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採用目前にして、思わぬ壁が|1920(大正9)年3月22日(月)|

📙1920年。旧制中学校を卒業したばかりの17歳の祖父の日記を、孫の私が2026年の同じ日に紹介しています。
師範学校は不合格。
翌年の再挑戦を決め、母の実家近くの丹生川小学校で非正規の代用教員として働きながら勉強を続ける道を探ります。
しかし学校からは「今年は新人の予定はない」ときっぱり。
そこで母が郡視学に直談判し、17歳の祖父との面談の約束を取り付けます。
そして祖父は熱意を買われ、事実上の内定をもらうことに。
ただし条件は……
「履歴書と健康証明書を提出すること」。
その翌日の日記です。


🧭 この日のあらすじ

朝、大野郡病院で健康診断を受ける。
しかし「身体が弱く、肺尖(はいせん)に異常あり」と告げられる。
夜、郡視学の松原さんを訪ねると
「健康診断の結果については、明日、病院に問い合わせてみる」とのこと。
病院長を訪ねるが不在。
採用目前で、健康証明書という思わぬ壁にぶつかった。

📅 日記本文

朝、大野郡病院へ行く。
体弱く、肺尖(はいせん)に故障ありと言わる。
夜、松原に行きたるに、明日病院に問うと言わる。

夜、大野病院長のところに行きたれども、留住(原文ママ)なりき。
(※「留住」は「留守」の意と思われます。)

📌 背景メモ

肺尖(はいせん)
とは
肺のいちばん上、鎖骨のあたりにある部分です。
レントゲンで影が見つかりやすい場所でもあります。
今なら「念のため様子を見ましょう」で済むことも多いかもしれません。
けれど1920年は、結核が国民病といわれた時代。
「肺に異常」と言われることは、進学や就職に直接ひびく、重い宣告でした。


💭 孫のつぶやき

昨日「採用しましょう」と言われたばかり。
その翌日に「肺に異常あり」。
人生は、容赦がありません。
採用の条件は健康証明書。医師の一言で、すべてが白紙になるかもしれない。
夜、病院長を訪ねるも不在。タイミングまで意地悪です。
17歳の祖父は、この日、ただ待つしかありませんでした。