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新米先生、明日の懇談会にガクブル|1920(大正9)年7月16日(金)、7月17日(土)|

📗 1920年(大正9年)の日記です。書いたのは18歳の祖父、読んでるのは106年後の孫(私)。
旧制中学を出たばかり。
小学校の教員を目指して受験した師範学校は、不合格でした。
来年こそ!と思いながら、親戚の家に居候しつつ田舎の小学校で非正規の代用教員をしていたころの話です。


🧭 この日のあらすじ

7月16日(金)

朝5時に起きる。
夜、買ったばかりの代数の本の問題を解く。

7月17日(土)
月末の出欠統計に加えて、学期末の成績をつけるため忙しい。
明日は初の保護者懇談会。心配だ…


📅 日記本文

7月16日(金)
朝5時に起きる。
夜、代数をなす。

7月17日(土)
月末統計、成績考査につけるため忙し。
明日の懇談会が心配になった。



📌 背景メモ

懇談会
大正時代の父兄懇談会は学芸会など学校行事のあとに開かれることもあり、学校での様子を伝えたり、家庭と学校の連携を深めたりする場でした。
(出典:adeac.jp  栃木県高根沢町史通史編Ⅱ「父兄懇談会」)

うん、今とあまり変わらない感じ。
(だけど、「父兄」懇談会というのが気になる!)


💭 孫のつぶやき

教員になって初めて迎える学期末。
保護者懇談会、うん、怖いよね。
私の母によると、祖父は大勢の前で話すのがどうも苦手だったらしい(それでも教員を志すあたり、なんか健気)。
ましてや相手はお父さんお母さん。
この時代、「モンペ」(農作業のときに履くズボンのことじゃないよ)がいたかどうかはわからないけど、保護者の皆さん、どうぞお手柔らかにお願い!