蝉は鳴き、新米先生は走る|1920(大正9)年6月7日(月)|6月8日(火)|
📗 1920年(大正9年)の日記です。書いたのは18歳の祖父、読んでるのは106年後の孫(私)。
旧制中学を出たばかり。
小学校の教員を目指して受験した師範学校に落ちて、来年こそ!と思いながら、親戚の家に居候しつつ田舎の小学校で代用教員をしていた、初夏のころの話です。
🧭 この日のあらすじ
6月7日(月)
(田植え休み最終日)
今年初めてセミの声を聞いた。
6月8日(火)
朝6時に高山の実家を出て、7時半に小学校に到着。
昨晩は井口先生が宿直をされたそうだ。
ほぼ一日中、サッカーやテニスをしていた日。
📅 日記本文
6月7日
初めてセミの鳴き声を聞く。
6月8日
朝6時家を出て7時半学校に着く。
井口先生、前夜宿直せられたそうだ。
ほとんど一日中、フットボール、テニスなどをしていた。
📌 背景メモ
蝉の鳴き声
いくらなんでも6月初旬は早くない?と思ったので調べてみました。
セミが鳴き始めるのは、最高気温が25℃を超えたあたりみたい。
気象庁の記録を調べたら、1920年6月7日の高山(※)の最高気温はちょうど25.2℃。
気の早いニイニイゼミなら鳴いていたかもしれません。
祖父の空耳じゃ、ありませんでした!
※丹生川の古いデータは残っていないため隣の高山の記録で代用。
💭 孫のつぶやき
1週間の田植え休みが明けた初日、祖父は朝6時に高山の実家を出て7時半に学校へ。
6.4km、歩いて1時間半の道のりです。
そしてほぼ一日中サッカーとテニスをしていたとは一体。
体育の授業だったのか、それとも若い先生が試合に駆り出されたのか。
宿直明けの井口先生が、窓からまぶしげにその姿を見ていたような気がします。

