【やってみた】国民体操【ヨイサヨイサ】|1920(大正9)年7月26日(月)|
📗1920年、旧制中学校を卒業した祖父。小学校の先生になろうと師範学校を受けたものの、まさかの不合格。
師範学校リベンジを狙いつつ、仕方なく(?)田舎の親戚の家に下宿しながら、非正規の代用教員として小学校の教壇に立つことに。
そんな代用教員生活、初めての夏休みがやってきました。
🧭 この日のあらすじ
夜市の帰りに、公会堂で開かれた国民体操の講習会へ。
学んだことは、なかなか役に立ちそう。
📅 日記本文
夜市に行った後に公会堂の国民体操の講話を聞きに行く。
有益なること多し。
📌 背景メモ
国民体操
発案者は松元稲穂(1883〜1952)。
大正6年に考案した「家庭体操」が、大正8年の修養団(下記※)の講習会でお披露目され、その場で「国民体操」と改名されました。翌大正9年の回では、なんと当時皇太子だった昭和天皇も見学。のちにラジオ体操へと育っていきます。
※修養団とは
蓮沼門三という師範学校の学生が、明治39年(1906年)に仲間を集めて作った団体。
「総親和・総努力」を合言葉に、心も体も鍛えることをモットーに活動していました。
国民体操を全国に広めたのもこの団体。2026年の現在もSYDという名前で活動中です。
「修養団」という字面だけ見るとなんとなく秘密結社感がありますが、SYDと略しても、なんだか某組織感が増しただけな気もします。

💭 孫のつぶやき
国民体操図解掛図(写真)を見ながら、実際にやってみました。
「うでの運動」は、ラジオ体操の”アレ”、そのまんま。
ラジオ体操を作る時、「“アレ”はマストで入れにゃならん」と誰かが提唱したんでしょうか。

「グルグル体操」も既視感あり。
久しぶりにやったら身体のあちこちがポキポキ音を立てるんですが(泣)。

エイエイ運動とヨイサヨイサ運動は、元気よく声を出しながらやることとなっています。しかし隣室には家族。
「エイ!」
「ヨイサ!」
と突然叫び始める勇気はなく、本日は無言で実施しました(今度ひとりの時に声出しやってみよう)。
ラジオ体操のような動きなのに、音楽がないだけで驚くほどやりづらい。
やっぱり、あの伴奏は偉大です。
今でも頭の中では自然にあのピアノが流れ、気づけば
♪ あーたーらしーい朝が来た
まで再生されてしまいます。
朝の空気や夏休み、家の前に朝顔が咲いていたことまで、一緒によみがえってきました。
ラジオ体操の帰りに、コカコーラのプルタブ探したのは、きっと私だけじゃないはず。

