らしや交流、物事へのクールでドライな考え方を、大人への架け橋のように感じていました。
自宅のソファーに座り、久しぶりに読んだ『ブラームスはお好き』。
自立した女性であろうとする39歳のポールの誇りと弱さ、迷いや選択が胸に迫ってきました。
20歳のあなたにとって、ポールは自立した知的な大人の女性。
ポールの不安や孤独を想像しようとしたけれど、その思いはずっと遠くにありました。
中年に差し掛かる一人の女性の焦燥や痛み、老いへの恐れ、その輪郭を知るのは、まだ先のことでした。
それでも、大丈夫ですよ。
この先、人生経験を積み重ねれば、読書は深まっていきます。
その時を、待っていてください。
大学を卒業してからのあなたは、サガンの小説の女性のように責任感をもって仕事に励み、新しい家族をつくり、その中で様々な経験をしました。
喜びも、悲しみも。
そして、予期せぬ別れもありました。
伴侶との死別という深い悲しみの時間を支えてくれたのは、あなたが好きだった本や音楽です。
ブラームス晩年の珠玉のピアノ曲、作品118-2。
夫の死をはさんで練習し続けた、思い出の曲です。
サガンの小説に出てくるのは、ブラームスの交響曲ですが、私はこのピアノ曲に救われました。
伴侶との死別の悲しみは、楽器を演奏する意欲もエネルギーも、私から奪い去っていきました。
再びピアノの蓋を開けるには、3ヶ月という時間が必要でした。
それでも、時間はかかるけれど、平穏な日常を慈しみながら、喪失の悲しみと共に歩いていけるようになりますから。
サガンの小説には、いくつもの別離が描かれています。
サラリとした文体で書かれていますが、生身の人間に生じる感情は、そんなものではなかった。
けれど、それを胸に秘めて生きていくのが大人だとしたら、何て悲しく寂しい存在なのでしょう。
だからこそ、愛おしくもある。
今日は、サガンの小説をきっかけに懐かしいあなたを思い出し、手紙を書きました。
久しぶりに20歳のあなたと向き合う時間は、豊かで楽しいものでした。
大学生の時にあなたが惹かれたものは、確実に「私」という人間の核をつくってくれました。
今は、人生の正午を過ぎた年齢となり、信頼できる人たちに囲まれ、本当に大切なものを取り入れて穏やかに暮らしています。
また、手紙を書きますね。
その時まで、さようなら。
