自分の人生なのだから―化学科 石川三雄先生の話|1920(大正9)年1月14日(水)|
📓 1920年、17歳だった祖父が書いた日記を、 孫である私が、106年前のこの日に紹介しています。
仮名遣いは今の表記にしています。
読めない字や謎ワードも時々ありますが、100年前の味ということで、ご理解ください。
🧭 この日のあらすじ
朝5時から6時まで勉強、6時半に登校して柔道の寒稽古。
物理の予習をする。
化学の授業では、石川先生から
「自分の行きたい道を選び、世の中のために尽くせばいい」
「親の言うことを、何でもそのまま聞かなくていい」
という話を聞いた。
寒稽古ですごく疲れたので、9時に寝る。
📅 日記本文
朝5時に起き6時まで勉強し、6時半に登校。
物理の予習をなす。
化学の時間に石川先生曰く
「人は何になっても、要するに我が欲する所に従い、世の中に尽くせば良いのだ。
また、親の言に一概に従うべきでない。
人生50年の幸不幸がそれによって決まるのだから」
寒稽古のため疲れること甚だし。夜9時にいぬ。
📌 背景メモ
石川先生
石川三雄先生。
大正6年に広島高等師範学校を卒業後、
樺太庁中学校(ロシア!)、
斐太中学校(祖父の中学校)、
津島中学校(愛知)
などに勤務されていた記録があります。
💭 孫のつぶやき
「親の言うことを、そのまま聞くだけじゃなくてもいい」という話は、
子どもの進路は親が決めるもの、という空気が強かったこの時代を思うと、
「え、そんなこと言っていいの?」と感じてしまう内容です。
聞いていた生徒は、内心ドン引きだったのかもしれません。
でも、「そうか、それでもいいんだ」と、背中を押されたように感じた生徒もいたんじゃないかな。
