母、牛肉を買はる|1920(大正9)年2月29日(日)|3月1日(月)
📓 1920年、17歳だった祖父が書いた日記を、 孫である私が、2026年の同じ日に紹介しています。
仮名遣いは今の表記にしています。
読めない字や謎ワードも時々ありますが、106年前の味ということで、ご理解ください。
🧭 この日のあらすじ
母が牛肉を買ってきた。
次の日、物理と修身の試験を終えて帰宅すると、夕食は牛肉の料理。
明日の試験科目、幾何と国語をやっておく。
📅 日記本文
2月29日(日)
物理の復習、夜、修身を見る。
母、牛肉を買はる。
3月1日(月)
物理、修の試験あり。
帰宅後、牛肉を食う。
幾何、国語を調べる。
📌 背景メモ
牛肉の値段(1920年ごろ)
1920(大正9)年ごろ、牛肉は「日常食」というよりはごちそう寄りの存在でした(我が家は今もそう)。
当時の小売価格は、地域差はありますが牛肉100匁(約375g)でおよそ30〜40銭前後とされています。
この頃の教員初任給は月40〜50円程度。
単純計算すると、牛肉1回分で今の感覚なら数千円相当になります。
「母、牛肉を買はる」とわざわざ書いているのも納得です。
現在、高山といえばブランド和牛の飛騨牛 が有名です。
しかし1920年当時、まだ「飛騨牛」というブランドは存在していません。
ブランド化が進むのは昭和後期以降です。
当時の飛騨地方の牛は、主に農耕や運搬に使われる役牛でした。
肉専用に改良された“高級和牛”という概念は、まだ一般的ではありません。
つまり祖父が食べた牛肉は、今私たちが思い浮かべる“霜降りの飛騨牛”ではなく、赤身中心で、筋も多く、しっかり火を通すタイプの肉だったと考えられます。
💭 孫のつぶやき
日記には「牛肉を食う」とだけあります。
どんな料理だったのか気になります。
当時の家庭料理として考えられるのは:
•牛鍋(すき焼きの原型)
•砂糖醤油で煮た煮込み
•味噌仕立ての鍋
•佃煮風の甘辛煮
商家の家庭であることを考えると、甘辛く煮た“牛肉の煮付け”の可能性が高いかもしれません。
まだ一般家庭にガスコンロはなく、かまど調理です。
硬めの赤身肉を、醤油・砂糖・酒でじっくり煮る。それなら少量でもごちそう感が出ます。
ちなみに祖父の母はとても少食で、ご飯のおかずは、きゃらぶきを「3すじ」だけで十分だったという逸話があります。(3本ではありません。3すじ。ここ、強調しておきます。)
そんな母が奮発して買ってきた牛肉。
自分はほとんど食べなかったのでは……と想像すると、ちょっと胸がきゅっとします。
17歳の胃袋に、きっと多めに盛ってくれたのでしょう。
牛肉は、栄養。
でもそれ以上に、母の気持ちの塊だったのかもしれません。


