卒業試験は終了、そしていよいよ|1920(大正9)年3月2日(火)〜3月5日(金)|
📓 1920年、17歳だった祖父が書いた日記を、 孫である私が、2026年の同じ日に紹介しています。
仮名遣いは今の表記にしています。
読めない字や謎ワードも時々ありますが、106年前の味ということで、ご理解ください。
🧭 この日のあらすじ
3月2日(火)
軽い風邪。かかりつけの大埜間医院で薬をもらう。
3月3日(水)
卒業試験、化学と漢文。
化学でまさかの凡ミス。地味に悔しい。
大洞家の人が来訪。
3月4日(木)
卒業試験、ついに終了。
帰宅後はすぐ裏の雪かき。余韻ゼロ。
石松家の人が来る。
3月5日(金)
屋根の雪下ろし。
夜、母は住善へ。
📅 日記本文
3月2日(火)
少し風邪を引いたから、大の間より薬をもらい飲む。
3月3日(水)
化学、漢文の試験。
化学に、思い違いをして、つまらないところを間違えたのは残念。
大洞の人が見える。
3月4日(木)
卒業試験も愈(いよいよ)終わった。
帰宅後、裏の雪を片付ける。
石松の人、来らる。
3月5日(金)
屋根の雪を下ろす。
母、夜、住善に行かる。
📌 背景メモ
愈(いよいよ)
現代では「いよいよ始まる」という、これから盛り上がる場面で使うことが多い言葉です。
でも明治・大正期では「ついに」「とうとう」という意味で、物事が終わった時にも使われていました。
「いよいよ終わった」は、今の感覚だと少し不思議ですが、当時は自然な言い回しでした。
言葉も100年かけて、じわじわ変わるのですね。
住善
知人宅の屋号と思われますが、詳細は不明です。
それにしても、この頃は本当によく人が行き来しています。
親戚や近所とのつながりが、日常そのものだったんですね。
💭 孫のつぶやき
卒業試験は無事終了。
でも感傷に浸る暇もなく、帰宅後は雪かき、翌日は屋根の雪下ろしです。
……青春どこ行った。
とはいえ、翌3月6日は師範学校の合格発表。
心はきっと落ち着かなかったはずです。
じっとしていると考えてしまうから身体を動かす。
汗をかきながら黙々と雪かきをする若い祖父の姿が浮かびます。


