「おもむくまま12 おまえ問題」
人から「おまえ」と呼ばれると癇に障る。
何人たりとて、たとえ潤ちゃんであろうと例外ではない。
父は母のことを「おまえ」と呼ぶキャラではなかったので、耐性が身に付かなかったのかも知れない。
それにこれまで「おまえ」呼ばわりするような異性にご縁がなかったというか、うっすら好意を抱いても相手が「おまえ」を使用したらいなや、
「お、おまえ文化圏の人だった・・・」と、スーッと醒めてしまう。
⚪︎昭和の歌詞は「おまえ」の全盛期。なかでも尾崎豊とBOØWYは哀切な「おまえ」の位置を確固たるものにした。
⚪︎少女漫画のなかで、憧れの先輩から「おまえ」と優しく呼ばれたことによって事は急な転換が期待される。
「おまえ」という呼び方は蔑称ではなく、むしろ親しみを持った関係性をも現しているとは頭では理解してはいるけど。
じゃあ、「おまえさん」だったらいいのか。
全然OK、むしろいいかもと思う脳内に再現されたのは日本髪の女将さんだった。もちろん時代は江戸である。
出来ることなら「おまえ」に寛容になりたいが、女将さんなんてわたしの周りにひとりもいやしない。なのでそれは単なる「おまえ」への嫌悪をやや緩和するための、持って三日のガス抜きにしかならない。
このように、「おまえ」に対して長らく孤独な葛藤があったが、とうとう「おまえ」と呼ぶことを許可できる人物が現れた。
それは、Monono awareの玉置周啓さんだ。
実際には玉置さんから「おまえ」と呼ばれる日などどう考えてもやって来っこないが、江戸の女将さんよりは遥かにリアリティがある。
ポットキャスト「奇奇怪怪」で、玉置さんはそれこそTaitan氏に
「おまえ、ふざけんな」とか、「おまえ、よくいうよ」とか、「なんだおまえ」とか、とにかくちょくちょく「おまえ」を差し込む。
そのときの玉置さんの声のトーンがまた秀逸で、ネル生地に「おまえ」を包んだらこうなるよな、というような柔らかさなのだ。
うむ、玉置さんの出生地、八丈島が関係しているのだろうか。

玉置さんから発声された「おまえ」は時に「おっまえ」になり、「おーまーえー」にもなり、何段だか知らんが膨大な活用をされてて、何度も何度も何度も何度もそれを聞いているうちに、「あれ?『おまえ』への抵抗がいつのまにか薄れてきてる」とつい先日気がついた。
これ、単純に「おまえ」と呼ぶ人(声)の問題であったようだ。
実に凡庸な結論に至ってしまった。
物心ついた頃から「反おまえ」を掲げてきたけど、白紙撤回することにしよう。
人によるけど。
