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【雑記#1】【ネタバレ注意】BUMPのオタクが『超かぐや姫!』を見た話し ~現代創作論を添えて~ (P.N.寺近スミオ)

冒頭:雑記

先日からNetflixで公開中の長編アニメ映画『超かぐや姫!』

1月22日(木)先負。なんとなくそんな名前の企画の存在は知っていたけど、それがクールアニメであるのか映画なのか、新規のメディアミックスIPなのかもよく知らなかった私に、日ごろ神と言って憚らない、
「BUMP OF CHICKEN」の公式LINEから爆弾が投下されました。

本日から配信がスタートしましたNetflix映画『超かぐや姫!』のエンディングテーマに「ray 超かぐや姫!Version」が起用されています。

毎度BUMPの最新情報をいち早く教えてくれる公式LINEさん。
いつもありがとう。でももう少し心の準備期間が欲しいかな。

ちゃきちゃきのAmazonっ子である私は、Netflixとご縁は無かったのですが、BUMP関連でそこにしか観れないコンテンツがあるとなれば話は別。
勇み足で契約を結びました。
そんな経緯で一般BUMPオタクが『超かぐや姫!』を見た感想をここに記します。


⚠️ 本編のネタバレを含みます
本記事は、作品の内容に触れています。未視聴の方は、ぜひ一度、白紙の状態で物語を体験してからお読みいただくことをお勧めします。



1. なんだこの高濃度のBUMP因子???

結論。超面白かったです。 普段は好きな作品をリピートすることはあれど、推し漫画がアニメ化するときくらいしか新作アニメを見ない身分ではありますが、映像・演技・ストーリー、文句なしにハイレベルだと感じました。
そして視聴後に真っ先に思いました。

「そりゃあ『ray』使うよ」

細かい説明は省略しますが「BUMP OF CHICKEN」のファンにとって「ray」という楽曲は、「新時代の象徴」ともいえる存在です。

2015年のリリース当時、特にネット掲示板などでは「BUMPは変わった」なんて意見も少なくありませんでした。
そんな空気感のある中でのアルバム「RAY」のリリース、そして初音ミクとのコラボも含めた楽曲「ray」の発表。BUMPとして真新しい楽曲アプローチながら、通底している歌詞のメッセージ、その人間賛歌ぶりに、当時の私たちはすぐに「ray」の虜になりました。
その後はライブでも定番曲となり、近年では『プロジェクトセカイ』でのカバーも記憶に新しい、10年が経った今では、「ガラスのブルース」に連なるような、ファンアンセムの1曲になっています。

さて、そんな「ray」という楽曲ですが、歌詞の内容はざっくりと言えば
「過去と現在、別れと出会い」がテーマの曲です。
お別れしたのが一体誰なのか、そもそも人なのか、「透明な彗星」などのワードからBUMPのオタクは色々邪推しますが、結局のところ、聞き手それぞれにとっての「別れ」であるとするのが個人的には良いと思います。

お別れしたことは 出会った事と繋がっている
あの透明な彗星は 透明だから無くならない

BUMP OF CHICKEN「ray」

『超かぐや姫!』視聴後に歌詞を眺めると、あまりに映画とリンクしすぎてもはや楽曲の存在自体がネタバレにすら感じます。ですが、各種インタビューによると、宛書などではなく偶然の一致であるとのこと。
BUMPオタクをやっていると、世の中のコンテンツのほとんどがBUMP楽曲への宛書に見える悪い癖がつきます。
ですがこの映画に関して言うと、ただそれだけの話では無いなというシーンがありました。

  • ①序盤で「Remember」を聞きながら流星が流れる、その後ヤチヨが楽曲が「届いた」というシーン

  • ②合同ライブの最初のMC、「どんなに孤独な道のりでも、楽しかった記憶が足元を照らす」

なんだこの高濃度のBUMP因子???
①②ともにBUMPの界隈では非常に近い形で楽曲やライブを表します。
「You were here(あなたはここにいた)」の概念は、特に近年ではバンドのライブ活動におけるテーマのように扱われており、ライブは昨日と明日の間にあるほんの一瞬だけど、その音楽の記憶が明日からを歩く杖になる。BUMPのライブMCでも度々話される内容です。

