ねぶと、限界につき|1920(大正9年)1月25日(日)|
📓 1920年、17歳だった祖父が書いた日記を、孫である私が、106年前のこの日に紹介しています。
仮名遣いは今の表記にしています。読めない字や謎ワードも時々ありますが、100年前の味ということでご理解ください。
🧭 この日のあらすじ
ねぶと(腫れ物、化膿性汗腺炎)がさらに悪化し、かかりつけ医の勧めで別の病院へ行き、切開してもらう。
帰宅後は痛みに耐えながら、こたつでそのまま横になって過ごした。
📅 日記本文
朝、大野間に行き、腫れ物を診てもらったら
外科に行って切開してもらうが良いと言われたから、
午後、千葉病院に行き、切開してもらう。
帰って痛かったから、こたつに入って寝た。
📌 背景メモ
大野間
以前にも登場した、「困ったらここ」のお医者さん、大埜間(おおのま)医師です。
町医者として診察し、腫れが強いから、切開してねぶとの中の膿を出すしかない、という判断だったのでしょう。
ちなみにこの時代、まだ抗生剤はありません。
千葉病院
当時、高山にあった大きめの病院。
💭 孫のつぶやき
ついに、ねぶと(腫れ物、化膿性汗腺炎)が限界を迎え、メスを入れることになりました。
想像するだけで、かなり痛そうです。
家に帰っても、こたつでじっとして、痛みに耐えることしかできません。
日記には、それだけしか書かれていませんが、きっとこの日は、こたつの中で
「…そっとしておいて」
な状態だったのでしょうね。ツライ。
