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算術・国語・作文・習字。そして、鬼は外―師範学校入試②学科1日目|1920(大正9年)2月4日(水)|

📓 1920年、17歳の祖父が書いた日記を、 孫である私が、106年後の同じ日に紹介しています。
旧制中学校5年生、3月には卒業を控えています。
仮名遣いは今の表記にしています。
読めない字や謎ワードも時々ありますが、100年前の味ということで、ご理解ください。


🧭 この日のあらすじ

師範学校入試、学科試験の初日。
科目は算術・国語・作文・習字。
作文の題は「教育者を志す理由」、
習字は「冬嶺秀孤松」。
試験の一日を終えて、夜には節分の豆まきをした。

📅 日記本文

師範学校入学試験あり。
算、国、作、習字であった。
作文には
「教育者ならんことを志す理由」
習字は
「冬嶺秀孤松」
節分をなす。

📌 背景メモ

師範学校の入学試験は、まず体格検査があり、そのあと学科試験が2日間続きます。
この日は、その学科試験の初日でした。

参考までに、当時の岐阜師範学校の入試科目を調べてみました。
(中等教育研究会編『中等程度入学試験問題集』済美堂・1913年)

旧制中学校を卒業した生徒(第二部)の試験科目は、
国語、漢文、作文、習字、数学(算術・代数・幾何)。
祖父の受験した年より少し前の資料ですが、日記に書かれている科目とぴったり一致しています。

ちなみに、師範学校には高等小学校卒業者向けの「第一部」もあり、こちらは代数や幾何の代わりに、修身や歴史などが試験科目でした。


💭 孫のつぶやき

入試科目に「習字」があるのがちょっと驚きでした。
筆や硯、墨も持って行ったのでしょうね。
作文のお題が「志望動機」なのが、就活のES(エントリーシート)みたいです。
あと「漢文」は、国語の一部ではなく、独立した科目だったのですね。
そして英語はありません。

そして明日も入試なのに、ちゃんと節分の行事を行っているところ。
今なら「今日は豆まきどころじゃない」と言いそうですが、当時は年中行事も、試験も、同じ日常の中にあったのでしょうね。


京都吉田神社の
方相氏土鈴