KATURA Kichinosuke episode zero
おぉ、なんか『全米が泣いた』感のあるタイトル。
洋画あるあるで今ひとつわかりにくかったというか、何もそんなことからまで褒めないでも、ってかつて思ってたセリフがあって。
『キミ、名前はなんていうの?』
『私?キャロラインっていうの』
『キャロライン…良い名前だ』
みたいな。
いやいやいやいや!
それもう『何も褒めるとこないから名前褒めてみた』感ない?
褒める、ってさ、他人にないところだから褒めるんじゃないの?
『名前』って誰でも一つは持ってるんだぜ?
京都人からこれ言われたら『名前”は”よろしおすな』ってことだろ?
…洋画の話だったか。
でも最近、『名前通りに育ってますな!親御さんナイスセンス!』って思わせる人によく会うようになった気がして。
名前も見た目もわんぱくな人、楚々とした人…
結構『名は体を表す』って事実というか、真理なのかもと思い始めてます。
もう一つ、『名前』と言えば。
昔、中学生だった頃だと思うんだけど、小説を書いてる同級生がいて。
いや、小説というほどの文章量ではなかったと思うんだけど、なんせ架空のお話を書いて読ませてくれる人がいた。
で、なんかマネしてみたくなって書こう!と思ったんだけど、1行も書けずにやめた。
ストーリーが思いつかなかった?
そもそもどのジャンルを書くかすら思いつかなかった?
いや、全然違う。
そのレベルですらなくって、当時の僕はなぜかストーリーとか、ジャンル選びの前に主人公の名前を考えようとした。
で、名前が思いつかなかった。
ありふれた名前なら主人公感ないし、いかにも主人公感ある名前だとわざとらしいし。
悪役側の人間の名前が『ピュア山善太郎』だったら説得力ないもんな。
多分、『名は体を表す』は人格形成の順番でもあるのかな、と。
『こんな名前の人はこんな性格っぽい』はあっても、『この性格の人はこんな名前になりがち』と順番が逆になるのは僕にとって難しかったのかな、と今の僕は解釈してる。
ともかく。
主人公の名前が思いつかなかった。
そう、たったこれだけの理由で世界は偉大な小説家を失ったわけだ。
…なんか、なんかごめんな、みんな。
さて本題。
ドラマ『タイガー&ドラゴン』の影響で落語ブームがあって、多分その時期だったと思うんだけれど、生まれて初めて落語を生で聞いた。
出演されていたのは桂吉弥さんと桂歌々志(現・桂歌之助)さん。
吉弥さんの『風邪うどん』はおなかのすく落語で、歌々志さんの『阿弥陀池』はアホが知恵をつけてもやっぱりアホ、という演じっぷりが面白かった。
で、わずか2席とはいえ落語を堪能したのち、僕の妄想が始まった。
なぜか僕の妄想にふわりと入ってきたのは吉弥さんだった。
もし、僕が桂吉弥の弟子になるとしたら?
どうやら当時覚えたての知識で、落語の世界、というか桂吉弥さんの師匠、桂吉朝さんのお弟子さんには『吉』の一文字がつくらしい。
となると。
僕鹿児島出身。
ということは。
あのお方のお名前を頂くか。
桂吉之介だ!
ってことで、ろくろく小説の主人公の名前すら思いつかなかった人間が、自分のペンネームを思いついた一席でございました。
おあとがよろしいようで。