君の昨日と 君の明日を とても眩しく思う
出会えば必ずさよなら そこから伸びた時間の上

BUMP OF CHICKEN「You were here」

そして①の話、「楽曲」「流れ星」になって、誰かに「届く」
これを見ているBUMPのオタクの皆様はもうお分かりですね。
そう「流れ星の正体」です。

君が未来にこぼす涙が 地球に吸い込まれて消える前に
一人にせずに掬えるように 旅立った唄 間に合うように

BUMP OF CHICKEN「流れ星の正体」

これらの楽曲観、ライブ観の一致が作品内に通底したからこそ、『超かぐや姫!』のエンディングテーマには「ray」がぴったりと嵌ったのだと思います。 楽曲とは、作品とは、結局は「受け手がどう受け取ったか」に終始します。 受け手に真に「届いた」楽曲はその役目を終えて、そこからは作り手の関与しない、楽曲と受け手の物語が紡がれていきます。

劇中の彩葉は受け取ったものをまた「届ける」ことを選びました。 この選択があったからこそ、かぐや、ヤチヨ、彩葉のどの視点としても「ray」がしっくりとくる、人生を賛美できるハッピーエンドを迎えられたのだと思います。


2. ちょっと創作論の話をします

一応、文芸サークルのnoteを間借りしていますので、
少し創作論的な視点の話をします。

この『超かぐや姫!』ですが。ストーリーテリングの目線で見ると、未回収のまま終わった謎などもあれど、かなり理知的な作りをしてるなと思います。

物語のキーになる楽曲は平成、まさにニコニコ動画の全盛と言ってもいい頃のボーカロイド楽曲や、当時から活躍しているボカロPの手がけた楽曲が殆ど。

映画終盤では、ヤチヨ(=かぐや)が、2ちゃんねる風のネットの海を経てバーチャル世界でその存在を取り戻すまでの背景が一気呵成に語られています。
山下監督の公式コメントを見ても、この作品の中心部には間違いなく平成のコンテンツがあります。

「自分の培ってきた映像の強み、好きなキャラクター、そして90年代から続くネット文化が好きな気持ちを込めました。」

ですがこの作品自体に「古臭い」気配は全く感じず、全体を通していい意味で令和最新の雰囲気を持っていると言えるでしょう。
それは最先端の映像美であり、
「ライバー」がメインになっている物語の中心設定であり、
Netflix独占という配信手法であり、
これらは間違いなく「コロナ以後」の、令和らしい要素だと言えるでしょう。

「平成の懐かしさ」と「令和的鮮烈さ」 この両方を兼ね備えてこそ、
この作品はどの年齢層のオタクにも届きうるアニメ映画となっているのだと思います。

「令和のコンテンツ」はSNSやAIの発展に伴い、急速に目覚ましい進化を続けています。ですが、「90年代から続くネット文化」を書くにあたっては、やはり中核になるのは「平成」であり、転じてこの作品の「書きたいこと」は「平成のコンテンツ」があの頃の私たちにもたらしてくれた情動であると仮定できます。

昨今、昔のアニメやゲームのリブートも流行っていますが、
いずれも共通するのは、映像美、主題歌アーティスト、当時できなかった奥行きのある2D などなど…
令和にそれを作るからこその新しい付加価値を付与しています。
古い商品はそのままではなかなか売れません。なので、新しい商品に作り替えたり、セットにしたりと売り方には工夫が必要です。

『超かぐや姫』もそれと同じで、
「書きたい古さ」を「売りたい(売れる)新しさ」と意識的にドッキングさせた作りになっているなと感じました。
私はこれからの文芸の在り方にもこの思考・手法は間違いなく必要だと思っています。

イメージ図(fromAI)

ゼロ年代風のラノベであれ、大正~昭和期のエス小説であれ、
ともかく書きたいものが「古い商品」である限り、それをただなぞるだけでは「古い商品」のままになってしまいます。

それらを「新しい商品」として新しい世代に届けるためには、今最前線にある新しさを取り入れる必要があるんではないかと思っています。
またこのことは逆説的に、「今最前線のテンプレ」を洗練させるためには「古いインプット」で深みを加えられる可能性があるとも言えるでしょう。

もしこれを読んでいるあなたが創作をしているのなら、今自分がなぞっているものの時間軸がどこなのか、一度考えてみると、新しい扉が開くかもしれませんね。


文芸サークル「喜文会」のnoteでは、こんな感じでメンバーの雑記や短編も投稿していきます。
色々な趣味のメンバーがいますので、何か皆様の興味を引けるコンテンツを提供出来たら幸いです。
あ、申し遅れましたが私は「寺近スミオ」と申します。

それではまたいつか。

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