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月末は「いそがし」|1920(大正9)年5月28日(金)|5月29日(土)|5月30日(日)|5月31日(月)|

📗 1920年(大正9年)の日記です。書いたのは18歳の祖父、読んでるのは106年後の孫(私)。
旧制中学を出たばかり。
小学校の教員を目指して受験した師範学校に落ちて、来年こそ!と思いながら、親戚の家に居候しつつ田舎の小学校で代用教員をしていた、初夏のころの話です。


🧭 この日のあらすじ

5月28日(金)
(前夜は下宿先の石松家で祝言。朝はかなり眠かったようです。)
朝、眠かったが気合いで7時に学校へ向かう。
読方の授業のとき、昨日取った雀の巣を子どもたちに見せた。
いつもより早く、夜9時に就寝。

5月29日(土)
放課後、ベース(野球のことですね)をする。
夜は宿直。

5月30日(日)
日曜だけど学校。火曜日の時間割で授業。
図画の授業では、かきつばたの花を写生。
月末の児童の出欠統計のため、バタバタ。

5月31日(月)
放課後、阿部先生と教え方などについて話をしながら、一緒に高山に帰った。


📅 日記本文

5月28日(金)
朝、眠たかったが7時家を発つ。
昨日取りたるスズメの巣を、読み方の時、児童に見せた。
夜9時寝につく。

5月29日(土)
放課後ベースをなす。
夜、宿直をなす。

5月30日(日)
火曜日の時間割をなす。
図画にかきつばたの花を書く(原文ママ)。
月末の統系のためいそがし。

5月31日(月)
放課後、阿部先生と家に帰る。
途中、教授につき色々のことを問答す。


📌 背景メモ

読み方(科目の名前)
戦前の小学校、国語は「読み方」「書き方」「綴り方」の3つに分かれていました。
読書・書写・作文、です。

私が小学生だった1980年代にも「書き方」だけはまだ残っていて。
硬筆のお手本をなぞる「写経」みたいな作業。
悟りを開くにはまだ100万年かかるような小学生には、修行以外の何物でもなかったです。

でも1920年はそうじゃなかった。
祖父が受けた師範学校の入試にも「習字」があったくらいで、わりとガチ科目だったみたいです。

ベース(野球)
日本に野球が伝わったのは1872年。
1915年には夏の甲子園の前身が始まって、この日記と同じ1920年には日本初のプロチームも生まれています。
たった48年で、山奥の小学校の放課後にまで野球が届いていたんですね。

ちなみに「野球」といえば正岡子規だと思っていたんですが、実は最近の研究で、中馬庚(ちゅうま・かのえ)という人が1894年につけた言葉だということが判明。

そういえば高校の時の国語の先生、
「野球って言葉初めて使ったのは誰か知ってるか?」って誇らしげに語ってたな…
(もうこのネタ封印ですね、先生)。


💭 孫のつぶやき

Excel無ェ!電卓無ェ!
そろばん弾いて数字書く!

月末の出欠統計、今ならExcelに数字を打ち込めば一瞬ですが、1920年はもちろんそんなものはない。電卓もない。
全部手書きで、計算はそろばん。

日曜なのに授業。
しかも月末統計。
「いそがし」の一言に、全部詰まってる気がします。

高山へ一緒に歩いた阿部先生。祖父と同じく、ご実家が高山だったのでしょうか。
帰り道では、教え方などについていろいろ話していたようです。
先輩と歩きながら仕事の話をする新入社員みたいで、ちょっといい場面です。


まるで昨日書いたみたいにも見える、鉛筆の文字