終戦記念日ではない、ただの夏の日だった|1920(大正9)年8月15日(日)|
📗1920年、旧制中学校を卒業した祖父。小学校の先生になろうと師範学校を受けたものの、まさかの不合格。
師範学校リベンジを狙いつつ、仕方なく(?)田舎の親戚の家に下宿しながら、非正規の代用教員として小学校の教壇に立つことに。
そんな代用教員生活、初めての夏休みがやってきました。
この日記を、孫である私が106年後の2026年、同じ日付で紹介しています。
🧭 この日のあらすじ
今日はお盆。朝霧の中、母と妹と一緒に墓参り。
墓についてから、花を生ける竹の筒を忘れたことに気がついて残念。
我が家の墓と、鷲見家、多田家の墓にもお参りする。
帰ったら、坂上のおばさんがうちの店を開けて掃除をしてくれていたので、ありがたかった。
午後は下宿先の石松家に行く。
📅 日記本文
今日は墓参りなり。朝早く起き。色々支度して6時ごろ家を出づ。
朝霧まだ残りたる中を、母と妹と一緒に行きたり。
やがて墓に着きて口惜しかりは、花を立てる竹管を忘れたることなり。
我墓に参拝したる後、鷲見、多田の墓に参る。
帰りたる時、坂上の人の店を開けて、家の掃除をしつつありたるは、ありがたかりし。
午後、石松に行く。
📌 背景メモ
鷲見、多田
多田家は祖父の母方の親戚。祖父と同級生の多田くんの家のお墓にもお参り。
鷲見(すみ)家はおそらく親戚。
坂上の人
祖父の母は、地主業・金融業の他に、酢と麹の販売もしていました。
祖父の家の近所、えび坂上に住んでいた「坂上さん」は、良く店を手伝いに来てくれていたらしい。
坂上さんの息子さんは地元出身の日本画家「冠者幸作」(1912〜2012)。
ちなみに、えび坂下には、「坂下さん」が住んでいたんだそう。
💭 孫のつぶやき
えび坂上に住んでるから坂上さん、えび坂下だから坂下さん。素直かよ。
この日、8月15日。
約20年後には「終戦記念日」になりますが、この時点ではまだ、ただのお盆の一日です。
祖父はまだ何も知らない顔で、竹筒を忘れたことに口惜しがっています。

